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落伍者とお姫様 ~異世界の冒険~  作者: 鯉々
第8章:許されざる者
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第57話:過去の奴隷

 アタシ達はトリスメギストスが何をしようとしているのか、今まで何をしたのかを調べるために部屋の中を探索していた。既に時刻は夜になっており、部屋を照らしているのはこの建物の中で見付けた古びたランプだった。途中リオンは穂を寝かせるために部屋を出て行ったが、すぐに戻ってきた。どうやら穂は徹夜でオーレリアを治すつもりらしかった。まだ子供という事もあって無理をさせたくは無かったが、とても言う事を聞かなさそうだったため、アタシは穂を今だけは放っておく事にした。

 しかし、何度読んでも胸糞が悪くなる。ここにあるどの本を読んでも、オートマタやホムンクルスの事を一つの命として見ちゃいねェ。どれもこれも物扱いしてやがる。

 アタシはレーメイの方を見る。

「オイ、お前ェはもう寝な。まだ病み上がりなんだ」

「いえ……今までずっと迷惑ばかり掛けてきて、これ以上は迷惑は掛けたくないんです」

「……ガキが迷惑がどうとか考えんな。こういうのはアタシら大人の仕事だ」

「……キセガワさん。キセガワさんから見れば、私はまだ子供かもしれません。でも、キセガワさんが言った様に、私は将来国を支える人間です。だから、いつまでも子供じゃいられないんです」

 ……クソ、面倒くさいガキだ。ガキは大人に甘えてりゃいいもんを……。

「そうかよ。じゃあ好きにしな。ただまあ、無理はすんなよ」

「ええ」

 レーメイはただそれだけの返事を返すと再び本を読み始めた。

 しかしこのトリスメギストスとかいう奴、相当厄介そうだな。オートマタやホムンクルスを一つの命として見て無いってのはまだしも、自分の力がいかに危険なものかっても分かって無いみてェだ。アタシには錬金術ってのは使えないが、これが相当危険な技術だっていうのは理解出来る。便利な反面、危険な部分が多過ぎる。

「リオン、何か見付けたか?」

「いいえ、何にも。あいつ、自分の姿を隠すのは上手いみたいね。身元が割れそうなものは全部持ち出してるみたい」

「そうか……まあ流石にそうするよな。イカレてる奴ではあるが、馬鹿じゃねェみてェだな」

「そりゃそうよ。馬鹿だったら錬金術は使えないわ」

 なるほどな……天才ってのはどっかしらおかしいところがあるもんだが、こいつはそれが人間としての善性だった訳か。本来無くしちゃいけねェもんだが、生まれつき持ってなかった訳か。

「……お前ェはあいつの事はどう思うんだ?」

「頭がいいのは認めるわ、私やオーレリアを作ったんだからね。でも人間としてはクズよ。あいつに僅かな期待をするだけ無駄」

「まあそうだろうな……言ってどうにかなる奴なら始めからこんな事はしねェか」

 アタシは開いていた本を閉じ、本棚に戻すと他の本を出そうと引っ張った。すると、本を出す事は出来たものの、一枚の古びた紙が落ちてきた。それを拾って見てみると、何かの誓約書の様なだった。

「……なあリオン、これ何だと思う」

「見せて」

 リオンはその紙に目を通すと、顔を上げた。

「契約書ね。多分こいつが別荘として使ってる建物のものだと思う」

「別荘? 今居る場所か?」

「いいえ、多分違うと思う。この街の物価には詳しくないけど、この値段から考えるとこの建物じゃないわ。ここだとしたら安すぎる」

「それじゃあ、トリスメギストスはまだこの街に居るかもしれねェって事か?」

「そこまでは言い切れない。でも行ってみる価値はあるかもね」

 もしトリスメギストスがまだこの街に居るってンなら、狙いどころは今かもな。里見の奴らから『黎明』を取り戻すのが先だが、もしあいつらの目的が『黎明』をトリスメギストスに届けるのが目的だとしたら、そこを一網打尽に出来る。

「……そうだな。じゃあ明日行ってみるか?」

「直接行くのは危険ね。下手な事をしたら街の人間から怪しまれるわ」

「それはそうだが、どうすりゃいいんだ?」

「……ちょっと今は思い浮かばないわ。……今日は寝ましょう。一先ずオーレリアの回復を待った方がいいかもしれない」

「……そうだな」

 アタシは本を元の位置に戻すと、レーメイの側に寄る。

「オイ、オイガキ。もう寝るぞ」

 肩を揺すってみると、レーメイはその力に成すがままに体を揺らした。どうやら椅子に座って本を読んでいる最中に寝落ちしてしまったらしい。

「はぁ……」

「まだ子供、ね」

「ああ」

 アタシはレーメイを抱きかかえると部屋を出て穂を寝かせていたソファーへと運んだ。その体は長旅のせいもあってか、かなり軽くなっていた。

 アタシはソファーに寝かせたレーメイの隣で床に腰を下ろし、ソファーにもたれる。

 無理させちまったな……アタシがもうちょっと気を遣ってやるべきだった。まだこいつはガキだってのに、こんなに痩せちまってる……。

 レーメイの頬に触れてみると、ほのかに温もりが伝わってきた。体は小さく上下し、静かな寝息を立てていた。

「……ごめんな」

 自然と口に出ていた。きっとこいつが起きてる時にこんな事を言ったら、こいつは『気にしないで下さい』とでも言うだろうな。でも、今のはアタシの本心だ。アタシが居なけりゃあ、ここまで事態は深刻化しなかったかもしれない。最初はこいつらから巻き込んだ形だったが、結局はアタシが巻き込んじまったみたいなもんだ。

 レーメイはそんなアタシの事など知らないかの様に心地良さそうな顔で眠っている。その顔を見ていると、自然と向こうの世界に置いてきてしまった妹弟子の小幸を思い出した。

 そういやァ、小幸もこんな感じだったな。寝てる時だけは幸せそうだった。寝てる時だけは、この世の全ての不安から解放されてるみてェだった。悪夢を見ちまうアタシにはそれが理解出来なかったが、それでもあいつの幸せそうな顔を見てると不思議とアタシまで安心出来た。また……会えるんだろうか……。

 そんな事を考えている内に、いつしかアタシの意識は落ちていった。




 暗闇だ。見渡す限りの暗闇。アタシはそこに居る。

 目の前にあいつが居る。アタシの母親だ。アタシがこの手で殺した奴だ。大嫌いな、それでいて唯一の肉親だった人間。アタシに何かを叫んでいる。声は聞こえない。だが何を言ってるのかは分かる。脳の中に自然と入ってくる。アタシは目を閉じ、呼吸を整える事に専念する。

 どうせ今日もだろ……耳を塞いでも無駄なんだろ……テメェは、母さんは……アタシを許してくれないんだろ……。当たり前、だよな……殺されて文句の一つも無い人間なんざ居ねェよな。……ずるいよな、そうやって自分の事は棚に上げて。アタシはテメェのせいで毎日こうなってんのに、疲れが取れねェのに、テメェはそうやって恨み言を吐き続けてりゃいいんだもんな。羨ましいよ……本当……。

 母さんはあの時の様に包丁を持ち、こちらに近寄ってくる。逃げようとしても体を動かす事が出来ない。これもいつもの事だった。

 またかよ、またそれかよ……そんなにアタシが嫌いか、『あんたなんか産まなきゃ良かった』か……テメェはいっつもそうだな、そうやっていつも誰かに責任を被せて、自分だけ逃げようとする。自分は何も悪くねェみたいによ。全部……全部……アタシのせいか? アタシには自由に生きる権利すら無いってのか、ええ? オイ。アタシはまだテメェの苗字を名乗ってんだぞ。大嫌いなテメェの苗字を、ただテメェの娘だからって理由でよ……。

 ついに目の前までやってきた。その顔は恨みや怒りに満ちており、基本的に人間の顔を怖いと思わないアタシが思わず目を逸らしてしまいたいと思える程の形相だった。やがてその口元からは血が流れ出した。その様は、アタシが刺した時そのものだった。

 もう止めてくれよ……もう十分だろ。何回アタシを刺せば気が済むんだ……これで何回目だ……? アタシは幸せになっちゃいけねェのか? いつまでテメェの玩具で居りゃあいいんだよ……。

 古傷がある場所に包丁が刺さる感覚がする。実際に刺された訳ではないという事は分かっている。しかし、その痛みはまるで本物の痛みの様だった。あの時の痛みを再現しているかの様だった。

 声も出せない……叫んで痛みを和らげる事も出来ない。いつもの事だ……あの時と同じ、いつもの事……寝てる時だけは、ガキの頃と変わらない……抵抗出来ない人形、こいつにとってのサンドバッグ……。もう好きにしろ……好きにしろよ……どうせ、どうせアタシは……。

 その時だった、アタシは体に何か違和感を感じた。体が動かないのは相変わらずだが、縛られているというよりも何かに守られているかの様な感覚だった。更に先程まで感じていた筈の痛みもいつの間にか消えていた。次第に周りを取り囲んでいた闇が光によって晴れ始める。そしてアタシは……。




 目を開けると、既に朝になっているらしく部屋が明るくなっていた。違和感を感じ、体を見てみると、いつの間にかレーメイがソファから降りており、アタシに抱き付いていた。

 こいつ寝てる時にソファーから落ちたのか? よく起きなかったな……。……しかし何か妙な気分だ。いつもだったら嫌な夢を見て、寝覚めが最悪な筈だが今日はそうでもない。最高の目覚めじゃねェが最悪じゃあねェ。久し振りに悪くない目覚めだ。

「オイ、起きろ」

「ん……」

 レーメイを起こそうとしていた手が止まる。

 そうだ……こいつは、無理してたんだったな。きっとアタシには分からねェ様なこいつなりの苦労や苦悩が沢山あった筈だ。そうじゃねェとあそこまで軽くはならないだろうしな。今日はもうちょいだけ、寝かせといてやるか……。

 アタシはレーメイを起こさない様に抱き上げ再びソファーに寝かせると穂の様子を見るために部屋を出て行った。

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