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落伍者とお姫様 ~異世界の冒険~  作者: 鯉々
第8章:許されざる者
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第51話:もう一人の転生者、もう一人のリオン

 犬飼との戦いを終えたアタシは足を引き摺る様にして元来た道を戻っていた。途中あの広場を通ったが、あのホームレスの二人はそこからは居なくなっていた。恐らく、治療のために離れたのだろう。

 レーメイは、どうなってるんだろうか。一先ずは医者に任せたとはいえ、意識が戻らねェっていうのが心配だ。出来る事なら側に居てやりたいが、多分医者の邪魔になるだろうな。

 アタシは自分の頭の中に浮かんだ考えを振り払うと、オーレリア達の下へと歩みを進めた。途中何度か人とすれ違いそうになったものの、騒ぎになると面倒なため、避ける様にして歩いていった。


 やがてあの『孤児院』に辿り着いたアタシは扉を開き、中へと入る。ふら付きながら廊下を歩いていたアタシを最初に出迎えたのはリオンだった。

「おかえり」

「おう……」

「……その様子だと、また襲われたのね」

「どうって事ねェよ」

 そう強がってはみたものの、体は限界が近くなっており、思わずその場に座り込んでしまう。そんなアタシを見たリオンは小さく溜息をついた後、アタシを背中におぶった。相変わらずその細身の体からは想像も出来ない程の力だった。

「オイ離せよ」

「駄目よ。今まで何度も戦場で生きてきた私が言うんだから間違いないわ。このまま無理してたら、あんた死ぬわよ」

「へっ……こちとら一回死んでんだ。今更だぜ……」

「……言っとくけど、別にあんたが死んだところで私は微塵も困りはしないわ。だけどね、もしあんたが死んだら、レーメイやオーレリア、それにあのミノリとかいう子供はどう思うでしょうね?」

 どう思うんだろうなァ……大体想像は出来るが、いい情景は浮かばねェなァ……。それにもしここで死んでまた元の世界に戻れなかったとしたら、小幸にも師匠にも会えなくなっちまうか。

「分かった。しばらくは休む……」

「それでいいのよ」

 やがて部屋の一つへとアタシを運び込んだリオンはそこに並べられていた薬品や包帯等を使って簡単な治療を施してくれた。流石に戦場で生きてきたというだけあって、かなり手馴れた動きだった。

「これで良しと……」

「悪い」

「あんたに死なれちゃ困るからね。あのガキ共の子守なんてごめんよ」

「そうだな」

 そうやって話していると、部屋の前をオーレリアが通る。

「オイ、オーレリア」

「お帰りなさいませキセガワ様」

「どっか行くのか?」

「ええ。どうやらお客人の様ですから」

 客人? 扉がノックされた様な感じは無かったが……。

「別に誰も来てねェだろ?」

「いいえ、確かにいらっしゃいました」

 そう言うとオーレリアは歩みを速め、玄関の方へと向かっていってしまった。

「どういう事だ?」

「これ見なさい」

 リオンはアタシに一冊のノートを渡す。そこにはオーレリアによく似たオートマタの姿が描かれていた。その中に、オーレリアに付いているある機能についてが書いてあった。

そこには『周囲の音が一定以下である場合、通常の数倍の聴力を発揮する』という機能について書いてあった。どうやらさっきのオーレリアはその機能が発動していたらしい。実際ここは今までの場所と比べるとかなり静かな場所だ。

 しかしアタシの目を引いたのは、ここの所有者が書いたものと思われる記述だった。

「何だこりゃあ……魂を呼ぶだと?」

「それを書いたのはトリスメギストス、私達を作った人間よ」

「ここには錬金術って書いてあるが、錬金術はそういうのも出来るのか?」

「さぁね。でも、私がこうして存在してるのが、何よりの証拠だとは思うけど?」

 トリスメギストス。この男、何か相当ヤバイ事をしようとしてるみてェだな。死んだ人間を蘇らせるなんて出来る訳がない。仮に出来たとしても、それは人間が足を踏み入れちゃいけねェ領域だ。

「……一先ず、オーレリアが言ってた客人とやらが先だ。一旦この部屋から出ようぜ」

「ええ、そうね」

 アタシ達が別の部屋に移った直後、扉が開かれ、玄関から複数人の気配がしてきた。アタシは体の痛みを抑えながら、何故か畳があるこの部屋に座り込む。

「……!」

「どうした?」

「……悪いけど、席を外させてもらうわね」

「あ、ああ?」

 リオンは何かを感じ取ったのか、障子で繋がっている隣の部屋へと移った。その直後、オーレリアの声が聞こえる。

「管理人様、お客人を連れて参りました。どうなされますか?」

 何だ? 管理人だと? 確かにアタシ達はここを『孤児院』として認識しちまってるが、どう考えてもここは『孤児院』じゃねェ。何でオーレリアはああいう風に言ったんだ? とはいえ、ここで入れねェってのも良くねェか。あいつがここに連れてきたって事はそれなりに安全な奴らって事だろうしな。

「おう。通してくれや」

「……管理人様の許可が下りました。どうぞお入りください」

 オーレリアから促され、部屋に三人の女が入ってきた。一人は黒髪のショートカットで、コートを着ていた。顔の感じからして真面目な印象を受ける。二人目は髪を後ろで二つに結んでいる少女だった。しかし、妙な印象を受ける。服装のせいだろうか、どうもアタシと同じでこちらの世界の人間では無い様な気がする。そして一番目を引いたのが、三人目だった。その姿はあのリオンそっくりだった。

「よく来たな。まァ、とりあえず座ってくれ」

「ええ。失礼します」

「……で、どういう要件で来たんだ?」

「こちらで調査を行ったところ、あなたの戸籍がどこにも見つかっていません。理由を説明してくれますか?」

 やっぱり、こっちじゃアタシは戸籍がねェか。予想はしてたが。

「……なるほどなァ、そういう事かィ。簡単な話だ。そっちのイモっ娘と同じだぜ」

 少女はキョロキョロと周囲を見渡した。

「なァにキョロキョロしてンだよ。お前ェしかいねェじゃねェか」

「ふ、文屋が何か?」

「……お前ェ、この世界の人間じゃねェだろ?」

 文屋と名乗った少女はあからさまに動揺し、口笛を吹き始める。

「な、何の事でしょうかね~……ピュピュー……」

「へっ、慣れねェ口笛なんて吹くもんじゃねェぜ? バレバレなンだよ」

「ちょっと待ってもらえる? あなた、フミヤの事を知ってるの?」

「詳しくは知らねェよ。だが、そいつァ、間違いなくこの世界の人間じゃねェ」

 アタシがそう言った瞬間、リオンによく似た女は立ち上がった。その目からはこちらに対する敵意を感じた。

「あなたが何を知っているのかは知りませんが、フミヤの事を悪く言うなら容赦はしません」

「おいおい、落ち着けって。アタシは事実を言ってンだ。そいつはアタシと恐らく同じだ」

 どう考えても日本人、だな。

「なァ、そうだろ? お前ェも日本から来たンだろ?」

「……は、はい」

「ニホン? 聞いた事無い所ね……」

「そりゃあそうだろ。こっちの世界には無いンだからよォ」

「……じゃあ、あなたは、元々この世界に戸籍が無くて当然だと?」

「おう。本音を言やァ、アタシもさっさと帰りたいンだよ。ただ、帰る方法が見つからねェ」

「……どうにも信じられないわね」

「まァ、そうだろうよ。で? どうする? 力づくで連れてくか?」

「悪いけど、納得のいく事情が無い限り、連れて行くことになってるの。悪いわね?」

 僅かではあるが、黒髪の女が動いた。

「お役人さんも大変だな。でもよォ、アタシもここで簡単に捕まる訳にはいかねェンだわ」

「ちょ、ちょっとお二人とも! もう少し話し合いましょう!」

「……ごめんなんさいねフミヤ。ここからは、完全にお仕事なのよ」

「レレイ。加勢します」

 レレイと呼ばれた女とリオンによく似た女は二人共立ち上がり、臨戦態勢に入った。

「へっ……しかし、二人とは、アタシも舐められたもんだなァ……」

「あら? 退屈はしないと思うわよ?」

「安心してください。殺したりはしません」

「そういうのが、甘いって言ってンだよ、なァッ!!」

 アタシは二人の間に入り込むとそれぞれの腕を掴み、その場で回転して部屋の端へと放った。

「……やるわね」

「潜ってきた修羅場の数が違うンだよ」

 直後、後ろからもう一人のリオンが掌底を叩き込んできたが、すぐさま振り返り、受け止める。

「甘ェな。後ろから音がしてたぜ? 当てるんならもっと静かにやンな」

 アタシはもう一人のリオン体を押し、突き放した。

「ほらどうしたよ? 政府の人間ってのもこんなもんか? 今なら大人しく帰れば無事に済むぜ」

「そういう訳にはいかないわ。あなたにはついて来てもらいます」

「……なァ、アタシもさ、ここを管理しなくちゃなンねェンだよ」

 一応、細かい事情は隠しといた方が良さそうだな。こいつらが味方とも限らねェし……。

「それはこちらで何とかします。ですから大人しく……」

「やかましい!! アタシはな、元の世界に帰れるまでの間、ここを守るって決めてンだよ! 誰にも邪魔はさせねェ!」

 レーメイが目を覚ますまでは、ここを確保しとかなくちゃいけねェ。もうヴィアベルの婆さん達も頼れねェ。

「お止めください」

 睨みあっていたアタシ達を止めたのはオーレリアだった。

「……ガキ。お前ェはすっこンでろ。これはアタシの問題だ」

「そう参りません。あなた様がここからいなくなると、私の使命遂行に大きな支障が生じます」

 そうだろうな……この現状、レーメイを守れるのはアタシかオーレリア位だ。リオンはそこまでやってくれるかは分からねェ……。

「お前ェはいつもそれだな。使命使命ってよ……」

「はい。それが私にとって、最優先事項ですから」

 その時、文屋が立ち上がり、アタシ達の間に割って入った。

「あ、あの! 文屋もオーレリアさんに賛成です! 平和に行きましょう、ね!」

「フミヤ……お願いだから、じっとしてて」

「申し訳ありませんフミヤ。ここは任務が優先です」

 こいつらには止める意思は無しか。まあ当然だろうな、上からの命令で、仕事で来てんだからな。

「リオン様、レレイ様。本日はお越しいただき真にありがとうございます。真に勝手な理由ながら、本日は、当施設は閉館とします」

「待ちなさい! まだ話は終わってないわよ!」

「そうです!お待ちなさい!」

 突如アタシの側に移動ていたオーレリアの体が眩く光り始めた。どうやらこいつらをここから追い出すつもりらしい。

「……真に残念です。どうしてもお帰り頂けないようでしたら、強行手段をとらせて頂きます」

「悪いな。アタシは捕まる訳にはいかねェンだ」

 部屋中が光に包まれる。最早目の前に居るオーレリアの姿すらも認識出来ない程だった。アタシは光の中、文屋に話し掛ける。

「文屋とか言ったよな? 困った事があったら、ここに来い。お前ェ一人なら歓迎してやる」

 もしかしたら、こいつも何か知ってるかもしれない。こっちに来た方法がもしもアタシと違うなら、そこに元の世界に帰る方法のヒントがある筈だ。


 やがて光は収まり、部屋の中はアタシとオーレリアだけになっていた。

「……悪いな」

「いえ、キセガワ様にここで倒れられては困りますから」

「そうだな……まだ、倒れる訳にもいかねェな……」

 アタシはドッと溢れてきた疲れによってその場に座り込んでしまう。その様子を見てか、オーレリアがアタシの側に座る。

「大丈夫ですか?」

「……ちょっと力が抜けただけだ。心配ねェよ」

「本当にですか? 先程のレレイ様達との戦い、いつものキセガワ様らしくありませんでしたが」

 よく見てるな全く……。確かにさっきはあいつらの攻撃を捌いて軽く反撃するので精一杯だった。いつもならあれ位の相手なら簡単に伸せるんだがな……。

「……ただの気紛れだ」

「……そうですか」

 そうやって話していると、穂を連れたリオンが部屋へと入ってきた。

「……」

「リオン……」

 リオンの体は小刻みに揺れていた。その目は少しではあるが潤んでいた。

「……オーレリア、穂を連れて向こう行ってろ」

「はい」

「あ、あれ? つ、連れて来られたのにもう行くんですか?」

「ミノリ様、また何かお作りしましょう」

 そう言うとオーレリアは穂の手を引いて部屋を出て行った。アタシは畳の上を這って移動し、障子を閉める。

「……まァ、そこ座れや。話位は聞いてやるよ」

「……」

 リオンは小さく頷くと、その場に座った。

「あいつが……お前ェの妹って事でいいんだよな?」

「そう、ね……」

「まあその、何だ……当たり前なのかもしれねェけど、似てるな」

「ええ……」

 リオンは懐から薬を取り出し、呑み始める。

「良かったじゃねェかよ、元気そうで」

「良かった……ええ、そうね……」

 いつもと比べると異様に大人しくなってしまったリオンにどう反応すればいいのか迷ってしまう。

「なァ、どうしたんだよ。そんな嬉しいのか?」

「違う……自分が嫌になったのよ……」

「は?」

「私はずっとあの子を捜してた……どこかの組織に拾われたって聞いて、救い出したくて……。でも見つからなかった。だから私は、私は……」

 リオンは大粒の涙を流し始めた。それは恐らく、アタシが始めて見たリオンの涙だった。

「あの子を、殺そうと……!」

「殺そうとした?」

「あの子は一人じゃ生きていけない子なの! 一人じゃどんな目に遭うかも分からない! だから私は、あの子を殺そうとしてしまった……」

 どうも意味が分からない。久しぶりに会って、今まで捜してたって話の筈だ。それがどうやって殺そうとしたんだ?

「お前ェ、言ってる事がおかしいとは思わねェのか? どうやって殺せンだよ?」

「私達が作られた時、失敗作が居た……人の姿をしていない、本来なら居ない筈の命……私はあれを使ってしまった。あの男が残したあの場所を……」

「どこの事言ってんだ?」

「あいつは私の中にあの場所の記憶を植えつけていたんでしょうね……あらゆる生物を消滅させる『楽園』の事を」

 あらゆる生物を消滅させるだと? まさか作り上げた失敗作の痕跡を完全に消すためか……?

「……仮にお前ェがそれをしたとしても、あいつには分からねェンじゃねェのか?」

「私達は姉妹よ。双子よりも強い血で繋がった姉妹……。私があの男の事を思い出してしまったんなら、あの子もその内気付くわ……」

 確かリオンはここに来てからトリスメギストスの事を思い出した感じだったな。こいつもオーレリアと同じで、一部の記憶に制限が掛けられてたのか?

 リオンは俯くと、声を抑えながら泣き始めた。先程から流れていた涙は目から落ち、畳に小さなシミ達を作り上げていた。

「私は、姉失格よ……」

 リオンが搾り出したその言葉は、アタシにも少しだけ刺さった。

 アタシは小幸を守って死んだ。あいつだけは一生守ろうって思ってたのに、よりにもよって本人の目の前で死んじまった。元々心が弱い、あいつの前で……。

 アタシはリオンの頭を自分の胸に抱き寄せた。

「……そんな事ねェよ」

 その言葉は彼女に言ったのか自分自身に言い聞かせたのか、自分自身でもよく分からなかった。もしかしたら自分を正当化したいだけなのかもしれない。

 でもまァ……今は泣かせてやろう。たまには、姉が甘える時があったっていい筈だ。普段頑張ってる奴がたまに甘える位、誰も文句は言わない筈だ……。

 アタシはリオンが落ち着くまで、その場に居続ける事にした。

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