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注文の多い誘拐犯

作者:庭別かなた
 十歳になる娘のえみが誘拐された。友達の家に遊びに行ったまま日が暮れても帰ってこないと思ったら、夕食時になって電話がかかってきた。
「お宅の娘を誘拐した。返してほしければ百万円を用意しろ」
 相手はボイスチェンジャーを使っているらしく、癪に障る機械音のような声でそう伝えてくる。
 それにしても身代金が百万円というのは、安い気がする。ドラマや映画で観る誘拐ものでは何千万円だとか何億円だとかを要求されているので、拍子抜けをしてしまう。犯人に渡すのに惜しい金額ではあるが、それで娘が無事に帰ってくるのなら安いものだ。
「警察には知らせるな。明日の午後三時に百万円を持って、セイレンデパート入り口まで一人で来い」
 それだけ言うと、犯人は電話を切った。
 近くで電話を聞いていた妻が心配そうな表情をしている。
「明日、金を下ろしてデパートに行くよ」
 その日寝付くことはできなかった。

 金を用意してデパートの入り口に二時には着いていた。犯人はいつ現れるのか。身代金の受け渡しと同時に娘は返ってくるのだろうか。金を渡しても娘が返ってくる保証はないのでは。やはり警察に知らせておけばよかったのでは。様々な不安が頭をよぎる。
 三時になると同時に、携帯電話に着信がある。非通知発信のその電話に恐る恐る出る。
「今からいくつか指示を出す。よく聞いて従ってほしい。そうすれば娘は無事に返ってくる」
「わかった、従うよ。どうすればいい?」
「まずはデパートの腕時計売り場へ行け。そこで店員に『おすすめの時計がほしい。予算は五十万円で』と伝えるんだ。購入したらその場を離れて次の指示を待て」
 電話が切れた。
 急いで腕時計売り場へ向かいながら考える。妙な身代金の受け渡し方だ。五十万円の腕時計を買え?犯人は腕時計を手に入れて、質屋にでも入れるつもりだろうか。現金では番号などから足がつくと考えたか。そんなことをしなくても、こちらには番号を控えるという知恵などなかったというのに。

 考えながら向かうと、腕時計売り場にはすぐに着いた。店員に声を掛ける。
「すみません」
「いらっしゃいませ。どうなさいましたか?」
「予算五十万円で、おすすめの時計がほしいのですが」
「ご予算が五十万円ですね。それでしたら、こちらの時計などいかがでしょう?大変人気の品でございます」
 店員が示したのは、ブランド物にうとい自分でも知っている超有名ブランドのダイバーズウォッチだった。普段だったらこんな大きな買い物には熟考するが、今はそんなことを考えている場合ではない。どうせ誘拐犯に渡るものでもあるのだし。
「じゃあ、それをください」
 店員は一瞬戸惑ったような妙な顔をする。買う時計を決めてきたのならまだしも、おすすめを聞いて即決するような客は多くはないのだろう。だが、店員はすぐににっこりとした営業スマイルに戻る。
「お買い上げありがとうございます」
 支払いを済ませると、深々と頭を下げる店員を後にその場を離れた。

 腕時計売り場を出て間もなく、着信があった。こんなに早くかかってくるということは、こちらの動きは把握されているようである。犯人はすぐ近くで見張っているのだろうか。思わず周囲を見回しそうになるが、ぐっとこらえる。
「腕時計は買えたようだな。次の指示だ。バッグ売り場へ行って、赤いバッグを買え。予算は三十万円だ。購入したらその場を離れて、次の指示を待て」
 今度はバッグか。やはり現金ではなく金目の物を受け取ろうという魂胆のようだ。急いでバッグ売り場へと向かう。
 バッグ売り場でも店員におすすめを聞き、聞いたことのあるブランドのバッグを即決で購入した。丁寧に包まれたバッグの入った紙袋を受け取り、その場を離れる。

 着信がある。
「次は靴売り場だ。黒の革靴を買ってくるように」
「革靴?サイズはなんでもいいのか?」
「なんでもよくはない。お前の足に合うサイズでいい。また連絡する」
 電話が切れる。
 靴売り場に向かいながら考える。靴というのは、腕時計やバッグに比べると換金にはあまり適さないように思う。犯人の狙いは換金することではないのか?まさか犯人はこのデパートの関係者で、デパートの売り上げを上げようとしているのでは?そんなあり得ないことまで考えてしまう。
 靴売り場でも時間が惜しく、店員におすすめを聞いて即決で革靴を購入した。

 着信がある。
「次は紳士服売り場だ。店員に全身コーディネートしてもらえ。フォーマルなものをだぞ。以上。また連絡する」
 犯人は服をもらってどうするつもりなのだろうか。古着屋にでも売るのだろうか。もっと換金に適したものはあると思うのだが。だとするとやはりこのデパートが関係している?
 だが今は考えてもどうしようもない。自分にできるのは、早くこのわけの分からないお使いを終えて、娘を取り返すことだけだ。
 店員に見繕ってもらい、服を揃えて売り場を離れた。

 着信がある。
「ご苦労だった。買い物は以上だ。次は三階の男子用トイレの一番奥の個室へ行け。そこで今買ったものに着替えるんだ。服、靴、腕時計だ。バッグは袋に入れたままだぞ。着替えたら、今着ているものはトイレに残しておけ。そしてデパートを出て次の指示を待て。以上」
 トイレに向かいながら、犯人の狙いを考える。犯人は自分が警察につけられているとでも思っているのではないだろうか。そこで、トイレで着替えて別人のようにし、警察を巻くのが狙いではないだろうか。馬鹿らしい。その程度の変装で警察を巻くことなんてできないし、そもそも警察はついていない。
 トイレで着替えて、デパートを出る。

 着信がある。
「タクシーを拾ってブリッツホテルへ向かえ。着いたら最上階のレストランへ行き『予約した松本だ』と名乗ること。もう少しで娘が返ってくるぞ」
 電話が切れる。

 ブリッツホテル最上階のレストランに着く。
「予約した松本です」
「松本様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
 席へ案内される。街を見下ろせる窓側の席には先客がいた。
「どうしてお前が……」
「あなた。私も呼び出されたのよ」
 先客は妻だった。妻によると誘拐犯から電話があり、このレストランに来るように言われたのだそうだ。
「どうしたの?家を出た時と格好がずいぶん変わっているけど」
「ああ、色々あったんだ。また後で話すよ。今はきっと電話がかかってくる」
 そのときウェイターがやってきた。
「本日はお越しいただきありがとうございます。こちらメッセージカードをお預かりしています」
「メッセージカード?」
 ウェイターからメッセージカードを渡される。内容はこうだ。
『結婚記念日おめでとう。とびっきりのディナーを楽しんで!注文の多い誘拐犯より』
 なんだこれは?

 携帯電話が鳴り出した。非通知発信である。電話に出る。
「もしもし、お父さん?」
 電話から娘の声が聞こえてくる。
「えみ!無事だったのか!」
「うん?うん、大丈夫。お金いっぱい使わせちゃってごめんね」
「え、どういうことだ?」
「どういうことって……ごめんね。今回の誘拐事件は私の自作自演なの。最近、お父さんとお母さんがなんかギスギスしてたから、仲直りしてもらおうと思って。二人でディナーにでも行ってもらおうと思ったんだけど、普通じゃつまらないじゃない?それで今回のことを考えたの。お金はいっぱい使わせちゃったけど、お父さん素敵になったと思うよ。あ、もちろんバッグはお母さんにだからね。それじゃ、ディナー楽しんで。私は先に家に帰ってるから安心してね」

 電話が切れた。妻にも電話の声は聞こえていたらしい。唖然とした顔をしている。二人でしばらく顔を見合わせたあと、妻がふふっと微笑む。
「やられたわね。あの子ったら」
「ああ、人騒がせなやつだ。まったく」
 口ではそう言うが、怒りよりも安堵のほうが大きい。娘は無事だった。これでわけの分からない誘拐事件は終わったのだ。
 運ばれてきたワインで乾杯する。
「帰ったらしっかり叱ってやらないとな。小さな誘拐犯を」
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