第53話:暗殺者からの教え
アタシは犬村と向かい合い、周囲に目を向ける。どうやら既に長い間使われていない場所らしく、壁は薄汚れ、埃の匂いが漂っていた。
「さて、準備はいいかの?」
「ああ……もうあんまし時間はねェンだろ?」
「ああ……可能な限り、早くあれを倒さねばならん」
犬村は右手に持った針を後ろに隠す様にして構えた。恐らく、相手を警戒させないための構えなのだろう。アタシもそれを真似する様に構える。
「別に自分の戦い易い構えで構わんぞ?」
「そうはいかねェだろ。お前ェが持ってる技の利点と欠点、両方知るには同じ構えでやるのが手っ取り早い」
「……それにすぐ気付けるのは、才能なのかのぉ……」
「いつでもいいぜ」
「うむ……では、行くぞ……っ!」
犬村は素早く踏み込むと、一瞬にしてアタシの懐まで接近してきた。それはリオンがやっていたものとは明らかに違う、純粋に鍛え上げた人間の動きに感じられた。
「っ!」
アタシは犬村の攻撃を予測し、恐らく胴体に来るであろう攻撃を防ぐために腕を動かしていた。しかし、その予測は外れ、犬村はアタシの腕を掻い潜る様に右腕を動かし、左こめかみに針を突き刺した。
「甘いぞ喜瀬川……」
刺された事による痛みは全く無かったものの、直後アタシの左目は視力を失ったかの様に何も見えなくなった。それは目が機能しなくなったというよりも、脳へと繋がる神経を一時的に遮断されたかの様な感じだった。
「……そういうのも出来んのか」
「安心せい。一時的なものじゃ」
「別に心配なんざしちゃいねェよ。自分の体だ、何が起こってるか位は分かるぜ」
「……まさか、今ので理解出来たと?」
「そういう意味じゃねェよ。アタシが言いたいのは、アタシの見えねェ所で苦しんでるレーメイの方がよっぽど心配って事だ」
「……不思議な子じゃ」
アタシは残っている右目を閉じ、完全に視界を塞いだ。
「何をしとる?」
「分かんねェか? どうせこっちも同じ様になるんだろ? だったらよォ、初めからこうしてりゃ解決じゃねェか」
「馬鹿な……そんな事をしてどうやって戦うと言うんじゃ。良いか? 確かにあ奴もこういう視界を封じる技を使ってくるかもしれん。じゃがな、だからこそ、そういう時のための対策を……!」
「馬鹿はお前ェだろうが犬村のジジイ。これがアタシの対策なんだ。いいからやってみろよ、次の技をアタシに教えろ」
犬村は小さく溜息をついた。次の瞬間、空気が揺らぐ。恐らく犬村が動いた影響だろう。目には映っていないが確かに感じた。
「っ!」
腹部に向けて拳と思われる何かが来るのを感じ取ったが、アタシは身を屈め後ろに肘打ちを繰り出す。アタシの髪の毛が僅かながら揺れ、背後からの動きを感じ取ったからだ。いったいどうやってこういう動きをしてきているのかは分からなかったが、アタシの肘には間違いなく手応えがあった。
「……やるな。では次に移りたい。自分でその状態から戻れるかの?」
「やってみる」
アタシは刺された箇所と同じ場所に勢いよく右手人差し指を突き立てた。すると、上手くいったらしく少しずつ左目の視力が戻ってきた。
「見えて、きたぜ」
「……大したものじゃ。初めてでここまでとは……」
「褒めなくてもいい。それより早く次に移りな」
「うむ……」
犬村は返事を返した後、両腕を広げ、ゆっくりと回転させる様な動きをした。犬村の両手は体の周りを円を描く様に動いていたが、アタシの目には複数の手が現れている様に見えた。
「問おう、君にはどう見えとる?」
「……手がいっぱい見えるな。どこぞの仏像みてェだ」
「ふむ……では何故そうなっていると思う?」
「高速で手を動かしているって訳じゃねェな。そうだとしたらもっと空気が乱れる気がするぜ」
「そうじゃな。これはワシが持っておる闘気じゃ。それがこう見せておる」
闘気だと? こいつが言いたいのはオーラって事か? 目には見えねェし、殺気とかと同じ様なもんか?
「で、それがどうなるんだ?」
「実際に味わった方が速いじゃろ」
犬村がそう言うと同時に周囲の空気が轟き始める。アタシの体から汗が吹き出し、鳥肌が立つ。足が僅かに振るえ始め、体そのものが目の前の気に怯えている様だった。
マジかよ……初めてだぜ……ブルってんのかアタシはよ……。でも、今更だよな。今まで色んな悪意や殺意を相手にしてきたんだ。こんなもんそれと比べりゃ、ただのコケオドシに過ぎねェよな。
アタシは足に力を加え、震えを止める。犬村の目を睨み付けながら構えを直す。
「感じ取ったんじゃな? この闘気を」
「ああ……マジにビビったぜ。今までこんな事無かったぜ、アタシにはよ」
「ああ、ワシもじゃよ。今までこの技を食らった人間は居らんかったからなぁ」
「だろうな。こんなもん、大体の奴がビビって逃げ出すと思うぜ」
「……君が最初になるな」
次の瞬間、犬村の前方から複数の針が突如射出され、こちらに飛んできた。投げた様な動きは一切見られず、気を使って投げたのか、あるいはアタシが認識出来なかっただけかは分からなかった。
アタシは両腕を前方で交差させ、一先ず針を防御した。針自体には痛みも無く、更に体にも何の変調も起きなかった。
そう……何も起きなかった……。つまりこの攻撃は最初からこれが目的だったって事だ。アタシの動きを封じる事が目的……防御するか避けるかは関係無い。
一瞬風が吹いたかと思うと、目の前にはいつの間にか犬村が立っており、右手の人差し指と中指を揃えてアタシの額に突き立て様としていた。アタシはすぐに交差している腕で挟む様に犬村の腕を止めた。
「……大したものじゃ、本当に」
「念のために聞いておくぜ。もしアタシが今のを止められなかったらどうなってた?」
「……死んでおったな」
「だと思ったぜ。ただ事じゃねェ気の放ち方だったしなァ」
「もしかわせなかったらそれまでとするつもりじゃった。これがかわせんのなら、あ奴には勝てんじゃろうしなぁ……」
犬村は腕を離す。
「さて……ワシの戦い方、分かったかの?」
「ああ……アタシがちゃんと使えるかはともかくとしてだがな」
「君なら出来る、ワシが保障しよう。その筋の良さなら間違いは無いじゃろうて。それに何となく今なら分かるじゃろう? あの子を助けるための孔の位置が」
「なァ、だったらお前ェも……」
そう言いかけたその時、突如壁が轟音を立てて崩れ落ちた。そこら中に埃が舞い、咳き込んでしまう。
「……時間か」
「な、何を言って……」
埃の向こうから日の光と共に一人の人間が入ってきた。その姿は、アタシにとっては間違える筈が無いシルエットだった。
「キセガワ……」
「お仲間さんじゃな……」
「リ、オン……」
入ってきたのは鋭い敵意を放つリオンだった。




