第61話:里見一家総帥の最期
一階をオーレリアに任せたアタシは階段を駆け上がり、二階へと辿り着いた。人の気配は感じられず警備はされていない様だった。アタシは数あるドアの中で最も大きいもののドアノブに手を掛け、開く。
「……テメェが里見か」
部屋の中には着物を着た黒髪の女と高そうなスーツを着ている中年の男が立っていた。女の手には一度レナスで見掛けた『黎明』が乗っていた。
「……貴方、かなりのやり手の様ですね?」
「……それをこっちに渡せ。そうすりゃ見逃してやる」
「何の事でしょう?」
「惚けてンじゃねェよ。今テメェが持ってるそれだよそれ。テメェのモンじゃねェだろうが元々よォ?」
里見はクスクスと笑う。
「あら? これは貴方の御仲間のお陰で手に入れる事が出来たのですよ? つまり頂いたのです」
「オイ、人の事無礼ンのも大概にしとけよ? アタシはそれを大人しく渡しゃあ見逃してやるって言ってんだぜ……」
里見は人を馬鹿にしたかの様な笑みを浮かべながらゆっくりと後ろに下がった。それと同時に一緒に居た男が里見の前に立つ。
「退きな。お呼びじゃねェンだよテメェは」
「里見様の邪魔をするな、これは警告だ」
こいつ……ここの統治者か? 身なりはかなりいいが、何でこいつの味方をしてるんだ? 交友関係があるってのは聞いてたが……。
「悪いがテメェの指図を受ける気は毛頭ねェ。邪魔するならぶちのめすぞ」
その言葉を発した瞬間、男はゆらりとよろめく様にこちらへ近付いてきた。その動きは人間的な動きとは思えないものであり、まるで何かに動かされている様だった。
アタシは咄嗟に近寄ってきた男の顎に掌底を打ち、気絶させようとしたものの、何故か男の体は衝撃で少し揺れた程度でそのまま怯む事無く、アタシに突っ込んできた。そのせいで扉と男の体に挟まれ、身動きが取れなくなってしまった。
「フフフ……何とも空しいものですね?」
「何が言いてェ?」
「私が送り込んだ八犬士達を全員倒し、更には何人もの人々の命を救ってきたのでしょう?」
里見は楽しそうに笑う。
「だというのにその結果がこれ! 結局は目標を達成出来ずにお終い。私に負けて、仲間もいずれは皆殺し、哀れなものです」
こいつふざけやがって……やっぱりマトモな人間じゃねェなこいつは……トリスメギストスとかいう野郎に誑かされてんのかと思って少しは同情してやるべきかと思ってたが、こいつは本物だ。本物の野放しにしちゃあならねェクソ野郎だ。
「さて、それではお暇しますね。これさえあれば、私は全てを支配出来る神にだってなれる! あんな老いぼれ錬金術士なんて簡単に捻り潰せる程の存在に……!」
トリスメギストスの味方をする訳じゃねェが、なるほどこいつはマジで性根が腐ってやがるんだな……仲間すら平気で切り捨てるか。
「オイ!」
「何でしょう?」
「テメェよ、何か勘違いしちゃいねェか?」
「何がです?」
「この状況だよ。テメェはアタシをもう倒した気でいるがな、そりゃあ間違いだぜ?」
「何を言うかと思えば……見えていないのですか? 貴方は今、押さえつけられているのですよ? この街を統治する男にね?」
やっぱりこいつが統治者か……しかしどうにもこいつ自身の意思で動いてる感じじゃねェな……。里見が無理矢理動かしてる感じか。こりゃあ、政府の人間が穂の事を狙ってたっていうのもどうも裏がある感じだな。
「貴方は私に敗北するのです。ですが心配はせずとも大丈夫ですよ? 他の皆様も寂しくない様に送ってあげますから」
「いいや、その必要は無いぜ」
「あら、一人で死ぬ覚悟があるとでも?」
アタシは犬村の爺さんから教えてもらったあの技を使う事にした。アタシが一瞬で動けなくなってしまったあの技を。
両腕を男の背中側に回し、両手の中指を腰の少し上辺りに突き立てた。その瞬間、男の体は力を失ったかの様に崩れ落ちた。
「死ぬ覚悟なんて無いぜ。死ぬのはテメェ一人で十分だからな」
「その技……犬村が教えたのですか?」
里見の表情には驚きが見られた。
「ああ。テメェを止める様に頼まれたよ。テメェがいかに人望がねェかっていうのが十分過ぎる位に証明してくれたぜ、あの爺さんはよ」
「まあいずれはそうなるだろうとは思っていましたから問題はありませんね。たかが一人部下が死のうが関係ありませんし」
この感じだと、他の八犬士の奴らが見せてた忠誠心も怪しいもんだな……。
「テメェにもう逃げ場はねェ。最終警告だ、それをこっちに渡せ」
「フフッ、嫌ですとも」
そう言って里見が『黎明』を掲げると眩く光り出し、里見の姿を包んだ。その光はやがて八つに別れ、人の形になった。その手には刀を模していると思われる光が伸びており、アタシを取り囲んだ。
「さあ『黎明』よ、主である私に従いこの者を亡き者にするのです!」
里見がそう言った瞬間、光で出来た分身達は一斉に動き出した。アタシは四方八方から繰り出されてくる光の剣撃を何とかかわしながら、その内の一体に手刀を打ち込んだ。しかし、まるでそこに存在していないかの様に手がすり抜け、全く効いている様子が無かった。
この分身……あの『黎明』から作り出されたのは間違いねェな。だがこの感じ、マズイぞ……こっちの攻撃が当たらないとなると、あいつにとって圧倒的に有利な状況って事だ。一切労せずして、アタシを殺せるって事だ。
何とか攻撃を避け続けていたアタシだったが、ついには分身の一体に足元を払われ、地面に倒れ込んでしまう。
「ここまでの様ですね。それではご機嫌よう。貴方のお墓は立たないでしょうけれど、一応私が覚えておいてあげますよ」
そう言うと里見は扉の近くに倒れていた統治者の男を足で押すようにして退かすと、ノブに手を掛ける。
マズイ……下にはオーレリアが居る。里見は間違いなくあいつを殺すつもりだ。操られていたとはいえ、『黎明』を持ち出したのはオーレリアだからな……口封じに殺すだろう。
「待て!」
「……今の状況が分からないのでしょうか? 今貴方がするべきはその状況を脱するための努力では?」
アタシは振り下ろされた剣を転がるようにして避ける。あまりの攻撃の激しさで、右足の靴が脱げかかってしまっている。
「状況が分かってねェのはテメェの方じゃねェのか?」
「……どういう意味です?」
「分からねェのか? 今までアタシはテメェの部下を倒してきた。これだけで根拠としちゃ十分だと思うんだがよォ」
「はっきりと言ってくれますか?」
「アタシがここに居る時点で、テメェに勝ち目はねェって事だ」
アタシは突き降ろされた剣を前方に転がる様にして避けると同時に、転がる勢いを利用して右足に履いている靴を思い切り里見目掛けて吹き飛ばした。靴は真っ直ぐに飛んで行き、里見が持っていた『黎明』に直撃した。その衝撃でか『黎明』は床に落とされる。
「なっ!?」
「っ!」
アタシは素早く立ち上がると目の前の分身に体当たりをする様に突っ込んだ。アタシの体は見事に分身をすり抜け、里見の居る方へと突っ込む事が出来た。
里見は何やらブツブツと呪文の様なものを詠唱し始めたがアタシの突き出した拳の方が呪文を発動するよりも速く、里見の顔に突き刺さった。
「ぶっ!?」
「言っただろ。アタシが来た時点でテメェの敗北は決まってたンだよ」
アタシは落ちている『黎明』が使われない様に蹴って横へ飛ばした。所有者が居なくなったと判断されたからか、いつの間にか分身達も姿を消していた。
里見は怯えた様子でよろめきながら壁にもたれ掛かる。
「なっ、何ですか貴方は!? いったい、いったい……!」
「ただの一人の女に過ぎねェよアタシは……」
「私は! 私は神になる者なのですよ!? 負ける訳が……」
「いいや、テメェは神になんてなれねェよ」
アタシは犬村から教えてもらった様に右手の人差し指と中指を立て、里見の額に不覚突き立てた。その技がどれだけの威力を持つのか予測は出来なかったが、これが人を殺しうる技であるという事は知っていた。
「こ、この、技はっ……! あの男……!?」
「あいつ言ってたぜ里見サンよォ……もうテメェには付いていけねェってな……」
「何を! 下賎な下級民が……! この……この神にもなれる私に! そのような反抗が! 許される訳が!」
その直後、里見は突如力無くへたれ込み、体を震わせながらこちらを見上げた。どうやらあの技の影響で動けなくなっているらしい。
しかし妙だな……犬村の爺さんは殺しのための技って言ってた気がするが……こいつには耐性があんのか? しかしまァ、関係の無い事か。動けないならそれでいい、後は『黎明』を回収するだけだからな。
「……じゃあな、大人しくしてりゃ命だけは助けてやる」
アタシは部屋にある机の方へと転がっていってしまった『黎明』を拾うために歩き出す。机の上には書類の束やペン立てに立っているペンなどが置かれていた。
マジであの男は里見に操られていた可能性があるな……この書類には失業者を助けるための政策案が書かれてる。とても自分の都合のためだけに人を利用するような奴には見えない。ヒュー達には説明しなくちゃならねェな。
「……さて」
アタシは屈んで『黎明』を拾い上げ、立ち上がった。
「……アタシ言ったよな。大人しくしてりゃ命までは取らないってよ」
アタシの後ろには誰かが立っていた。呼吸が乱れている事から恐らくは里見であろうと予測出来た。
「私、はっ……神にっ……!」
里見が動いたのを感じ取ったアタシは机の上のペン立てに置かれていたペンを取ると、振り返りざまに里見の胸に思い切り突き刺した。
「……っ!!」
ペンは肋骨に止められたからかあまり深くは刺さっていなかったが、里見の動きを止めるのには十分だった。
アタシはそのまま壁際に押しやり、ペンを握ると更に奥へと押し込んだ。やがて骨が折れたのか、突然ペンが奥へと深く突き刺さり、里見の瞳孔が一瞬揺れた。
「かっ……わたし、が……神にっに……」
「テメェじゃなれねェよ」
ついに里見の目の焦点が合わなくなり、完全に体が動かなくなった。アタシはペンから手を離し、里見から離れる。それと同時に里見の体は糸の切れた人形の様に崩れ落ちた。
「神は……死なねェンだよ……」
里見を倒し終えたアタシは急いで部屋を出て、階段を下りた。無論、少しでも早く戦いが終わった事を伝えなければならないからである。しかし、目の前には予想外の光景が広がっていた。
一階のそこら中に焼け焦げた様な痕があり、その部屋の真ん中ではオーレリアが倒れていた。その向かい側には一人の青年と男が居り、青年の方は右手を怪我している様に見えた。
「大丈夫か!」
「だ、大丈夫……それよりもオーレリアさんを……!」
あいつ……オーレリアの知り合いか? そういや、少し前にオーレリアが街に一人で出てた時があったな。その時にでも知り合ったか? まあ何にせよ、あいつらが関わっていい案件じゃねェよな。
「……いや、その必要はねェよ」
アタシはゆっくりと階段を降りる。
「そいつが迷惑掛けたな」
「な、何だ……誰なんだ、あんた?」
「答える義務はねェな。もう目的も達成したしな」
アタシはオーレリアを空いている方の手で抱え上げると、そのまま出入り口へと向かった。
「ま、待て! 何なんだ……っ!」
青年は痛みで震えている様な声を出し、アタシを呼び止めた。
「……悪い事は言わねェ。この一件から手を引きな。これはガキが首突っ込んでいい話じゃねェ」
ただそれだけを伝え、アタシは外に出た。
外では何人もの住人や警備員達が倒れており、相当な乱闘があった事が分かった。意識のある軽症な者達は気を失っている仲間達をおぶる様にして病院かどこかに運んでいた。意識がある者の中にはヒューも居り、全身傷だらけのままこちらに近寄ってきた。
「大丈夫だった?」
「何とかな……こいつも気絶してるだけみたいだしな」
「そうか……ついに、ついにやり遂げたんだ……!」
「あー、その事なんだがな? ここの統治者は操られてただけかもしれねェ」
「何?」
アタシは中で見た事を全て話した。あくまでアタシの憶測でしかない話だったが、ヒューは真面目な顔をして聞いていた。
「……って感じだ」
「そういう事、だったのか……」
「信じるのか? アタシの嘘かもしれねェぞ?」
「信じるさ。君は他人を貶めたり、利用する様な嘘はつかない。だろ?」
「……どうだかな」
「ほら、仲間の所に行きなよ。待ってるよ」
「ああ……」
アタシは背中からヒューの感謝の言葉を聞きながら、ホームレス達が居たあの広場へと戻って行った。




