第63話:埃に塗れた真実
オーレリアと共に廃屋の中へと入ったアタシは埃っぽく乾燥した廊下を抜け、途中にあった部屋を通り、奥にあった部屋に足を踏み入れた。部屋の中には机や椅子、本棚などが置かれており、机の上にはあの『孤児院』と思われる建物で見付けたフラスコなどによく似た道具が置かれていた。
「オーレリア、何か分かるか?」
「……いえ、現段階では何とも……」
「そうか……」
アタシは本棚から適当に本を取り出す。
……オートマタの作り方が書いてある本か。体のパーツ毎に細かい記述がされてるな……それだけじゃない、起動するための魔力の入れ方や命令の入力方法まで書いてある。だが気になるのはこれだ。
『オートマタを娘の魂の器として使う』
どうやらトリスメギストスはそういう目的でオートマタを作ったらしい。だがここに書いてあるのが事実だとするなら失敗してるみてェだな。二体作ったらしいがどっちも失敗してる。
『肉体が作られた時点で魂が存在する。一つの器に二つの魂は入らない』
なるほど、オーレリアは生まれた時から既に人格を持ってたんだな。だから器に使えなかった。だが、この下に書いてある文章……。
『魂を入れる器、製造完了』
これは魂を呼び戻す事に成功したって事か? でも、だったら何でこいつはリオン達を作った? リオン達が作られたのはこれよりも前なのか……?
より詳しく調べてみたものの、それ以上の事はそこには書かれていなかった。仕方なく本を戻し、机上の実験道具を見る。
大体がアタシが居た世界でも見た事があるやつばかりだが、所々この世界特有のものであろう道具も目に入る。トリスメギストスはここでオーレリアやリオンを作ったりしたんだろうか。仮に作って、『魂を入れる器』が出来たのがその後だったとしたら、何故こいつらを処分しなかったんだ……自我を持った存在が自分達の作られた理由を知ったら間違いなく反感を買って攻撃されるだろうに……。
そうして考えているとオーレリアから声を掛けられた。
「どうした?」
「気になるものが」
アタシはオーレリアが指差していた本棚の中の本を取り出す。
『人体練成記録』、そこにはそう書かれていた。開いてみると人間の体のスケッチがいくつも載っていた。男だけではなく女の体もスケッチしてあり、それぞれに番号や細かい記述がしてあった。だが、これらの体は作ったものでは無いらしく、穂が言っていた様な召喚によって呼び出したものらしかった。
錬金術が魔法の真似事だっていうのが本当なら、トリスメギストスは何らかの道具もしくは方法でここに書いてある人間を呼び寄せたって事になる……。
ページを捲ってみると、そこにはアタシの疑問の答えが載っていた。アタシや文屋と名乗っていたあの少女、そしてオーレリアと戦っていたあの青年の姿がそこにはあった。そしてそれぞれのスケッチの横には丸印が付けられており、注釈が書いてあった。
『魂を入れられる強靭な肉体を発見』
『周囲をも巻き込む異常な幸運の持ち主を発見』
『人の意識、感覚を操作する特異な人間を発見』
なるほど、アタシらはトリスメギストスにとって最優先すべき存在だって事か。文屋が異常な幸運を持っていて、それを使って全てを上手く運び、アタシに娘の魂を無理矢理入れて、最後にあのガキを使うって事か……あいつが力を使ってるところを見た事がある訳じゃねェが、ここで選ばれる位だから相当なモンだろうな。
「……キセガワ様、ここに存在する資料を解析したところ、トリスメギストス様の現在地が判明しました。向かいますか?」
「分かったのか。なら行くか」
アタシは本を脇に抱えたまま勢いよく扉を開ける。すると、目の前にはあの暴動の時に出会った、この本にも載っている青年と中年の男、更に青年よりも年下と思われる少女が居た。
男が叫ぶ。
「お前か!」
「誰だお前ェは」
「この子達の父親だ。オーアから聞いたぞ。あの暴動に関係してるらしいな?」
なるほど……アタシがこいつを傷付けたと思ってる訳か。まァ無理も無い。
アタシは持っていた本をオーレリアに渡し、近寄る。
「なァ……アタシ言ったよな? ガキが首突っ込んでいい話じゃねェってよ」
「俺達はトリスメギストスを捜してるんです! あなた達もなんですよね!?」
「……いい加減にしろよクソガキ。あれはアタシらが殺る。テメェらはすっこんでろ」
父親が怒鳴る。
「お前! どういうつもりだ! 何者なんだ!」
「何でもいいだろうが。それよりどうすんだ? アタシを止めるか?」
父親の方は今にもアタシに殴りかかりそうな殺気を放っていた。するとオーアと呼ばれていた青年が父親の方を引っ張り、少女に向かって叫ぶ。
「ピールッ!!」
するとピールと呼ばれた少女の腕がまるで皮を剥かれたリンゴの様に解れていき、その解れた腕を父親の体に巻きつけた。オーアは父親とアタシの間に立ち、真っ直ぐに見詰める。
「お願いです。俺達も協力させて下さい」
「駄目だ。こういうのはアタシみたいな人間の仕事だ」
「オーア! 下がれっ!!」
父親はピールに引き摺られる様にして外へと引っ張られていった。
外にはレーメイ達が居た筈だが、あいつら止めなかったのか? まァ敵じゃ無さそうだし別にいいんだが……。
「お前ェの親父さんの言う通りだぜ? 下がりな」
「いいえ……下がりません。俺だってトリスメギストスのせいで散々な目に会ったんだ。それに……俺が出会った人達も……」
「それも含めてアタシがやる。お前ェがやる必要はねェ」
「それでも俺はっ……!」
……こいつには口で言っても分からねェか。本当は怪我してる奴にこんな事したくはねェンだが、やむを得ねェな……。
アタシは素早くオーアの懐に入り込み、突き飛ばすように体当たりを仕掛けた。オーアの体は大きく後ろに吹っ飛び、壁に軽く叩きつけられた。オーアは苦しそうに腹部を押さえながら膝を付いた。
ちょいと心が痛むが、こうするしかない。こいつはアタシや文屋と同じでただ巻き込まれて利用させられただけだ。あいつの所に行かせる訳にはいかねェ。
「これで分かったろ? お前ェとアタシとじゃあ実力にこんだけ差があんだよ。今何が起こったか見えなかったんだろ?」
「何……を……」
「遊びじゃねェンだよ。アタシは手加減してやったが、あのクソジジイはそうはいかねェぞ? 本気でお前ェの事を殺しに掛かってくる。今までもそうだったんだろ?」
オーアはふら付きながら立ち上がる。
「俺は……彼らの分まで戦う義務が、あるんです……!」
「彼ら?」
「俺を殺そうとした人達……あの人達もまたトリスメギストスに利用された人達だったんです。あいつさえ居なければ……あんな風に死ななくても済んだ筈なんです……!」
……呆れるなこいつ、どこまでお人好しだ。レーメイでもここまでじゃねェぞ。どっちがいいとか悪いとかって話じゃねェが……。
「とんだお人好しだな。殺そうとしてきた相手に対してもそれかよ」
「あの人達は……根っこの部分は悪い人じゃない筈なんです……」
こいつは止めなきゃ駄目だな……。
アタシはオーアに近付く。
「今のお前ェの発言で分かったよ」
オーアを気絶させるために、その体の鳩尾目掛けて拳をめり込ませる。
「お前ェは人殺せねェよ。殺せる人間性じゃねェ……」
オーアはその衝撃によって酸素を全て吐き出したらしく、その場に力なく倒れこんだ。
これでいい……こいつは正義感が強くて相当なお人好しだ。こういう奴は長生きするのが難しい……他人に上手く利用されたり、恨みを買いやすいからな……だからこそ、こうやって無理矢理にでも止めなきゃならねェ。
「大人に任せときゃいいんだよ……」
アタシはオーレリアと共に廃屋から外へと出た。外にはオーアの父親とピールが居た。父親はアタシを睨みつけ、今にも飛び掛ってきそうな形相だった。
「オーアは、オーアはどうした!」
「心配すんなよ。大した事はしてねェ。生きてるよ」
ピールが口を開く。
「あなた達もトリスメギストスを倒すつもりなんですか?」
「……ああ。あいつには仲間も相当迷惑掛けられたからな。それ相応の償いはしてもらうつもりだ」
「なら私達も……!」
「馬鹿言うな、お前ェらが行ったところで勝てやしねェよ」
アタシはこれ以上時間を無駄にするのを防ぐためにオーレリアを連れてその場を立ち去った。後ろから呼び止める声が聞こえはしたものの、そんなものに構っている余裕はもう無かった。
少し間歩き、路地を抜けるとレーメイ達が立っていた。
「キセガワさん、怪我は無いですか!?」
「ああ。ちょっと邪魔は入ったが問題ねェよ」
「三人組の事ね?」
「止めなかったんだな」
「ええ……ここで騒ぎを起こしたらあんた達が調査出来なくなるかもって思ってね」
「悪いな、おかげで大分分かったぜ」
オーレリアが口を開く。
「トリスメギストス様が現在使用している隠れ家の場所が判明しました。向かうなら今かもしれません」
「分かったの? どこよ」
「この街の海沿いから行ける洞窟です。その奥に隠れ家がある様です」
海沿いの洞窟か……多分だがかなり狭い所だろうな。今居る全員で行くのはちょっと危険かもしれねェ。罠が仕掛けてある可能性も考えられるし、そこで全滅なんて笑い話にもなりゃしねェ。
「なァ、レーメイと穂、お前ェらはあの病院で待っててくれねェか」
「えっ!? ど、どうしてですかキセガワさん!」
「えっと、ミノリもお手伝いしますよ?」
「……多分トリスメギストスが今一番重要視してるのは、この中じゃアタシだ。それ以外の奴は別にどうでもいいって思ってる。つまり平気で殺そうとしてくるって事だ」
リオンが口を開く。
「……犠牲になる人間は少ない方がいいって事?」
「別にアタシも犠牲になるつもりはねェよ。だがな、レーメイは将来国を背負っていかなくちゃならねェ人間だ。こんな所で大怪我でもしてみろ、王位どころじゃなくなるかもしれねェ。それに穂、お前ェ将来は大魔法使いになるんだろ? 師匠との約束もあンだろうが」
レーメイは何か言い返そうとしていたが、言葉に詰まり言い返せずにいた。一方穂はアタシの言葉に納得が出来たのか、頷いた。
「分かりました。喜瀬川のお姉さんがそう言うならミノリ大人しく待ってます!」
「ありがとな。ほらレーメイ、お前ェも分かってくれるな?」
「う……あ、あの……それじゃあ約束してください。絶対に帰ってきてくれるって……」
「ああ、約束する」
アタシはレーメイの頭を軽く撫でる。
「行こう、ミノリさん」
「はい!」
アタシが撫で終わるとレーメイは穂の手を引き、病院の方へと向かっていった。
これでいい……これで少なくともあいつらは大丈夫な筈だ。後は残りの二人だが……後で考えるか……。
「よし、そんじゃあ行くぞ」
「はい、では付いて来てください」
「ああ」
こうしてアタシとリオンはオーレリアの案内の下、トリスメギストスが居るという洞窟に向けて走り出した。




