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落伍者とお姫様 ~異世界の冒険~  作者: 鯉々
第8章:許されざる者
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第65話:名も無き少女と最期の海

「まさか……まさかお前ェは……っ!?」

 アタシはようやく気付けた。

 そうだ……ここはあいつの本拠地だ。あいつが何をしようとしていたのかを考えれば、今目の前に居るこの子が誰なのか……答えは一つな筈だ。そしてあいつの目的が変わってないなら……。

「っ!」

 アタシは少女を突き飛ばし、数歩後ろに下がった。それと同時にさっき感じていた内側から何かが引っ張り出されそうになる感覚が治まった。

 ……あくまで憶測に過ぎねェが、多分アタシの魂か何かを引っ張り出そうとしてたんだろうな。あの子にそのつもりがあるって訳じゃなさそうだが……だとしても、迂闊に近づくのはヤベェな……。

 少女は突き飛ばされた衝撃で転んでおり、涙を流していた。その姿はどこにでも居る普通の少女であり、それ故にアタシの心は強く締め付けられた。

「……悪い。大丈夫か?」

「うっ……ぐすっ……逃げて……もう、もう……上手く体動かせないの……」

 ……操られてるって事か。って事ァ、説得は不可能だよな……。ここで殺される訳にはいかねェが、だからといってアタシに……目の前のあの子を殺せるのか……? もうこの世に居ない、作られた存在だとしても……。

 近くの家が大きな音を立てて崩壊する。どうやら火災による炎が家の柱等を焼き切ったらしい。

 このままじゃいずれにしてもアタシの負けだ……。今見えてるこの景色が幻覚だとしても、今感じてる温度は妙にリアルだ。仮に幻覚でも、アタシの脳が本物の炎だと勘違いしてしまえば、焼死するかもしれねェし意識を失ったりするかもしれねェ。

「なァ! お前ェ、トリスメギストスの子供なんだよな!?」

「そう……そうだよ……パパは……私の事、生き返らせようとして……」

「だったら何とかする方法分からねェか!? 意識はまだ自分のままなんだろ!?」

「分からない……分からないよ……死んじゃった筈なのに……何で……」

 相当混乱してるな……当然っちゃ当然か、死んだ筈なのに今こうやって体と意識があるんだもんな……。

「オイ落ち着け! いいか、今アタシ達が見てるのは何かの幻覚の筈だ! お前ェ何か知らねェか!?」

 少女は立ち上がるとゆっくりとこちらに歩き始める。

「知らない……知らないよ……今までも何とかしようとしたのにダメだったもん……」

「今まで? 今回が一回目じゃねェのか?」

 近づかれない様に後ろへと下がる。

「何回も……パパは私の魂を呼んだの……でも私はどの体にも入れなくて……何回も失敗して……何回も何回もあっちとこっちを行ったり来たりして……」

 足元に転がっていた死体に気付かず、少しよろめく。

「……でもパパが言ったの……絶対に生き返らせるって……いい方法が思いついたからって……」

 方法……あの廃屋で見付けた本に書いてあったやつか。『魂の入れ替えにも耐えられる強靭な体』、『周囲を巻き込む異常な幸運』、『意識や感覚を操作できる能力』……それらを持った三人を集める事で初めて完成する方法……。

「私……私もうやだよ……」

「アタシが何とかする……だから力を貸してくれねェか。知ってる事を喋るだけでいい!」

 そう言った直後、突如周囲の景色が全く違う場所に変化した。さっきまでは燃え盛る住宅街に居た筈だというのに、それが一瞬の内に森へと変わった。

 森には人が通るために作られたであろう簡単な道があり、それ以外には手が加えられた場所は見受けられなかった。しかし先程と同じ様に森全体に火の手が回っており、通れる場所が制限されていた。

 アタシは少女の方を見つめながら、通れそうな場所を通り奥へ奥へと進んでいった。奥へと進む程火の手は大きくなっていき、遂には進むのが困難になる程だった。

「クソっ……」

 火が強過ぎる……これ以上は進めないかもしれねェ……だが、ここで止まるって事は、あの子と正面から戦わなくちゃいけねェって事だ。子供を殺す覚悟なんて……出来る訳がねェよ……。

「一か八かだ……」

 アタシは覚悟を決めると全力で走り、炎目掛けて飛び込んだ。全身が熱に包まれたが何とか向こう側に抜ける事が出来、幸いにも大した火傷にもならなかった。

 あの子は炎の向こう側だ。しばらくは時間が稼げるだろうな。今の内に何とかする方法を考えねェと……。

 そう思い立ち上がった直後、アタシの目にはあの少女が映っていた。間違いなく炎の向こう側に居た筈の彼女がいつの間にかこちら側に来ていたのだ。

「うっ……!?」

「逃げて……」

 動揺した一瞬の隙を突き、少女はアタシの腕を掴む。

「いや……嫌……もう、嫌なのに……」

 ま、マズイ……! このままじゃ完全に魂を抜き取られる……! 体がまだ言う事を聞く内に、何か対策を練らねェと……!

 そう思い体を動かそうとしたものの、既に一度触られていたからか、今度は突き飛ばそうにも足が動かなくなっていた。立つ事は出来ているものの、蹴りを入れる事も踏ん張って抵抗する事も出来なくなっていた。

 クソ……駄目だ……体が言う事を聞かねェ……それだけならまだしも、熱さのせいで頭もまともに働かねェ……このまま、じゃ……。

 その直後だった。突如、地震の様な揺れが発生しアタシと少女は共に倒れ込んだ。いや、そもそも地震にしては妙な揺れ方だった。

「何が起きてるの……?」

「オイクソ……どうなってんだよ……」

 少しでも状況を理解しようと体を起こそうとした瞬間、一瞬にして地面に亀裂が走り、アタシと少女はその隙間に落とされた。あまりに予測不能な出来事であり、何が起こったのか一切理解出来なかったが、アタシの動かなくなっていた筈の体は、考えるよりも先に動いていた。






「……ああ、クソ……」

 どうやら気を失っていたらしく、アタシは鈍い痛みを頭部に感じながら体を起こす。

 見た所、アタシ達が居た洞窟は何らかの要因で崩れてしまったらしく、今居る場所は洞窟の下層部分の様だった。すぐそこに海が見え、そこら中に元洞窟だった残骸が散らばっていた。

「……! あいつ……!」

 そうだ……あの子の姿が無い……! 確か落ちる寸前に抱き寄せた筈だ……! 何で居ないんだ……!?

 アタシは体中に走る痛みを堪えながら周囲の瓦礫を除け、捜索を始めた。

 あの子は確かにアタシの体を乗っ取ろうとしていた。だが自分の意志でやってた訳じゃねェ。自分の父親にやりたくもないのにやらされてただけだ。もうとっくに一度死んでるとはいえ、さっきは間違いなく生きてたんだ……。

 どれ程の間探し回っただろうか。遂にアタシは彼女の姿を見付けた。

 彼女は波打ち際のすぐ側に居た。その小さな体には鋭く尖った岩が突き刺さっていた。恐らく落ちている最中にアタシが手放してしまったのだろう。

 咄嗟に駆け寄り、声を掛ける。

「オイ……オイ!」

「…………」

 最早声と言ってもいいのかどうかさえ分からない程に彼女は小さく呻いた。口元からは真っ赤な血が、つつっと垂れていた。

「しっかりしろ……医者を知ってンだ。それまで……」

「もう……終わりにして……」

「…………あ?」

「嫌だよもぅ……これ以上……は、もう嫌……」

 彼女の顔が歪む。その歪みが痛みから来るものなのか、それともこれ以上生きていなくないという苦痛から来るものなのか、アタシには判断出来なかった。

「オイ何言ってンだ……馬鹿な事言うな……」

「もう……もう、ゆっくりさせて、よ……」

 アタシは彼女の小さな体を掴む。やるべき事は分かっていた。倫理的に見れば正しくない事も分かっている。だが、こうする事が彼女にとっての救いなのだという事は理解出来ていた。

 体を持ち上げる。その小さな体はまるで絹の様に軽かった。アタシの力が強いのかそれとも彼女が軽すぎるのか、その命は余りにも軽すぎた。

 彼女の頭を支え、寝かせる。

「ぁ、ありが、と……ぅ……」

「……悪い。アタシが、アタシが何とかするべきだった……」

「んーん……これ、でいいの……。パパ、も……もう死んじゃった……みたい、だし……」

 トリスメギストスが死んだ……? いったい誰がやったんだ? 途中で逸れたオーレリアか?

 少女は虚ろな瞳で海を見る。

「きれぇ……海って、こんなに……綺麗だった、んだ……」

 アタシの手の中で一つの存在が消えていくのが伝わる。

「生まれ変わったら…………海の向こう、にも……行って、みた、いな……」

 少女はアタシの腕を掴む。もう魂を抜き取られそうな感覚にはならなかった。

「おねぇ、ちゃん……」

「どうした……?」

「私、海に流して……」

「何言って……」

「私は……生きてちゃいけない、の……もうお墓は立って、るから……ねぇ、お願い……」

 こいつは、とっくに死んでる人間だ。確かに死んでる筈の人間の死体がまた見つかったら、確実に騒ぎになるだろう。この子がどこに住んでいたのか分からねェし、この街じゃこの子の事を知ってる人間は居ないかもしれねェが……。

「ああ……ああ、分かった……」

 アタシは彼女を抱きかかえ、海の中へと足を浸けた。海水が傷に沁みたが、彼女がこれまでに感じてきた苦しみに比べれば、大したものでも無いのだろう。

 彼女を下ろすとその小さな体は水面にふわふわと浮かんだ。そして、少しずつ少しずつ……その幼いままの体はまるで絵の具の様に水へと溶けていった。

「あぁ……海って……気持ちいいんだ……」

 それが彼女が残した最期の言葉だった。彼女の体は完全に海水に溶け込み、まるで最初からこの世界に存在していなかったかの様にその姿を消してしまった。

 ……これで、良かったンだ。善悪じゃあねェ……あの子がこう望んだんだ。他の奴からどう言われ様が、これで良かったと信じ続けよう。そうでもしねェと、あの子が報われねェ……。

 一度深呼吸したアタシは痛む体を引きずる様にしながら瓦礫の散らばった岩場を進み始めた。

「確かめとかねェとな……」

 まだトリスメギストスが残ってる。あの子は奴が死んだ様な事を言ってたが、この目で念のために確かめとかねェとな……油断すんのはマズイだろうし……。それにオーレリアがどうなったかも気になる。リオンやレーメイ達は大丈夫だろうが、あいつはすぐそこまで一緒に来てたからな……。



 どれ程歩いただろうか、遂にアタシは憎むべきその姿を見付けた。

 老人だった。アタシがこの世界に来る時に神だの何だのと宣っていた、あの老人だった。そしてその隣にはオーアと呼ばれていたあの少年が居た。左腕があらぬ方向に曲がっており、全身血塗れになっていた。

 そうか……こいつがやったのか……って事は、リオンは止められなかったって訳か。それだけこいつの覚悟と決意は固かったって事か……ちょっとばかし、過小評価し過ぎてたのかもな……。

 アタシはオーアの首筋を触り脈を計る。

 ……気を失ってるだけか。でもこの出血量じゃ放っておいたら死ぬな。……仕方ねェ。

 アタシはオーアをおぶり、ここから脱出するために歩き出した。その瞬間、視界の端に見覚えのある姿が映った。とにかく賑やかで、あいつの標的にもされていた文屋だった。瓦礫の陰に隠れ、こちらの様子を窺っているらしかった。

 あいつも来てたのか……もしかすると、あの洞窟が崩れたのもあいつがやったのかもな……周囲をも巻き込む幸運……命を救われたな……。

 数々の偶然に感謝しながら、アタシは最後の仕事をするために歩き続けた。


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