第64話:どこまでも普通な(作られた)少女
閑散とした街を駆け抜けていると、突然リオンが立ち止まった。
「オイどうした?」
「……あんた、それいつから付いてたの?」
そう言われて指差された右足を見てみると、そこには肌色をした細い布の様なものが巻き付いていた。体に接触されている様な感覚は一切せず、いつから足に巻き付いていたのかは分からなかった。
「何だこりゃ……」
「キセガワ様、誰かから追跡されているのでは?」
可能性があるとしたらあの廃屋に行った時に会ったあのガキか……? ピールとか呼ばれてたあのガキ、確か体を解れさせてたよな……まさかあいつ、アタシ達の向かってる場所を割り出して、あのオーアとかいうガキに教えるつもりか……? だとしたら、何とか止めないといけねェ。これは……アタシが何とかするべき事だ。
「あのガキだ……ピールとか言ってたあいつ……」
「ピール様ですか? 私達の向かい先を予測しようとなさっているのでしょうか?」
「……仕方ないわね」
そう言うとリオンはアタシの足に巻き付いていたピールの体と思しきものを触ると、アタシの足も同時に掴んだ。
「オーレリア、そっち持ってなさい」
「はい」
オーレリアは言われるがままにアタシの体を後ろから支えた。するとリオンはアタシの足をまるで走っているかの様に上下に揺らしながら少しずつピールの体を解いていった。
「オイ何してんだ!」
「多分だけど、あいつはこの紐みたいなのの揺れで今のあんたの状態を予測してるんだと思う。だから外してるのよ」
ピールの体を解ききったリオンは常に波打たせる様に揺らしながら、それを自らの足に結び付け、その場で走っているかの様なテンポで足踏みを始めた。
「先に行ってなさい」
「まさかお前ェ、あいつらの足止めに行くつもりか?」
「……別にあいつらがどうなろうが知った事じゃないけど、あんたは嫌なんでしょ? あいつらが巻き込まれるの」
「そりゃそうだが……」
「なら、早く行きなさいよ。ここで足止め食らう訳にはいかないのよ」
そう言うとリオンはアタシからの返事は聞かないとばかりに元来た道へと走り出した。
「……キセガワ様、参りましょう」
「……ああ、そうだな」
残されたアタシ達は再び目的地に向け走り出した。オーレリアが先頭に立ち、それを後ろから追い掛ける。
リオン……あいつが負けるとは思えねェ。それに今のあいつは以前までのあいつとは違う……いや、もしかしたら昔も同じだったかもしれない。あいつは……子供を殺せない……その筈だ。
しばらく走っていると浜辺に辿り着いた。ゴミなどはどこにも落ちておらず、青々とした海と相まって、とても美しかった。そんな綺麗な浜辺の砂を足で跳ね上げながら向かった先にある洞窟の前でオーレリアは立ち止まった。
「ここです」
「この奥に……奴が居んのか」
「確証は持てませんが、現状可能性として最もありえます」
アタシは壁面に手を付き、洞窟の奥を覗き込む。
やっぱりというか真っ暗だな……まァ隠れ家としちゃあ有りな場所だ。
「……ここは、人工的に作られた場所なのか?」
「私には判断しかねますが……錬金術の力ならば、作成する事は可能かと」
だとすると用心して進んだ方が良さそうだな……敵の本拠地である以上、何があるか分からねェからな。それこそ、命に係わる様な罠の一つや二つあっても何もおかしくねェ……。
「じゃあ用心しながら進んだ方がいいな」
「はい」
「……よし、じゃあ行くぞ」
そう言うとアタシは恐る恐る第一歩を踏み出した。足先からは固い岩の感触が伝わってきたが、特に何か起こる様子は無かった。
入口から何か仕掛けては来ねェか……。とはいえ油断は出来ねェな……まともな相手じゃない以上、あらゆる可能性を考えておかねェと……。しかし、この洞窟妙だな……外から見た時は暗くて中が見えなかったってのに、中に入ってみりゃあちょっと薄暗いがちゃんと見えてる。外から光が入ってきてはいるが、この明度は明らかにそういうやつじゃないぞ……。
そうして注意しながら足を進めていると、目の前に金属で出来ていると思われる大きな壁が姿を現した。明らかな人工物であり、表面には見た事も無い模様が彫られていた。
「何だこりゃあ……」
「恐らく、トリスメギストス様以外は通れない様にするための物でしょう」
「それじゃあ行き止まりって事か……?」
オーレリアは壁の前に立つ。
「いえ、恐らく私であれば……」
そう言うとオーレリアは壁に手を付き、目を光らせた。すると何やら機械音の様な音が鳴り、壁に彫られている模様がエメラルド色に輝き始めた。
「お、オイ! 何してんだ!」
「この壁に干渉しています。これが錬金術による物であるならば、同じく錬金術で作られた私なら干渉出来る筈です」
その発言の直後、足場を僅かに揺らしながら壁は真ん中から半分に開いていった。アタシがさっきまで壁だと思っていた物は扉だった様だ。
「これで問題ありません」
「大丈夫なのか……? これが開いたって事は向こうにもバレてるんじゃねェのか?」
「そうかもしれませんね」
だとしたら急がなきゃヤバイな……アタシはともかくとして、こいつはこれからもレーメイに仕えなきゃならねェ。きっとこいつ自身もそれを望んでる筈だ。トリスメギストスは多分、こいつを殺す事に何の躊躇もしないだろう……こいつが死んだらきっとあいつは……悲しむ……。
「行く、か……?」
「ええ、行きましょう」
オーレリアからの返事を聞いたアタシは再び前へと進み始めた。しばらく進んでいるといくつかの開けた空間があった。壁にいくつもの武器が掛けられている場所や何やら大きな機械が置いてある場所など、どこも明らかに危険な香りがする場所だったが、特に罠が仕掛けられている様子は無く問題無く通る事が出来た。しかしそこがまた不気味でもあった。
しかし妙だな……アタシ達が侵入してきてる事には気付いてる筈だ。それなのに何も仕掛けてこない……もしかしてここにはもう居ないのか……?
「なァオーレリア……」
オーレリアに話しかけようと振り返るとそこにオーレリアの姿は無かった。間違いなく先程までその場に居た筈だというのに、まるで初めから居なかったかの様に音も無く姿を消していた。
何……どこに行った? 何も、何も起きなかった筈だ……どこからも攻撃は受けてない……さっきまで間違いなくアタシの後ろに居た筈だ……それなのにどこに行った……? どうやってあいつだけ連れていった……?
そこでアタシは更なる違和感に気付き、周囲を見渡す。さっきまではいくつかの開けた空間を抜け、再び洞窟らしい狭い通路を通っていた筈だというのに、いつの間にか全く見知らぬ場所に立っていた。
辺りには洞窟内であるにも関わらずいくつもの家が見えた。とてもこの空間に入る筈がないにも関わらず、まるでここが屋外かの様に何の問題も無く立っていた。更に何故か頭上には夕焼け空が広がっており、足元は石畳で出来た道へと変化していた。
何だここ……? まさか……逆なのか? あいつが連れていかれたんじゃなくてアタシが連れていかれたのか……? 仮にそうだとして、ここはどこなんだ? 洞窟のあるこの街とは雰囲気が違う様に見えるが……。
そんな事を考えて少し後ずさりをすると足に何かが当たった。振り返って足元を見てみるとそこには死体が転がっていた。体には刃物で切られた様な痕跡が残っており、それが致命傷になったらしかった。
どうなってるんだ……どこなんだここは……!? 明らかにヤバイぞ……この死体は誰なんだ……!
身の危険を感じたアタシは何か解決策を見付けるために近くの家に駆け込んだ。
何か……何かある筈だ。もしここが作られた空間だとしたら、今見えているものは幻覚の可能性がある。仮に幻覚じゃないにしてもどこかに対策がある筈だ。
家の中は特におかしいところは無く、この世界ならばどこにでもあるであろう普通の家だった。机も椅子も窓もどこもかしこも普通の物だった。しかし、アタシはある違和感に気付く。
アタシ……汗搔いてるのか……? 何となくだが体温が上がってる気もする……何が原因だ?
ふと窓から外を見たアタシは慌てて外に飛び出す。外に立っている家々が燃え始めていたのだ。それだけではなく、死体の数が一気に増えており、まるで虐殺でもあったかの様だった。
「何だよ……これじゃまるで戦争じゃねェか……」
そう思わず口に出た直後、アタシが飛び出した家の扉がゆっくりと開いた。中から出てきたのは一人の少女だった。まだ幼い、レーメイよりも遥かに年下の綺麗な栗色の髪をした少女だった。
「お、オイ……大丈夫か……?」
そうは言ったものの、彼女の見た目は異常だった。正確には見た目そのものは本来異常とされるものではなかった。現在のこの状況で見れば異常だったのだ。
彼女はこの状況にも関わらず、異常な程に普通な、綺麗な身なりをしていたのだ。
「お姉ちゃん、逃げて……」
「待て、どういう状況なんだここは……」
「私ね……ずっとずぅっと昔にね、死んじゃったの……」
死んだ……? 何言ってるんだこいつは……今、目の前に居るじゃねェか……。
「何言ってるんだ……ここはどっかの街なんだろ?」
少女は涙を流し始めた。
「もう無くなっちゃった……私も……街も……お友達も……皆、皆無くなっちゃった……」
無くなっただと……? ……こりゃあ、幻覚の線が強くなってきたな。
「ねぇお願い……逃げて……」
そう言いながら、少女はこちらに歩き始める。アタシは歩み寄ってきた少女の細い腕を掴む。
「……でもお前ェは生きてるんだろ。ちゃんと触れるじゃねェかよ」
「ダメっ! 触っちゃ……!」
少女がそう言った瞬間、アタシの体に妙な感覚が襲い掛かった。まるで体の中にあるものを無理やり外へと引っ張り出されそうになっているかの様な感覚だった。
「こ、何だこれはっ……!?」
「お姉ちゃん……逃げて……私……私……生き返りたくないよ……」
少女は涙で潤んだ目で真っ直ぐに私を見ていた。




