第50話:機械仕掛けの(あるいはそうではない)心
キセガワ様が外へと出て行かれたとリオン様から聞いた私はミノリ様の側から立ち上がろうとした。
「どこ行く訳?」
「キセガワ様を連れ戻しに行きます」
「止めときなさいよ。あいつは今、私達を守ろうとしてるの。だったら付いて行ったら迷惑でしょ」
リオン様は私の腕を掴み、引き止めた。抵抗しようにも、彼女の力は余りにも強く。とても私の力では抵抗出来なかった。
「あんたは、あんたがするべき事をしなさい」
「私が、するべき事……」
するべき事、お嬢様をお守りする事だ。しかし私の不注意により、お嬢様は現在意識を失っておられる。まだ生きてはおられるが、あれは完全に私の不注意が原因だった。そんな私がするべき事とは何だろうか? お嬢様の側に行く事だろうか?
「……そこのガキの世話よ」
「ミノリ様の?」
「……あいつはお人好しだから、その子を助けたんでしょうね。きっと純粋に助けようと思ったから助けた。そこに裏なんて無かった筈よ」
「申し訳御座いませんが、もう少し簡潔にお願いします」
「子供は守らなきゃ駄目。そういう事よ……」
そう言うとリオン様は私に背を向け、部屋の外に出て行かれてしまった。その背中からは何かを感じたが、オートマタである私にはそれが何なのか理解出来そうも無かった。
子供は守らなくてはならない。彼女はそう仰っていた。そうなのだろうか? 少なくとも私の中にある記憶にはその様な内容のものは確認出来ない。ただお嬢様をお守りする、それが使命だった。そのために私はお嬢様のお側に置かれていた。
私は寝ているミノリ様を視認する。
とても心地良さそうに眠っている。お嬢様も昔、遊び疲れた時や泣き疲れた時はこういう寝顔をしていらっしゃった。恐らく『可愛らしい』と形容されるのであろう表情を。
「んぅ……」
その様な事を考えていると、ミノリ様は小さな唸り声を上げ、体を起こした。
「あれ……」
「お早う御座いますミノリ様。お体に問題はありませんでしょうか?」
「え? えっと…………あ、そっか……私……」
ミノリ様は何やら思案すると、ソファーの上に座りこちらを見た。
「えっと……喜瀬川のお姉さんのお仲間さん、ですよね?」
「はい。オーレリアと申します。以後お見知り置きを」
「あの、居てくれたんですよね?」
「はい?」
「ミノリが寝てる間、居てくれたんですよね?」
どうやらミノリ様は彼女が寝ている間、私が側に居たのかどうかを聞きたいらしかった。その姿は、幼い頃怖い夢を見て夜中に目を覚ましてしまったお嬢様と少し似ていた。
「はい。御疲れのようでしたので、何かあった時のためにここで待機しておりました」
「ありがとうございます! 何だか嬉しいです……!」
何故彼女は喜んでいるのだろうか? お嬢様もそうだった記憶がある。人は、怖い体験をした後に寝て、起きた時に人が居ると『安心』するのだろうか?
「あの、喜瀬川のお姉さんは?」
「キセガワ様は出て行かれた様です」
「えっ……?」
「恐らくすぐに戻ってこられます。心配は不要かと」
私に人の心はよく分からない。しかし、ここはキセガワ様を『信じる』しかないのだろう。
「そ、そうですか……」
「はい。御安心ください」
少し安心した様子のミノリ様を見ていると、リオン様が部屋へと戻ってこられた。
「起きたのね」
「あ、えっと……」
「別に私の事は覚えなくていい。それよりもオーレリア、ちょっと来てくれる?」
「何でしょうか?」
私はリオン様に呼ばれるまま後を付いていった。
部屋から出たリオン様は廊下を歩き、ある部屋へと入り、そこで立ち止まった。部屋にはいくつも棚があり、様々な書籍が収められていた。
「どうなされたのですか?」
「……オーレリア、あんた、トリスメギストスって知ってる?」
驚愕した。何故彼女がマスターの名前を知っているのだろうか? 私が機密情報を漏らした事があっただろうか? 既存の記憶の中にはその様な言動は確認出来ない。では何故知っているのだろうか?
「……第1級機密情報です」
「その反応は知ってるって意味で取るわよ」
「……リオン様、質問の真意が理解出来ませんが」
「これ見なさい」
そう仰るとリオン様は本棚から一冊の本を取り出すと、あるページを私に見せた。そこには私とよく似た見た目をしたオートマタの姿が描かれており、所々に細かい注釈などが付けられていた。
「そこに描かれてるの、あんたでしょ」
「だとしたら、何ですか?」
「書いてあったわよ。あんたを作った目的がね」
私は本により細かく目を通す。
『魂を呼び戻す事に成功』『しかし器が存在しない場合、現世に留める事が不可能』『器を製造』『失敗。器を完成させた段階で、別の魂の存在を確認』『一つの体に二つの魂は入れられない』。
「……あいつは亡くなった娘を復活させようとしてるみたいね。そのために、あんたを作った。もしかしたら、私も本来はそうなのかも」
「……」
「答えなさい。あんたはどう思うの? ただ機械としてあいつがやれって言ったら何でもやるの? それとも、自分で答え見つけるの?」
私はオートマタ。マスターの命令に従うのが仕事。その命令は『お嬢様をお守りする事』。マスターからの命令だ。従わねばならない。……しかし何故お嬢様を守る様に言われたのだろうか。マスターはいったい何をお考えになっているのであろうか。
「……分かりません。私はオートマタ、作られた存在です。私に決定権は御座いません」
「……そう。なら好きにしなさい。私は……あいつの言う通りにはならないから」
そう仰るとリオン様は私では表現が出来ない表情をしながら部屋から出て行かれた。部屋に残された私は本に目を移す。
何故生物は死ぬのだろうか。何百年と生きるオートマタ。食事も睡眠も本来必要としない存在。それが私。死ぬというのはどんな感じなのだろうか。お嬢様は……死んでしまうのだろうか。
そう考えた時、胸部の奥に未知の痛みを感知した。今まで感じたことの無い感覚で、私は対処法が分からず混乱してしまう。
「あの、オーレリアお姉さん?」
そんな私に声を掛けてきたのはミノリ様だった。私が戻ってこない事を心配したのだろうか。
「おや、どうされたのですか?」
「いえ、リオンお姉さんは戻ってきたのに、オーレリアお姉さんが戻ってこなかったので……ミノリ心配になって……」
またもやお嬢様の姿を重ねてしまう。昔私が国王陛下から頼まれて倉庫に物を取りに行った際、当時まだ幼かったお嬢様は『不安』そうな顔で私を探しに来た。あの時私は、奥様がよくやっていらっしゃった様にお嬢様を抱き締めた。それがいったいどの様な意味を持つのか分からず、ただ見様見真似でやっただけだった。しかしそれでも、あの時お嬢様は笑顔を見せて下さった。
「大丈夫ですよ。何の問題も御座いません」
気が付けば私はミノリ様を抱き締めていた。その小さな体は、またもやかつてのお嬢様を思い起こさせた。
「御心配を掛けてしまい申し訳御座いません。戻りましょう」
「は、はい! 何とも無いなら良かったです! で、でももし何かあったら言って下さいね! ミノリが魔法でパパッと解決しちゃいますから!」
何となくではあるものの、リオン様が仰っていた事が理解出来た様な気がする。子供は守らねばならない。今ミノリ様が見せて下さった笑顔……それはきっと守らねばならないもの。
「そうですね。宜しければ何かお作りしましょうか?」
「え? 何をですか?」
「私の推測では恐らくミノリ様はそろそろ空腹になるものと思われます。ですので、簡単なものですが何かお作り出来ればと」
「じ、実はミノリちょっとお腹空いてました……。お願い出来ます……?」
「ええ。お作りしましょう」
私はミノリ様の笑顔を守るため、ヘルメス様から教わった『おいしい』『ロマノフ』を作ってみる事にした。




