第62話:廃屋へ……
広場に戻るとレーメイ達がこちらに駆け寄ってきた。リオンは眉間に皺を寄せ、アタシに担がれているオーレリアを見る。
「……ごめん、止められなかった」
「別にお前ェのせいじゃねェよ。それにこいつも気絶してるだけだ」
アタシが木陰に移動しオーレリアを下ろすと、レーメイはその場に座りオーレリアの頭を自らの膝の上に乗せた。
「キセガワさん……オーレリアに何があったんですか?」
「殴られただけだ。それに見た感じ、殴った奴の方が負傷してたみてェだったぞ」
「……そう、ですか」
「……こいつ、いつお前ェらの所離れたんだ?」
リオンが答える。
「あんたと別れてしばらくしてからよ。急に離れようとしたの」
「何も言わずにか?」
「ええ……止めようとして肩を掴んだら急に手が痺れて動かせなくなった。その子が前に見せた雷みたいな技によく似てた」
オーレリアが何も言わずに行動したのか……そういやァ、穂に治してもらってから、ちょっとだけだけだが、表情が人間臭くなってたからな……。もしかしたら、命令じゃなく自分の意思で行動しようとしたのかもしれねェ……。
オーレリアの方に目をやると、穂が近付き頭に手を置いていた。その手が触れている場所は緩やかに光を放っていた。
「……それで、どうなったの?」
「ああ、とりあえずだが里見の奴らはこれで全員倒したと思う。あそこには里見の頭が居た」
「倒したの?」
「ああ。それとレーメイ達の探してたモンも取り戻した」
アタシは片手に持っていた『黎明』をレーメイの所に持っていく。
「オイ」
「キセガワさん?」
「これ、あったぞ」
アタシがそう言って手渡すとレーメイは突然の事に軽く動揺している様だった。
「え、えっ本当に取り戻せたんですか!?」
「ああ。つーかさっきから持ってたろ」
「す、すみません……オーレリアの事が心配で……」
無理も無い話か……こいつにとっちゃオーレリアは小せェ頃からの仲だもんな。そんな奴が気を失ってるとなりゃ、こんな魔法道具どころじゃなくなるか。しかも一回目の前で機能停止したとなりゃ尚更だ。
「謝る事じゃねェよ」
直後、オーレリアの頭に触れていた穂の手から少し強めの発光があり、それと同時にオーレリアの目がゆっくりと開いた。
「あっ! 治りましたよ喜瀬川のお姉さん!」
「……ここは」
「お目覚めかオーレリア。手間掛けさせやがって……」
「オーレリア、どうしてあんな事したの? キセガワさんは待っててって言ってたのに……」
オーレリアは上体を起こす。
「……キセガワ様一人に危険な事をさせる訳にはいかないからです。私は、『黎明』を取り戻すためにあなたを利用してしまいました。だから私は……」
「今更だろ」
「今更?」
「まァ確かに最初はアタシを利用するつもりだったかもしれねェよ。でもお前ェは一度もアタシを見捨てようとはしなかっただろ?」
「それはマスター……いいえ、トリスメギストス様に都合がいい様に動いていただけで……」
「それはお前ェがそう思ってるだけだ」
アタシは屈み、オーレリアの肩を掴む。
「いいか……お前ェはもう機械じゃねェンだ。お前ェは一人の人間だ。お前ェは自分の心で動いてた、いいな?」
オーレリアはアタシに瞳を覗き込まれて、少しだけ目を泳がせた。それはかつてのオーレリアなら、絶対にしないであろう人間らしい反応だった。合理的ではない、感情的な人間の反応だった。
「……分かりました。そうですね。私は今まであなたを自分の意思で助け、今回もそうでした」
「分かったならいい。『黎明』ももう取り戻したしな」
オーレリアはレーメイの方を向き、その手にある目的の道具を見詰めた。
「上手くいったのですね」
「ああ。これでお前ェらともさよならだ」
レーメイが驚いて顔を上げる。
「えっ……どうして……」
「お前ェらの目的はもう果たせただろ。こっから先はアタシ個人の問題だ」
「そ、そういう訳にはいきませんよ! 私達にもキセガワさんの事手伝わせてください!」
「キセガワ様、私は自らの意思で選択します。例えあなたが付いて来るなと言っても付いて行きます」
「……嫌な予感がすんだよ」
「嫌な予感……?」
アタシはこの世界に来た時の事を思い返す。
「アタシがここの世界の人間じゃねェって話はもうしたよな」
「ええ。お聞きしました」
「ここに来る時、変なジジイにあってんだよ」
「老人にですか?」
「ああ……今思えばだが、もしかするとあいつがトリスメギストスだったのかもしれねェ……」
あの時アタシは死んだせいであいつの事を神かなんかだと思ってた。だが今考えてみればおかしい事だらけだ。死んだ人間が何で他の世界に落とされる? 前世ってのを信じない訳じぇねェが、死んだ時の姿そのままで、記憶もそのままってのはおかしいじゃねェか。人が死ぬたびにそんな事が起こってたら、身元不明の人間が溢れかえる事になる。
「ねぇキセガワ、もしあんたが言ってる事が当たってたとしたら、何であいつはそんな事したの?」
「……そこまでは分からねェ。理由も無くするとは思えねェが」
穂が口を開く。
「あのあの、それって召喚魔法って事ですか?」
「……召喚魔法? そんなのがあるのか?」
「はい。他の世界と今の世界を繋いで、別の世界に居る生き物を呼んだり出来るんです。ミノリはやった事ないですけど」
アタシはレーメイに尋ねる。
「お前ェは知ってるか?」
「えっと……一応知識としては知ってましたけど、あれは相当強い魔力を持った人じゃないと出来ないらしいです」
「お嬢様が仰る通り、あれは生半可な力で制御出来るものではありません。ですが、もしトリスメギストス様がやったのだとすれば……」
「可能なのか?」
「未知数です。私も錬金術の知識は皆無に等しいですが、それ故にどれほどの事が出来るのか予測がつかないのです」
アタシの脳裏に穂の言葉が浮かぶ。
『錬金術は元々魔法が使えない人が魔法の真似事として生み出した』
もしこの言葉が真実だとするなら、魔力を持たなくても召喚というものが出来てしまうのかもしれない。例え最初が真似事だったとしても、それも極めれば立派な技術になる。それこそ、本家本元を上回る程の技術に……。
「ですが未知数という事は即ち可能であるとも言えます。それ故にキセガワ様の考えが当たっている可能性もあります」
「そうか……」
「キセガワ様、私にはトリスメギストス様の真意は分かりません。ですが、あなたの仲間として、あなたを危険な場所に一人で向かわせる訳にはいきません」
そう言うとオーレリアは立ち上がり、真っ直ぐに瞳を見詰めてきた。その目には確かな覚悟が感じられ、その言葉には確かな心が感じられた。
「キセガワさん、私も行きます! 今まで散々お世話になっておいて、今更目的が果たせたから『はいさよなら』なんて言えません!」
レーメイもオーレリアの隣に立ち並び、目を見詰めてきた。
……巻き込む訳にはいかない。だが、もしこいつらと別れて、その後トリスメギストスがこいつらを襲ったら……? アタシはこいつらを守れるのか? もし守れなかったら、こいつらは死んじまうんじゃねェのか……?
「あのあの! ミノリも行きますよ! 何のお話かよく分かりませんけど、喜瀬川のお姉さんにはお世話になってますから!」
「……ねぇキセガワ、私はあんたの判断に任せるわ。でも、こいつらのお守だけはしないからね?」
リオンにそう言われ、完全に逃げ場を失ってしまう。もし可能ならこの三人をリオンに任せようと思っていたからだ。
アタシは大きく深呼吸をし、落ち着く。
「……分かった。でもいいか? もし危ないと思ったら絶対に自分の命を優先しろよ? いいな?」
返事は無かったが、その代わりに全員が頷いた。
「それじゃあ、あそこに行ってみる?」
「ああ……街の住人のほとんどが今は自由に動けないだろうからな。怪しまれずに行くなら今しかねェ」
「では私が案内致します」
こうしてアタシ達はオーレリアの案内の下、契約書に書かれていた例の場所に向かう事にした。
しばらく歩き続け、途中にあった路地裏に入るとオーレリアはある汚れた扉の前で立ち止まった。
「ここです」
「長いこと使ってない様に見えるな」
「用心はした方がいいわよ。何があるか分からないし」
確かにリオンの言う通り、何が仕掛けてあるか予測がつかない。それに部屋の広さもここからじゃ分からねェ……。もし狭い所を襲われたら一網打尽もありえるな。
「……なァリオン」
「何?」
「レーメイと、それから穂を連れて離れた所で待っててくれねェか?」
「耳が悪くなってるのかしら? さっき私は『こいつらのお守はしない』って言ったんだけど?」
「……分かってる。でもお前ェなら分かるだろ? もしここに全員で入ってまとめてやられたらどうしようもねェって」
リオンはレーメイに視線を向ける。
「……もしあんたが帰ってこなかったらどうするのよ?」
「大丈夫だ。絶対に帰ってくる。アタシもこんなとこでくたばる訳にはいかねェンだよ」
リオンは少しの間思案していたが、やがて溜息をつき答えた。
「……分かった。まあ、あんたがそう簡単に死ぬとは思えないしね」
「悪い。レーメイ、穂、それでいいか?」
レーメイはチラッとリオンに視線をやる。
「そうですね……多分何かあっても私じゃ足手まといかもしれませんし、ここで待ってます」
「ミノリも付いて行きたいですけど、でも喜瀬川のお姉さんがそう言うのなら待ってます! あっ、一応他の人が来てもバレない様にちょちょっと魔法かけときますね! この人数ならギリギリ魔力ももつんで!」
「よし、それじゃあ……オーレリア、準備はいいか」
「ええ、私はいつでも大丈夫です」
こうしてアタシとオーレリアは汚れきった扉を開き、全ての元凶と思われる男のかつての住処へと入っていった。




