第5話:グリンヒルズの拠点
グリンヒルズに上陸したアタシ達は、まず泊まる所を見つける事にした。何にせよ、体を休める所は必要だ。
アタシは周りを見渡す。
この街は、レンガ造りの建物が多く見られる。道路も石畳で出来ている様だ。街自体はそんなに賑わっているようには見えないが、物静かで落ち着いた場所だ。それに、全体的に建物に金がかかっている様に感じる。この街は、金持ちが多いのか?
「なァ。ここはァ……金持ちが多いのか?」
「母様から聞いた事があります。ここは確か、芸術家の方が多いとか……」
芸術家か……ある意味、落語も芸術だな。
さて、どこに宿屋があるんだ?
「しっかし、あれだなァ。人の姿があんまし見えねェなァ」
「キセガワ様。これは私の推測ですが、恐らく皆様家の中に居られるのでは?」
「わァーってるよ。だが、どーにもなァ……折角綺麗な街だってェのに、人が居なけりゃ寂しいもんだな」
アタシは近くにあった家に近付く。
「キセガワさん?」
「ちょっと聞いてみようぜ。知らねェ街で歩き回ってちゃ埒があかねェ」
アタシはとりあえず玄関口にあった呼び鈴を鳴らす。日本じゃ見ねェなァ。
少しの間待ってみたが、誰も出てくる気配が無い。アタシは窓を見る。
「キセガワ様。留守にしておられるのでは?」
「いいや。明かりが点いてるな。居留守だろ」
ドアを蹴って脅すという方法もあるが、流石にそれをやると後が怖いな。仕方が無い。ここは諦めるか。
「オイ行くぞ。ここの腰抜けは出るつもりは無いみてェだ」
「あっ、待ってくださいよ!」
「お嬢様。急に走られると危険です」
後ろから二人がちょこちょこと付いて来る。まるで小鴨みてェだな。
しばらく歩いていると、ようやく大通りの様な場所が見えてきた。見たところ、この辺りは店も多く、人通りもそれなりにある様だ。
「この辺は人居るんだな」
「さっきのは住宅街だったから、人が少なかったんでしょうか?」
「ま、大方そんなところだろ」
アタシは近くを通った人間を捕まえて、宿屋の場所を聞く事にした。
「なァ、ちょっといいか?」
「はい?」
「この辺に宿屋はあるか? この辺は初めてで、勝手が分からねェンだ」
「ああ。それでしたら……」
呼び止めた男は後ろを指差した。
「あそこの……見えますか? あそこです」
「あ……?」
アタシは目を凝らす。指が示す先には一軒の建物があった。
「あー……あれな。分かった。サンキューな」
アタシは軽く礼をし、歩き始めた。二人も遅れまいと付いて来る。
そこでアタシは重要な事に気付いた。これが一番重要だ。
「なァ」
「何ですか?」
「お前ェ、金持ってんのか?」
「え? 私は持っていませんが……」
嘘だろこいつ……自分から旅に出るとか言い出した癖して、金持って来てないのかよ……。
……どうすっかな。
アタシが悩んでいると、オーレリアが袖を引っ張った。
「御安心ください。私が用意しております」
アタシはホッと胸を撫で下ろす。気が利くじゃねェか。
「マジで焦ったぜ……良かったよ。お前ェが居てくれて」
「はい。こうなる事は想定済みでしたから」
横目でレーメイの方を見ると、少し頬を膨らませていた。嫉妬でもしているのだろうか? これだからガキはメンドクサイ……。
アタシはレーメイに近寄り、頭に手を乗せる。
「おら、何膨れてンだよ」
「別に膨れてません……」
「今まで自分で金出したりした事無かったンだろ? だったらしゃーねーだろ」
レーメイは少し目を逸らす。これで少しは落ち着いてくれたか……?
アタシは手を下ろし、ポケットに突っ込む。
「ほら、行くぞ。まずは宿の確保だ」
「承知しました。お嬢様、参りましょう」
「……ええ」
アタシ達は宿屋へと足を進めた。
宿屋に入ると、主人と思しき人物が出迎えてくれた。
「ようこそお客様」
「ちょっとの間でいいんだ。部屋を借りたい」
「ええ、ええ。どのお部屋にしますか?」
色んな部屋があるのか?
「何だ、種類があんのか?」
「はい。……と申しましても、部屋の大きさの違いくらいですが」
なるべく安い奴にしたいな。これからも何かと金は要るだろうし。
「そうだなァ……アタシ達が全員で寝れる部屋はどれ位するんだ?」
「そうですね……3人ですと……小さい部屋でも大丈夫ですから、三日で銅貨12枚程になります」
よし、安く済みそうだな。
アタシはオーレリアの方を向く。
「悪いが頼む」
「畏まりました」
オーレリアは懐に入れていたであろう袋を取り出すと、中から銅貨12枚を一度に取り出した。
「これでお願い致します」
「はいはい。調度12枚で」
「部屋はどこ使やァいい?」
「今でしたら、203号室が開いていますよ」
アタシはその言葉を聞き、階段を上っていった。
しかし、芸術家が多いという事もあってか、綺麗にしてあるな。あんまし散らかってると落ち着かない奴が多いからな芸術家ってのは。
階段を上り、203号室の扉を開ける。
中は小さい部屋ではあるが、他の所と同じ位綺麗にしてあり、意外と満足のいく部屋だった。
「中々いいんじゃねぇか? 一時的な拠点としては申し分無いだろ?」
「そうですね。私が手入れする必要は無さそうです」
アタシは近くにあったベッドに腰掛ける。
「オイ。これからどうするか話し合おうぜ。無計画に行くのは時間の無駄だしよォ」
アタシの言葉を聞き、レーメイが話し出す。機嫌直ったか。
「そうですね。しかし、前にもお話した通り、あまりこの街は詳しくはないのです」
そういやそうだったな……確か、オーレリアもだったか。
そう思っていると、オーレリアが手を上げる。
「少し宜しいでしょうか?」
「どうした? 何か良い案でもあんのか?」
「良い案かは判断しかねますが、私としましては、まずは役所に向かうべきかと」
「役所ォ?」
「はい。我々だけで『黎明』を探すのははっきり申し上げて不可能に近いです。まずはこの国の人間に力を借りるべきかと」
なるほど。一理あるな。下手に動き回って何も見つかりませんでしたは避けたいしな。だが、アタシ達が出向いたところでまともに話を聞いてくれるだろうか?
「なァ、お前ェの意見はもっともなんだけどよ、アタシらが今から役所に行ったところでまともに話聞いてもらえンのか?」
オーレリアは少し沈黙した後、レーメイの方を見る。
「……え? 私?」
「お嬢様。恐らくお嬢様の名前を出せば、話を聞いてもらえるかもしれません」
「本当に? 私、ここに来た事無いのよ?」
「問題無いかと思います。旦那様は以前、こちらの国と交友を持っておられましたから」
確かに、一国のお姫様のレーメイの名前を出せば、話を聞いてもらえるかもなァ。
「……だとよ。どーする? 行ってみるか?」
「……そうですね。なるべく多くの人から力を借りたいですし」
「じゃ、決まりだな。場所はここの主人にでも聞きゃいいか」
「私もそれが良いかと思います」
アタシ達は部屋を出ると下に降り、先程の主人に会いにいった。
主人は相変わらず先程と同じ場所にいた。
「なァ、ちょっといいか?」
「はい。何でしょう?」
「ちょっと役所行きたいンだけどよ、場所教えてもらえるか?」
「ちょっとお待ちを」
そう言うと主人は近くの引き出しを開けると、何やら取り出した。どうやら地図の様だ。
「こちらを持っていかれてはいかかでしょう?」
「ああ、地図あんのか。悪い。借りるぜ?」
「それはお客様用の地図ですから、そのまま持って帰って頂いても大丈夫ですよ」
これはありがたい。この地図があれば、少なくともこの地で迷う事は無いだろう。
アタシは主人に礼を言い、二人と共に宿を出た。さて、それじゃあ、役所に向かうか。