第55話:闇からの目覚め
病室に入るとベッドにレーメイが横たわっており、年老いた医者はカルテの様なものを書いている様だった。
「おや……そっちのあんたもこの子のお仲間かい?」
「そういやあんたと会うのは初めてか。アタシは喜瀬川だ」
「キセガワねぇ。あたしはグーロイネ、ここの医者だよ」
グーロイネと名乗った老婆の瞳はとても年齢を感じさせない力強さを持っていた。顔に刻み込まれた皺は彼女が今までに行ってきた仕事の過酷さを感じさせた。
「ちょっとそこ退いてくれるか」
アタシはレーメイに近寄る。
「待ちな。今この子は危険な状態だ。ここは医者に任せてな」
「……あんたの言いたい事も分かる。だがな、そいつの症状は多分医学じゃ治せねェンだ」
「どういう意味だい……?」
アタシはグーロイネを押し退ける様にしてレーメイの側に行き、屈む。
胸は僅かだが動いてる。多分心臓は動いてるんだろう。だが意識が戻ってねェ。どういう毒物を使えばこういう風になるのかは分からねェが、一つだけ言えるのはこのままじゃヤバイって事だ。もしこの状態が続けば、脳死もありえる。そうなっちまったら、もう助けられないかもしれねェ……。
「先生……今はキセガワを信じて欲しいのよ。私が言えた事じゃないけど、多分こいつなら助けられるの……」
犬村と戦った今なら分かる。あのジジイが言ってた様に体に存在するツボみたいなものを押せば、人間の体に変調を起こせる。まだ完全に理解してる訳じゃないが、ある程度はどこをどうすればどんな反応が起こるのか予測出来る。
アタシはレーメイの体を横に向かせる。
ここだ、脇の下……。リオンが言ってた事が事実だとするなら、レーメイは何か毒針の様な物を吹き付けられてこうなった。だがアタシが見た限りではどこにもそれに該当する様な傷が見当たらなかった。だとするなら、その毒は呼吸で体内に取り入れられたか、もしくは皮膚から直接浸透したかのどっちかだ。それなら体からその毒を出してしまえばいい。解毒出来ないなら出すしか無い。
アタシはレーメイの服を脱がせると腕を上げさせ、脇の下を指で突いた。
「……何してるんだい、それは?」
「まあ待てよ。アタシもこれで合ってるかは確信出来ねェンだ」
直後、レーメイの体から汗が滲み始めた。気温が上がっている訳でも無く、レーメイの体温が急上昇している様に見えた。
「ちょっと退きな! 患者の容態が悪化してる!」
「待って……そういうんじゃないわよ、これは」
しばらくの間汗を流し続けたレーメイは目を開き、まるで悪夢でも見たかの様な顔で起き上がった。現状が理解出来ていないらしく、周囲をキョロキョロと見回していたが、やがてアタシと目が合った。
「あ、れ……?」
「……ふぅ……合ってたか」
レーメイは屈んだままのアタシに抱きついた。
「オイ、どうしたんだよ」
「分かりません……でも何だか、長い間一人ぼっちだった気がして……」
一人ぼっちだった、か……こいつが意識を失ってから精々数日だったが、今までずっと一緒に居たって事を考えると、長い間話してなかった事になるか……。
「別に一人じゃなかったぜ。オーレリアもリオンも、お前ェの事心配してた。勿論アタシもな」
「え、り、リオンさんが……?」
レーメイは顔を上げるとアタシの肩越しにリオンを見た。
「……別にあんたのためじゃないわよ。あんたが死んだりしたら面倒くさい事になるだろうから助けただけ」
「……別にリオンを好きになれとは言わねェ。だが、せめて信じてやってくれ。リオンはお前ェが思ってる程の悪人じゃねェぞ」
レーメイはアタシの手を持つとふら付きながら立ち上がり、リオンに歩み寄った。
「何よ……」
「その……えっと、私……何て言ったらいいのか……」
「……私の事は嫌いなままでいいわ。人から好かれようなんて思ってないから」
「あ、謝りたいだけです……! あの、ずっとあなたの事勘違いしてたのかもしれません」
「そんな事無いと思うけどね。あんたの私に対する考え方はきっと合ってるわ。『人殺しの危険人物』」
レーメイは頭を下げる。
「ああもう分かりました! じゃあこれだけ言わせてください! ありがとうございました!!」
「何に対するお礼なのそれ?」
「あの時、里見一家を倒すためにあなたに付いて行きました。戦ってる時に突然意識が無くなって気が付いたらここに居ました。その、つまりあれですよね……私の事、運んでくれたんですよね?」
「……そうね。まあ何となくよ何となく」
リオンは面倒くさそうに背を向けるとそれ以上は何も言わず病室から出て行った。グーロイネは驚いた様な顔をし、口を開いた。
「何だいさっきのは……」
「あんたは別に知らなくていい事だ。アタシにも完全に使いこなせてねェンだ」
正直、あれで完全に治せるという確信は無かった。もし間違えていれば、レーメイを殺してしまっていたかもしれない。今ここにレーメイが立っているのは奇跡なのかもしれない。
「世話掛けて悪かったな。アタシはこいつを連れて帰る。じゃあな」
そう言ってレーメイの手を掴み、病室を出ようとした。しかしグーロイネはアタシの肩に手を置いて止めた。
「待ちな。あんた、その体のまま出て行くつもりかい?」
「……」
「あたしは医者だ。目の前にボロボロの人間が居て、見過ごす訳にはいかないね」
ここで断るのは無理かもしれねェな。無理矢理逃げようにも、今の僅かな体力じゃ無駄だろうし、それにレーメイの面倒見てもらった訳だしな。好意を無駄にするのは失礼か……。
「分かったよ。でもなるべく早く終わらせてくれるか。待たせてる奴らが居るんだ」
アタシはグーロイネに薦められるままに椅子に座り、上着を脱いだ。自分で体を見てみると、自分自身で思っていたよりも傷だらけだった。部分的にはオーレリアやリオンに治療してもらっていたが、それでも痛々しく感じる程傷が多かった。
「動くんじゃないよ」
「ああ」
グーロイネの治療は流石医者という事もあってか、手際が良くそれでいて丁寧だった。そんな中、レーメイの手が背中に触れる。
「どうしたレーメイ?」
「……こ、この傷って、私を助けるために……」
「……ああ、まあそうだな」
「そんな……」
「別にお前ェが気に病む事ァねェだろ。アタシが自分で選んでやった事だ」
そう……アタシが自分で選んでやった事だ。それに今までにもこれ位の怪我をした事はあった。今更だ……。
「ごめんなさい……私があの時、無理に付いていくなんて言わなければ……」
「止めなかったアタシの責任だ。お前ェは悪くねェよ」
レーメイはアタシに対する後ろめたさからか、それ以上何も言わなくなった。そんな中アタシは治療を受け続けていた。
治療を終えたアタシはレーメイを連れて病院を出た。リオンは先に帰ってしまったらしく、どこにも見当たらなかった。
「……なァレーメイ」
「何、ですか?」
「お前ェ自分の立場分かってるか?」
「立場、ですか?」
「ああ。お前ェはトワイライト王国のお姫様だ。将来は国のトップに立って皆を引っ張っていかなきゃけねェ人間だ」
そう、こいつは将来デカくなる奴だ。こいつの謙虚さや真面目さは良いところだが、もっと自分の立場を考えなきゃいけねェ。
「お前ェは優しい人間だ。でもな、もっと自分がどれだけ大事にされてるかを考えてくれ。アタシはこの世界に居る限りはお前ェを守るつもりだが、ずっとは守ってやれねェ。そうなってもオーレリアや他の奴らが助けてくれるだろう。だからこそ、だ……もっと自分を大切にしろ」
「そう、ですね。私は……皆を引っ張って行かなきゃ……」
「一人で抱え込まなくていいって事だ。お前ェには味方が沢山居る筈だ。だからそいつらを頼れ、いいな?」
「……はい。そうしますね」
レーメイは下手糞な作り笑いをして見せた。まだ彼女は年齢的には幼い。アタシが居た世界なら、まだ中学に通っててもおかしくはなさそうな年齢だ。そんな彼女にとっては、まだまだ実感が湧かないのかもしれない。
アタシはレーメイを連れてあの『孤児院』へと向かっていった。
レーメイは見慣れない景色のせいか落ち着き無く周りを見渡していた。
「えっと……そういえばここってどこなんですか?」
「ここはホルンハイムって街らしい。今歩いてるこの森を抜けたら、今拠点にしてる場所に着く。もう少しだ」
「ホルンハイム……名前だけは知ってましたけど、こんな感じの場所なんですね」
「家で教わったのか?」
「はい。母から教わりました」
どうやらそういう知識はしっかり教えて貰ってるみてェだな。これなら安心だな……少なくとも馬鹿なトップにはならないだろう。
やがて森を抜け、あの場所が見えてきた。
「ここだ」
「……キセガワさん、今から変な事言ってもいいですか?」
「……ああ」
「ここって『孤児院』ですよね?」
やっぱりレーメイもそう感じたのか。アタシ達が最初にここに来た時にも同じ様に感じた。初めて来た場所の筈だというのに、何故かここが『孤児院』だと感じた。まるで無理矢理そういう風に思わされてるみたいに。
「……『孤児院』だよな。アタシも違う様な気がするんだが、どうにも『孤児院』としか思えねェンだ」
「何でしょうか……何かの魔術、でしょうか?」
「どうなんだろうな? 怪しいのは事実だが、今はここで身を潜めてる。我慢してくれるか?」
「は、はい。何とか慣れてみます」
アタシは扉を開け、中へと入る。するとオーレリアが玄関に立っており、アタシ達を出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「オーレリア……!」
「お体の調子は如何ですか?」
「う、うん。もう大丈夫! あの、ごめんね……」
「…………あの時の事はお気になさらずに。私の使命はお嬢様の身を守る事ですから、むしろ私の方が謝罪を行わなければならないのです」
そう言うとオーレリアは頭を下げる。その動きはどこか人間的なものに見えた。
「ううん。私が悪いんだよ。もっと自分の立場とか実力を理解しておくべきだった……」
「なァレーメイ、一旦上がりな。詳しい話は居間ででも聞きな。オーレリア、頼めるか?」
「はい。さぁお嬢様、お手を」
「大丈夫」
レーメイは玄関から中に上がり、オーレリアの後へと付いていった。アタシは二人には付いていかず、リオンが本を見せてくれた部屋へと入る。中にはリオンが居り、本棚に入っていた本を読んでいた。
「おかえり」
「おう」
アタシは本棚の前に移動し、あの時リオンが見せてくれた本を引っ張り出す。その本の中にはあの時に見た様に人工的に作られた生命、ホムンクルスの事が書いてあった。
これを見た感じだと、ホムンクルスってのは元々小人みたいな姿をしてるらしい。だがリオンは明らかにパッと見は普通の人間だ。とても小人って感じじゃねェ。
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どうやら小人型のホムンクルスは寿命が短かったみてェだな。身の回りの作業を行わせる事は出来たが、精々三年しか生きられなかった様だ。そこでリオンを作ったトリスメギストスとかいう奴は完全な人型のホムンクルスを作り出した。この小人型のホムンクルスってのは、前にリオンが言ってた失敗作の事か。それを利用したって事は、リオン達は作られてまだ三年にも満たないって事か。
「……キセガワ」
「何だ?」
「これからどうするの? 里見一家が後何人居るのかも分からないし、それにあの子が探してる『黎明』とかいう魔法道具もどこにあるのか分からないけど」
「今はどうしようもねェ。何とか新しい情報を手に入れるまではしばらく休憩だ」
「……そうね」
リオンは何かが引っ掛かっている様だった。
「何かあんのか?」
「あの『黎明』っていうのは、どんな力があるの?」
「あ? えっと確か、物事の始まりを司る力があるって話だったぜ? ただ力を均衡にするために『黄昏』ってのも持ってるらしいんだが、それ単体だとどうも良くないらしい」
アタシには魔法ってもんがよく分からねェ。実際にその『黎明』の力を目にした訳でもないし、オーレリア達が言ってた事しか情報がねェ。
「じゃあ里見一家の人間は何を目的にしてるの?」
「え? そりゃお前ェ、世界征服とかじゃねェのか?」
「どうも私にはそうは思えないのよ。わざわざ他の国にある物を盗んでるのよ?」
「何が言いてェンだ?」
「これは私の推測に過ぎないんだけど、多分里見一家には何か別の目的がある気がするのよ」
リオンは本を閉じる。
「もしあんたの言う通り、あいつらの目的が世界征服とかだったとしたら、盗んですぐにその力を使えばいいじゃない。わざわざニキタマ国から逃げる必要が無い」
「それじゃあ何か? お前ェは、あいつらにはそういう目的以外の行動理由があるって言いたいのか?」
「ええ。もっと深読みすれば、あいつらは誰かに雇われてるだけって可能性もあるわ。船に乗って逃げたのも、『黎明』をその人物に届けるためとか」
言われてみればありえない話ではない。もし本当に自分達の地位を上げるために盗んだんだとすれば、すぐにあの国に居る時に使えば良かった筈だ。それなのにあいつらはアタシ達を殺すために襲い掛かってきた。それこそ、時間稼ぎをしているみたいに……。
「……ありえなくはねェな」
「それで……これも個人的な推測なんだけど、私はトリスメギストスが怪しいと思う」
「お前ェを作ったとかいう奴か?」
「ええ。ここで読んだ本に書いてあったのを見たと思うけど、あいつは自分の娘を生き返らせようとしてる。もしかしたら、あいつはその目的をより確実に遂行出来る様に『黎明』を欲しがってるんじゃないかって思ったのよ」
物事の始まりを司る力……もしかしたら、死んだ人間を蘇らせる事も出来るかもしれない。もし、出来たとしたら……欲しがるかもしれない。
「まっ……私の推測だけどね」
「いや……それも視野に入れるべきかもしれねェ」
アタシは本を本棚に戻す。
「居間に行くぞ。お前ェの今の考え、一応オーレリアにも話しておこう」
「えっ? ちょ、ちょっと……」
アタシは部屋から足早に出ると、オーレリア達が居る居間へと歩いていった。




