第54話:暗殺者と傭兵
リオンは犬村に対して敵意を向けながら向かってくる。
「ここに居たのね」
「お前ェ何でここが……」
「オーレリアから聞いたのよ。アンタがレーメイの見舞いに行くって。それで心配になって来てみたら……」
まずい……完全にアタシが敵に誘拐されたものだと勘違いしてやがる……。このままじゃ余計な争いを生んじまう。
「待て、違うんだ、こいつは……」
弁明をしようとした瞬間、犬村があの針をリオンに向けて放つ。しかしリオンは微動だにせず、針はリオンの顔を掠めていった。
「犬村お前ェ……」
「リオンとか言ったかな?」
「何かしら? いきなりやってくれるじゃない」
「……ワシには分かる。君は普通の肉体ではないな」
「そうね。でもそんなの関係無いわね。すぐに死ぬんだから」
リオンは一気に犬村に踏み込み、連続した拳を放った。所々に手刀が混じっており、もしまともに食らえば、一発で致命傷は免れないであろう素早さだった。しかし、犬村はそれらの攻撃を軽々とかわし、その度にリオンの腕を払い続けていた。
「オイやめろ! 敵じゃない!」
「フッ……どうかな? あれがワシの技じゃ。最早あ奴はワシの奴隷……忠実な僕じゃ」
何だ、何言ってやがる? 何であんな嘘ついてんだ……? あいつに何のメリットがある? 一緒に協力でもした方がずっといい筈だ。
「問題無いわ。あんたを殺して取り戻す」
「出来るのならやってみなさい」
犬村は攻撃の合間の一瞬の隙を突いてリオンの胴に人差し指で突きを入れる。一見すると大した攻撃には見えなかったものの、リオンは大きくよろめき後ろに下がる。
「人間には反射という反応がある。自らの身に危険が及んだ時、自らの意思とは違う行動をとってしまう事がある」
「くっ……」
「それが今の君の反応じゃ。体が無意識の内に危険を探知した」
リオンは疲れた位置を触りながら深呼吸する。
「……なるほどね。体がビビっちゃったって訳ね。でもそれも今のが最後よ。同じ手は通じない」
「それはどうじゃろうな? 人の体はまだまだ不思議に満ちておる」
「残念ね。私、人間じゃないから」
このままじゃ犬村が殺されるかもしれねェ……あいつはリオンに対して明らかに手加減している。やろうと思えば、さっき体を突いた時に殺せてた筈だ。あいつは……自分を殺させる気だ。
アタシはリオンを止めるために急いで近付き、犬村の見様見真似で背中の二点を突いた。その場所はアタシ自身も食らい、体の自由が利かなくなった場所だ。
「キセガワ……!」
「悪いリオン……動かないでくれ」
本来なら動かなくなる筈だったが、何故かリオンはその場に崩れる事は無かった。リオンはアタシの腕を掴むと突き放した。
「何で効かねェ……」
「ほう……やはりな。君ではそういう反応が出るか」
「キセガワ、すぐ助けるから大人しくしてて」
まさか、体が普通の人間とは違うからか? 構造が違うから孔の位置が違っていて、そのせいで効果が現れなかったのか……?
リオンは壁を壊した時に生じた破片を拾うとそれを持ったまま犬村に襲い掛かった。相変わらずどれもかわされていたが、突如リオンは破片を握りつぶし、その破片を飛ばした。そこまでは予測していなかったのか、犬村は顔に破片を食らい、少し動きが鈍った。その隙を突いてリオンは顔を狙って打撃を放ったが、犬村は即座にその拳に針を当てた。リオンは飛び退き、刺された手を反対側の手で庇う。
「それは効果があるんじゃな」
「……」
「上手く指が動かんじゃろ? 最早拳を握る事も難しいんじゃないのかな?」
「知らないの? 別に手が握れなくても人は殺せるわ」
アタシはリオンの前に飛び出す。
「……リオン、悪いが止めてくれ」
「あんたの意思でやってるんじゃないのは分かってる。あんたは私と違って、いい奴だから……」
完全に信じちまってるな。こうなったらもう、力技で押さえつけるしかねェ。体力的にかなりしんどいが……犬村から教えてもらった技を使えばいける筈だ。現にこいつにも効く孔があるみたいだしな。
アタシは右手に針を持ち、背中側に隠す様にして構える。
「……頼む。止めてくれ」
「いいえ、止めるのは私の方よ」
リオンは明らかに犬村の時とは違う勢いの攻撃を繰り出してきた。かつてアタシに向けてきた敵意に満ちた攻撃とも違い、ただアタシを無力化するための攻撃の様だった。
アタシはリオンからの攻撃をかわし、腕に向けて針を突く。しかし、リオンの反応速度はかなりのものであり、突こうとする度に避けられてしまった。
こいつ……完全に警戒してるな。あの針での攻撃が何を招くか実際に体験しちまってるから二度と食らわない様にしてるのか。だとしたら、このままじゃマズイな……。犬村はリオンを止める気が無いみたいだし、アタシも今の体力でどこまでいけるか分からねェ……。
アタシは攻撃の合間を縫って一歩踏み込み、リオンに軽く体当たりを食らわせる。しかしリオンは全く怯まず、そのままアタシに組み付くと、その場で回転して放った。
「邪魔しないで。すぐ助けるから」
「ぐ……うっ……」
アタシは今までの疲れや傷の痛みに襲われ、起き上がれなくなってしまっていた。
「さて……そろそろ仕舞いにしようかの」
犬村は両出を横に伸ばし、残像を残しながら動かし始めた。その技はアタシに見せた、あの恐るべき技と同じ動きだった。
リオンは両腕をダラリと垂らし、犬村の方を真っ直ぐに見つめた。一見抵抗する気が無さそうに見える状態だが、アタシは感じ取っていた。
あれは、次の動きを読ませないためだ。犬村がどういう攻撃をしてきても、すぐに対応するために腕の力を抜いてるんだ。構えはどうしてもある程度動きが制限されてしまう。構えは即ち防御の姿勢であり、自分が動きやすくなるためのものだ。だがあの状態なら、あらゆる状況に対応出来る。特にいくつもの戦場を渡り歩いてきたあいつなら……。
「行くぞ」
「さっさと来れば?」
直後、犬村の前方から針が複数射出され、リオンに向かって飛んでいった。リオンはそれらをいくつか避け、かわせそうにない物は指の間に挟み込んだ。
やっぱりバケモンだなあいつは……。アタシはあれを防ぐのがやっとだった。なのにあいつは避けるどころか針を指で止めやがった。改めて、とんでもねェ奴だな。よくあいつと戦って生きてるなアタシ……。
犬村は一瞬にしてリオンに近付き、額に向けて針を向けた。その動きはアタシに見せたあの技と同じものであり、完全に殺しの技だった。リオンはそれに反撃するかの様に、指に針を挟んだまま犬村の胴に向けて手刀を放った。
アタシは床に倒れたまま全身に鳥肌を立てていた。犬村の放った気に完全に気圧されていた。その圧は、アタシに見せてくれたあの気が放っていたものとは明らかに違っており、体そのものが動かなくなるものだった。
あの時は動かそうと思えば動かせたし抗えた。だが今のは違った。体が完全に動かなかった……恐怖で動かなかったんじゃねェ、体そのものが死を覚悟したんだ……。もうこれ以上何をしても無駄だと、体そのものが理解したんだ……。
「……やるな」
「あんたもね……」
リオンの腕は犬村の胴を貫いており、位置から推察するに恐らく肝臓の辺りを貫いているものと見えた。一方犬村の針はリオンの額の僅か前で止まっていた。リオンの方が速かったのだろう。
リオンが犬村の体から腕を抜くと、犬村は少し後ろによろめきながら傷口を手で覆った。
「……あんた、手加減したでしょ?」
「さぁ……何の事か……」
「あんたが放ってたあの闘気自体は本物だったと思う。でも、最後にあんたが見せたあの一撃、あれには殺意が見えなかった」
「だから肝臓を貫いた、かな?」
「……本来なら殺意や敵意が無い奴は殺す気にもならないんだけどね。でもあんたはそれ以外の何かで動いてた。少なくとも反撃しなきゃ私が死んでた」
殺意や敵意意外で動いてただと? いったいどういう……。
「……単に君の方が……速かった。それだけの事じゃろう……」
「違うわね。あんたは手加減してた」
「何故手加減をする必要がある……。敵に対して……」
「……あんたは今まで沢山殺してきた、そうでしょ? あんたはそういう目をしてる。でも、どこかで後悔をしてる様な目でもある。あんたは私と同じ……」
リオンは廃屋内の窓に近寄ると、埃で薄汚れてしまった窓を見つめた。
「罪に押しつぶされそうになってる。償いたいって思ってる。そうなんでしょ? 戦って初めて分かったのよ。あんたは自分を殺させようとした。それで罪を洗い流そうとした」
アタシは壁を頼りに何とか立ち上がった。犬村は傷口を押さえながらリオンを見ている。
「……君の、推測に過ぎんよ」
「……そうね」
リオンはアタシの側に来るとアタシの腕を肩に回し、崩壊させた壁から外へと向かい始めた。
「一つだけ、聞かせてくれんか……」
「何?」
「さっきワシは手加減はしていなかった。これは事実じゃ。君はあの時、ワシの頭を貫く事も出来た筈じゃ。頭を狙わなかったのは、間に合わなかったからか……?」
「……そうね。腕の位置的には肝臓が一番狙いやすかった。それだけよ」
犬村は口から血を流しながら、笑顔を見せる。
「……そうか。それだけ聞ければ満足じゃ……」
リオンはそれ以上は何も返さず、外へとアタシを連れて出て行った。
アタシはリオンに連れられホルンハイムの通りを歩いていた。
「……お前ェ、嘘ついたんだろ」
「……何の事かしら」
「さっきの話だ。お前ェならあの時、犬村が言ってたみてェに頭をぶち抜く事が出来た筈だ」
「……いいえ。あいつは強かった。あれしか選択肢が無かったのよ。もし頭を狙ってたら、私の方が殺されてた。良くても相打ちだったでしょうね……」
明らかに嘘だ。こいつの人間離れした身体能力なら十分狙えた筈だ。現にあの針を避けたりした訳だからな。でもまあ、これ以上詮索するのは野暮ってもんか……。
「……そうか」
「ええ、そうよ」
そう交わしたアタシ達はしばらく歩き続け、やがて病院の前に辿り着いた。
「止まってくれ」
「今はゆっくり休んだ方がいいわよ?」
「ああ、でもやっておきたい事があんだよ」
「……分かった」
リオンはアタシの考えを察してくれたらしく、病院の扉を開き、中へと入れてくれた。アタシは懐に入れておいた針を取り出す。
アタシにどこまで出来るかは分からねェ。だが今はあの爺さんを信じるしかねェ。何もしないよりかはした方が絶対的にいい筈だ。レーメイにはもう、時間が無いかもしれないしな……。
アタシは受付にレーメイに会いたいという旨を伝え、病室へと向かっていった。




