第52話:八犬士 『礼』
どれ程経っただろうか。リオンは泣き疲れたのかアタシの腕の中で寝息を立てていた。アタシは起こさない様に静かに寝かせると、部屋を出た。
文屋とか言ってたあのガキ、どうやってこっちの世界に来たんだ? アタシは一回死んだ。信じられない話だが、実際に体験しちまったんだから疑えない。だが、どうにもあいつはそんな感じがしねェ。上手く言い表せないが、あいつには死ぬって感じが無い。何があろうとも絶対に生き残る、そんな感じがする。
廊下を歩き、リビングの様な場所へと辿り着くと、穂が椅子に座り何やらクリームの様なものを食べていた。オーレリアはその向かいに立っている。
「あっ、喜瀬川のお姉さん!」
「キセガワ様……もう宜しいのですか?」
「……ああ」
アタシは穂の隣に座る。
「作ってもらったのか?」
「はい! 食べますか?」
穂はスプーンに乗ったそれをこちらに向けてきたが、何故かアタシは食べるつもりにはなれなかった。
「いや、アタシはいい」
「……キセガワ様、お食事は摂った方が宜しいかと」
「いいんだよ。今は気分じゃねェ」
「そうですか……」
オーレリアの顔に何か陰りが見える。
「どうしたんだよ、お前ェらしくねェぞ」
「私、らしくない?」
「ああ、そんな顔見せた事ねェだろ」
オーレリアは少しの間顔を伏せていたが、やがて顔を上げた。
「あの、オーレリアは……私は、キセガワ様にはどう見えますか?」
「あ?」
「私はオートマタです。ヒトではありません。あなたには、どう見えますか?」
「……意味が分からねェな。お前ェはお前ェだろ」
「少し、過去の話をします」
オーレリアは目を閉じる。
「私自身も自分がいつ作られた物なのかは分からないのです。気が付いた時、私はある国に居ました」
「レーメイが居た国か?」
「はい。トワイライト王国、その城の前に居ました。私に記録されていたのは、恐らく一般的であろう常識と、そして……お嬢様をお守りするという使命でした」
「……って事はァ、お前ェ自身もどこで生まれたのか分からねェンだな?」
オーレリアの体がゆっくりと揺れ始める。
「はい。何故私がお嬢様をお守りする様に作られたのかも不明なのです」
確かこいつを作ったのはトリスメギストスとかいう奴だったな。そいつがオーレリアを作った理由……あそこに書かれてた事だろうな。死んだ娘の魂を呼び戻す際の器。しかしそこにレーメイがどう関わってくるんだ? 横に居るこのチビッ子なら分かる。こいつは今までもその力に目を付けられてたみたいだしな。だが、あのレーメイがどう関わる……?
「私はお嬢様に拾われました。確か、まだお嬢様が6歳の時だったでしょうか? あの方は私を見るとすぐに私の手を引き、城の中に招き入れたのです。そこから私の召使いとしての毎日が始まりました。お食事の用意、掃除、教育係、とにかく様々な事を任されました。旦那様も奥様も私の出自について何も気にする事無く、迎え入れたのです」
どうにも妙だな。まあそういう人間も居るには居ると思うが、だからといってそんな簡単に召使いにするだろうか? 何処の馬の骨とも分からねェ奴を、そんな風に迎え入れるか?
「やがて、私は太陽の間の管理も任される様になりました。あの『黎明』と『黄昏』が置いてあった部屋です。私を信頼して下さったからなのでしょう。ですが、ある日『黎明』が奪われたのです」
「最初に会った時に言ってたな。誰かに盗られたってよ」
「はい。不覚としか言い様がありません。私の管理不行き届きでした」
「別にお前ェのせいじゃねェだろ」
「……いいえ、私のせいの可能性が高いのです」
オーレリアは目を開く。
「少し考えてみて思ったのです。盗まれたあの日、衛兵以外の方は就寝されていた。お嬢様が眠るのを見届けた私は、見回りのために太陽の間に向かったのです。その時には周りには誰も居ませんでした」
「だったらその後に誰かが盗んだんだろ?」
「いえ、おかしいのです。あの城はそう易々と侵入出来るものではないのです。今までに不法侵入しようとした者は、侵入前に捕らえられていたのです」
「……何が言いてェ」
「私が、『黎明』を盗んだ可能性です」
何を言ってるんだこいつは……こいつが持ってる忠誠心は本物の筈だ。それに、そんな事をして何になるってんだ?
「なァ、ガキ……考え過ぎじゃねェのか?」
「キセガワ様こそ冷静になって下さい。私はオートマタ、今自分自身が考えている事が、果たして本当に私が考えている事だと、どうして言い切れるのですか?」
要は、トリスメギストスが自分を操って『黎明』を盗ませたって事が言いたいんだろう。それならありえなくも無いか……トリスメギストスは自分の娘を生き返らせようとしてるらしいし、始まりを司ってるらしい『黎明』を欲しがってるとしてもおかしくはないな。
「……お前ェが言いたい事は分かった。だがもし仮にそうだとして、お前ェに責はねェだろ」
「……お優しいのですね、キセガワ様は」
「そうでもねェよ。割とキツイ方だ」
「そう、ですね」
話を終え、気まずく黙り込んだオーレリアは俯いたまま立っていた。穂はアタシ達の話がよく理解出来なかったのか、口をモグモグと動かしながらこちらを見ていた。
「あのあの、『黎明』って何ですか?」
「うっせェよ、食う時はあんま喋んじゃねェよ。周りに散るだろ?」
アタシは穂の頭を軽く撫でながら立ち上がり、部屋の出入り口へと向かった。
「どこに、行かれるのですか?」
「レーメイの様子を見てくる」
「では私も」
「お前ェはここに居ろ。アタシからの命令だ」
オーレリアはそれに何も返事を返したりはしなかったが、ただただ静かに頷いた。それを見た後、アタシは部屋を後にし、玄関から外へと出て行った。
しばらく森の中を歩き、街中へと辿り着いたアタシは病院へと歩いていた。どうやらそろそろ日が沈むらしく、空は橙色に染まっていた。しかし街中にはまだ人が多く、賑わっていた。
病院に辿り着き、扉を開けようとした時、突然後ろから声を掛けられた。
「お嬢さん」
「っ!」
アタシの後ろには袴を着た一人の老人が立っていた。その顔には深く皺が刻み込まれており、かなりの年であると感じられるというのに、腰は全く曲がっていなかった。その髪は他に何の色も入っていない真っ白さで、後ろで小さくまとめていた。
「何だ、爺さん……」
「そんなに警戒せんでもらえるかな? 少しお話があるだけじゃ」
「手短に話してくれ。急いでるんだ」
「ふむ。では単刀直入に聞こう。君が、喜瀬川雅じゃな?」
「……里見の人間かよ?」
「うむ、その考え方であっておるよ」
マズイ……アタシがここに寄った事がバレちまったらレーメイの命も狙われる。それだけは避けねェと……。
アタシが老人の喉目掛けて手刀を放った瞬間、その老人はアタシの指の間に自らの指を滑り込ませ、そのまま手を握るかの様に掴んだ。
「なっ!?」
「焦る気持ちも分かる。じゃが、ちと早急過ぎじゃ」
そう言うと老人はアタシの背中側に両腕を回すと腰の少し上辺りに指を突き立てた。その瞬間、体全体の力が抜け、膝から崩れ落ちてしまう。何とか対抗しようとするものの、筋肉そのものが機能していないかの様に動かなかった。老人はアタシを抱える様にして運び始める。
「君はまだ、死ぬべきじゃない」
何とか声を出そうとしたものの喉すら上手く動かせず、助けを呼ぶ事すら出来なかった。恐らく今のアタシは他の人間からすれば、酔っ払いか何かにしか見えないのだろう。アタシはどこかへと運ばれていった。
やがて老人は立ち止まり、その場に下ろした。
「さて、もういいじゃろう」
そう言うと先程と同じ位置を再び指で突いた。その瞬間、アタシの体はビクンと跳ね、元通りに動ける様になった。アタシは即座に立ち上がり、構える。
「どういうつもりだテメェ!」
「待ちなさい。一つだけ言えるのは、君を殺すつもりは無いという事じゃ」
「バカ言うんじゃねェぞ、里見の人間つったら全員敵だったぜ」
「……他の者が君に迷惑を掛けてしまった事についてはワシが責任を持って謝ろう」
いまいち信用出来ねェ……嘘なんていくらでもつけるからな。しかし恐るべきはこいつの殺気の無さだ。さっきやられた時も全く動きが読めなかった。しかもここは何処だ? どこかの廃墟みてェだが……?
「舐めんなよテメェ……」
「少しは落ち着いたらどうかね?」
アタシは目の前の男を黙らせるために足を上げ、蹴りを放つ様に見せかける。その瞬間足を床に踏み込み、顔に向かって右拳を放つ。しかしその拳が当たる事は無く、老人はアタシの腕に袖から取り出した小さな針の様な物を突き刺す。その瞬間、右腕全体が痺れに襲われ動かせなくなってしまう。
「ぐっ……!?」
「ワシの目的を言おう。君に彼女を倒して欲しい」
「あ、ああ……?」
「我らの総帥、里見伏姫の事じゃ」
こいつ何言ってやがる……? 自分とこのリーダーを倒して欲しいだと? どうなってやがる……。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味じゃが?」
「おかしいだろうが。テメェんとこの頭裏切ンのかよ?」
老人は溜息をつく。
「もう彼女のやり方には付いていけん。己の目的のために罪も無い人間の命を奪うのに疲れたんじゃよ」
「へっ……驚きだな、テメェらからそんな言葉が出るとはよ」
「昔からの馴染みという事で付き合っておったが、それももう終わりじゃろうてな」
老人はアタシに先程使っていた針を見せる。非常に細い針で、目視するのがやっとな程の大きさだった。
「これが見えるかの?」
「ああ……何かの暗器だろ?」
「正確には違う。これは人間の孔を突くための物じゃ」
孔だと? ツボみたいなもんか? アタシの体が動かなくなったり、腕が痺れたりしたのもこれが理由か……?
「それで? まさかそれを使えってンじゃねェだろうな?」
「いいや、君なら多分、指そのもので突けるじゃろう。ワシよりも恐らく筋がいい」
「あんまり嬉しくねェよ。そんな物騒な技使えてもな」
老人はアタシの腕を再び突き、元に戻す。
「うちの犬江が、あの少女をあのようにしたのじゃろう?」
「犬江ってのには遭った事ねェが、船に乗ってた奴か?」
「うむ、奴は薬物の使い手じゃ。死者を蘇らせる薬も作っておった」
死者を蘇らせる? それがあればトリスメギストスの娘とやらも生き返るんじゃねェか?
「あの少女の症状じゃが、恐らくあれはどんな薬品でも治せん」
「その犬江とかいう奴は解毒薬は作ってないのか?」
「逆に聞くが、相手を殺す事を目的とした薬を作る上で解毒薬が必要かね?」
そういう考え方か……まあ殺すのが前提な奴らからすればそうなのかもな……。だとすればあいつは……。
「……じゃあどうしようもねェのか?」
「いいや、方法はある。今からそれを授ける。この犬村流暗殺術を」
「待てよ。アタシはあいつを助ける方法が知りてェンだ。人殺しの方法じゃねェ」
「待て。人の壊し方を知っておるという事は逆に治し方も知っておるという事じゃ」
確かにツボを押す事で体の不調を治したりは出来るらしい。こいつが言ってる事がどこまで本当なのか知らないが、今は信じるしかないのか……。
「……本当に、助けられるンだな?」
「嘘は言わん。最早あ奴を止められるのは君しか居らんのじゃからな……」
……仕方がねェ。とにかく今はこいつを信じるしかねェ。こいつを信じて、レーメイを救い、里見を倒す。それが今するべき事だ。
「……分かった。信じて、いいんだな?」
「うむ、信じてくれ……」
アタシは犬村と握手を交わし、特訓を行う事にした。




