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公園付近は、不思議なことに死者らは少なかった。生者を求めて別のところへいったのか、外灯を嫌って裏路地にでも紛れたのかは判断がつかないが、できるだけやつらと対峙したくない篠原にとっては好都合である。
公園をうろつく死者らはいなかったが、公園のど真ん中でつっ立っているわけにもいかず、入り口付近で荷台の確認を行っていた。
さすが宅配業のトラックだというべきか荷台の中はバラエティに富み、生活の役に立ちそうなものはないかと篠原は荷物をあさっていた。
「パイプ椅子とカラーボックスは使えそうだな。……小説も暇つぶしにはなるか」
ナイフは血みどろであまり使いたくなかったので、リュックに入っているシャベルカバーから携帯エンピをとりだし、刃の部分でガムテープを切る。無理やり剥ぎ取ったほうがはるかに楽ではあるが、しかし音で気づかれてしまう可能性を考えるとそれは避けたかった。
携帯エンピとは、簡単に言えば自衛隊で支給される三つ折りスコップである。片方の側面が刃となっているのが特徴だ。
荷物は本当に多種多様だった。パソコンやデスクライト、小型発電機やテレビ、キッチン用品やトイレ洗剤、小説や漫画などなど。パソコンはすでに使用用途はないだろうが、電気を手に入れるのは非常に助かる。篠原としては扱いにくい火よりも、扱いやすい電気のほうが嬉しいのである。
トラックの荷台の中は暗いが小さな部屋くらいの広さはある。いらない荷物を下ろして電気をつければ生活スペースになりそうだ。キャンピングカーと大型の発電機があれば文句はないが、しかし贅沢を言っていい状況でもないだろう。
「残る課題は食料と衣類、あとは武器の調達か。……欲を言うなら仲間が欲しいな」
パソコンや音楽プレイヤーなど用途のないものを公園に捨て、生活できるスペースを作りながら篠原は独り言ちた。
『記憶の中』の経験では、仲間のいない者が真っ先に死んでいった。仲間と武器がある自衛官ですら救助中に壊滅してしまったので、間違いない。三人ほど救助するだけで篠原が所属していた小隊は全滅、何とか助けた生存者も救助ヘリと墜落で死んでしまっているので、なんとしても仲間が欲しかった。
「夢が現実だとすれば、あのグループと会ったのは日が落ちるころか。……今度は死なせない」
篠原が守っていたあの女性は最初はグループだった。なにかのサークルか部活の仲間だったそうだが、武器にラケットを使っている子もいたことから、おそらくテニスの関係だろう。日が明けてから行動し始めたのが不幸の始まりで、死者らの集団にいきなり襲われて、全滅してしまっていたのだ。
たった半日の仲だったが、仲良くしていたし気さくだった彼らを死なせてしまっては後味が悪い。なにより一人よりも複数のほうが生き残れる可能性はグンと上がる。
そのためにもまずは、食料を集めないといけない。人は飲まず食わずだと三日しか生き残れないらしい。
保存食はある程度リュックに入っているが心もとなかった。集団になった結果が餓死だなんて御免被る。
* * *
幸い、コンビニエンスストアが思ったより近くにあった。トラックをコンビニの中を隠すようにして駐車し、荷物を積み込む間に襲われてはかなわないので、せめてもの時間短縮のために荷台のコンテナは人一人入れる間隔で開きっぱなしにしておいた。
棚が倒れてぐちゃぐちゃになっている様子が外からでも見えるが、食料はまだ残っていそうだ。すでに働いていない自動ドアを無理やりこじ開け、中に入る。倒れている棚は雑誌の棚だけで、ほとんどの食料は無事な様子だった。しかし、その倒れていない棚が死角となり、いつどこから死者らが出てくるかわからない状態だ。
まずはここを制圧しなければならない。
「――――」
侵入することはたやすいが、せめて自動ドアを閉めようとガラス扉に手をかけたところで、五、六人の人間が見えた。
その背後には十数人の人間――否。腐ってすらいないがむき出しの骨や腸をみるかぎり、あれは死者らなのだろう。グループは死者らに追いかけられ切羽詰まった表情で逃げ込んでくる。自衛隊が壊滅した今、既に救助の任は無効も同然なので、命を懸けて助ける義理もない。篠原は巻き込まれるのはごめんだと扉を閉めようとしたが、「待ってくれ!」という声で手が止まった。
――聞き覚えが、あったのである。
駐車場まで走ってきた彼らを注意深く見てみると、なるほど確かに彼らは見覚えがあった。手に持ったラケットと、半数人が髪を染めている今時風の集団――公園で出会ったはずの学生たちだった。
なぜ、ここにいるのか。複数の死者らに追いかけられているのか。あれは夢だったのか夢じゃなかったのか。篠原はひどく混乱する。
ただ、彼らは『記憶の中』でしか面識のなかった連中だ。死者らが現れる前までは面識すらなかった。夢の中の存在が実在するはずもなく――『自分が会う前に彼らはこういう状況に陥っていた』と考えるのが妥当だろうか。
そこまで考え、篠原は自動ドアを全開まで引っ張った。
「入りたいなら早く来い! 閉めるぞ!」
これはナイフじゃ心もとないかと、リュックのなかの携帯エンピをとりだし、広げる。本来スコップとして使うそれは、武器としても使え、きれいな状態ならばフライパンとしての役割も果たしてくれる。
もっとも一度武器として使えばフライパンには使えないが、と篠原はフライパンを探すことを決意し携帯エンピを肩に担いだ。
男子が三人、女子が一人入ったところで、死者らはすでに駐車場まで迫ってきていた。トラックとウィンドウの間を狭くしておいて正解だったのかもしれない。多くの死者らに囲まれて窓ガラスが割られるなんてことは、しばらくないだろう。
いそいで自動ドアを封鎖し、息も絶え絶えの彼らを見た。
やはり、『記憶の中』の彼らと同一人物だった。どうやら自分が過去に戻っている――という可能性は否定できないらしい。
――馬鹿馬鹿しいが、一旦信じるしかなさそうだ。
「なあ、あんた。防護服みてえなの着てるけど、自衛官か?」
『記憶』について考えていると、茶髪のリーダー格らしき男鉄パイプを壁に立て掛けて話しかけてきた。――黒田義輝、十九歳。鉄パイプで死者らをなぎ倒すさまは目を見張るものがあったが、彼は仲間をかばって噛まれてしまった。それから食人嗜好者となったところを篠原の手によって殺害される。
――もちろん、『記憶の中』だけの話だが。
「ああ、そうだが……」
「マジか!」といって喜んでいた黒田だったが、自衛隊が今壊滅していることを伝えると顔を真っ青にしてうつむいてしまう。周りの仲間たちも深刻に顔をゆがませる。しかし嘆いているのはたった数舜だけで、生存者に会えたことが嬉しいのか、はたまた自分たちだけでは生きていけないと考えたのか、彼は「仲間になってくれないか?」と切り出してきた。
「自衛官がいるだけでも心強い。一緒に戦うから、よければ一緒に――」
室内にバンバンと音が響き、黒田の言葉がさえぎられる。音の発生源は、駐車場側からだった。ウィンドウに死者らがはりついて、人並外れた腕力でウィンドウにヒビをいれる。死者らがウィンドウを叩くたび、室内が小さく揺れた。
サークルの団体はみんな揃って顔を青く染め、立ち固まる。
「……あまり持ちそうにないな。このリュックに食料を入るだけ入れてくれ。できれば缶詰とレトルトがいい。俺は裏口が使えるか試してくる」
「え、あ、ああ……」
篠原は固まったまま動かない黒田にリュックを押し付け、裏口に回る。裏口は当然鍵が閉まっていてノブを捻っても開かない。悠長に鍵を探している暇などあるはずもなく――ならばと、篠原は扉に体を勢いよく押し付けた。鈍い音が部屋全体に何度も響き、十数回体当たりを繰り返した後、扉は開いた。
それを見ていた黒田は仲間に食料を集めさせるのをやめさせ、こちらに向かってくる。
――それと同時に、ガラスは破られた。
「うわあぁあああ!?」
黒田と比べて小柄で、黒髪の少年――飯田恒生が叫んだ。パニックに陥っているらしく、我先にと走ってくる。裏口から出て勝手にどこかへ行こうとするところを押さえつけ、裏口から中の様子をうかがう。
食料集めに集中していたためバリケードを作る暇なんてあるはずもなく、死者らは一気に押し寄せてきた。
雑誌が散らかっていたのが幸いか、足を滑らせ転んでいる死者もいたが、しかし戦って勝てる数でもない。
動きは鈍いので、注意さえしていれば逃げ遅れることはなさそうだが、留まっていると命を落とすのは確実だろう。
念のためトラックの荷台を開きっぱなしで来てよかった、と篠原はため息をこぼす。今は急を要する状況だ。黒田たちを入れるために荷台を開いていると、その間に死者の胃のなかだろう。かといって、トラックは捨て去るには惜しい。武器も道具も移動手段も、殆どを失ってしまうからだ。
幸い死者らはほとんどコンビニエンスストアの中。表に回ってもトラックが影になって、中の死者らには気づかれずに黒田たちを誘導できるだろう。
「表にトラックがある! 俺が運転するからお前らは荷台に入れ!」
黒田たちがこくこくと頷くのを一瞥して、篠原は近づく死者を一体、エンピで殴り飛ばす。ドミノが崩れるかのように、巻き込まれて倒れる死者に満足すると、彼は壁つたいに走りはじめた。黒田たちが後ろからついてくるのを確認し、もうすぐ駐車場にさしかかるところで――コンビニの角の死角から死者が出てきた。
――身の毛のよだつような唸り声が、夕日に響く。
全員がコンビニの中だと思っていた。知能のない死者が回り込む事なんてするはずもなく、一直線に割れたウィンドウから侵入してくるだろうと。
それは慢心だったと、痛感させられる。最悪の事態を想定できていなかった。
「くそ!」
死者はまるで獲物を見つけたことを狂喜しているかのように、耳まで裂けた口が大きく開く。両の腕を大きく広げ篠原へとしがみついてこようと飛びついた。
「――!?」
明らかに知能のない死者とは思えない行動に、身が一瞬強張った。その一瞬の隙が、篠原を窮地へと追いやる。
とっさの判断で右側に飛び、どうにかすんでのところで躱した。アスファルトで腕の皮が裂け痛みを感じたが、それにかまう暇などない。すぐに立ち上がって放り出された携帯エンピで応戦しようとする。
――しかし、遅かった。死者の手はすぐそこにまで迫ってきていた。
前のめりになっていた死者は体を捻り、あり得ない軌道でこちらに倒れてくる。避けられない。
「え……」
黒田たちも突然の事で固まっている。助けも不可能。
万事休す――そう頭に浮かび、篠原は諦めたかのようにその瞼を閉じた。
『記憶の中』で感じた、鼻を刺すような腐臭と錆びた鉄のような血の臭いに包まれる。おそらく、目の前で死者が口を大きく開いて今にも自分を食らおうとしているのだろう。これから迎える苦痛を想像し、脱力した。
屍肉がはにこびりついたグロテスクな口が篠原のクビへと吸い込まれ――
骨の砕ける振動に耳を震わせ、命の源が口元から溢れ出るのを遠退く意識で感じながら、篠原は二度目の絶命を迎えた。
……
――……………di…。………………………lev…………。
…………
「なああんた。防護服みてえなの着てるけど、自衛官か?」
たった二度の絶命。しかしそれは、篠原が状況を理解する材料にしては十分だった。
疑念が困惑となり、困惑は確信となる。
女学生を守り死んだ記憶。面識のない彼らの知識。過去に戻ったかのような、今の現状。それらが複雑に絡み合い、そしてようやく彼は一つの事実に到達することができた。
「……『死に戻り』」
――さあ、賽は投げられた。
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ちゃらい がくせいぐるーぷ が なかま に なった!
なんと しのはら は しんでしまった!