第45話:落伍者のその心
港に着いたアタシは犬川との戦いの影響からか、体に力が入らなくなり、近くにあった木箱によろめき、膝をついてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……ああ、丁度、タイミングも良かったみたいだ」
アタシに目の前にはホルンハイムの港に入港してくるシップジャーニーの船団が映った。その船団の中にはアタシをグリンヒルズに送ったペスカ達の船もあり、無事が確認出来た。
「あれは……」
「……仲間みてェなもんだ。行くぞ……」
アタシは無理矢理体を起こし、穂の手を取って歩き出した。
やがて港に停泊したシップジャーニーの巨大船からはレーメイを抱えたリオンとその後ろを付いてくるオーレリアが飛び出してきた。
「おお、来たか……」
「キセガワ、あんた……その怪我……」
「いいから行け。そいつが最優先だ」
「……ええ」
リオンは話に聞いていたグーロイネという名の医者に会うため、街の方へと走り出した。しかし、オーレリアはそれに付いていかず、アタシの側に立っていた。
「どうした、お前ェも行けよ」
「キセガワ様、私にはそれは出来ません」
「……あ?」
「現在のキセガワ様の状態を見るに、恐らくそちらのミノリ様を救助なさっていたのでしょう?」
どうやらオーレリアは穂の事を覚えている様だ。会ったのはかなり前だったし忘れてるかと思ってたが……。
「……里見の人間が居た。そいつと、ちょっとな……」
「うぅ……ミノリが、ミノリがもっと強ければ……師匠も、喜瀬川のお姉さんも守れた筈なんです……」
穂は俯き、声が震え、今にも泣き出しそうになっていた。
「別にお前ェのせいじゃねェだろ。アタシが自分でやった事だ」
オーレリアはしゃがみ込み、アタシの顔にハンカチを当てる。
「酷い、傷ですよ」
「……これより酷い怪我した事もあんだ。今更だろ……」
「……無理なさっていませんか?」
「さァな……どうだか……」
オーレリアはハンカチを仕舞うとアタシの腕を取り、肩に掛けた。その力はその細腕から出ているとは思えない程、力強かった。
「病院までは私が連れて行きます。宜しいですか?」
「勝手にしろ……」
正直、気を失っている訳でも無いのに、こんな子供みたいに小柄な奴に肩を借りるなんて情けなく思えたが、腕をしっかりと捕まれ、抵抗する事は出来なかった。
「あっ、ミノリも! ミノリもします!」
アタシに対する後ろめたさもあってか、穂も手伝おうと手をグイグイと引っ張ってきた。正直、痛むので止めて欲しかったが、まだ幼く、悪意あってやっている訳ではないという事もあって、何も言う事は出来なかった。
しばらく歩いていると、やがて病院と思しき建物の前でオーレリアは立ち止まった。
「ここです」
「よく知ってんな」
「場所は聞いていたので」
「そうかよ。じゃあさっさと入ろうぜ……さっきから周りの奴らに見られて恥ずかしい」
ホルンハイムに住んでいる住人達は、ボロボロの姿で運ばれているアタシを通りすがる度に見てきた。自分では戦うのに必死で気付いていなかったが、アタシの見た目は自分で思っている以上に傷だらけだった様だ。
「分かりました。入りましょう」
オーレリアは扉を開き、アタシを中へと運び入れた。入ってすぐの場所は待合室の様な場所になっており、そこの椅子にはリオンが座っていた。
リオンはアタシを見ると、素早く立ち上がった。
「……大丈夫なの?」
「平気だこん位……お前ェに刺された時の方がよっぽどか痛かったぜ……」
「そう……」
「レーメイは……あいつはどうなったんだ……?」
リオンは診察室があると思われるドアの方に視線を向ける。
「……今は診察中。まだ治るかどうかは分からないわ」
「……そうか」
「これは私見なんだけど、あれは多分、毒物による症状だと思う」
「毒物……?」
「ええ。脈はあるのに意識を失ったまま、いわゆる昏睡状態な訳だけど、あの状態に出来る魔法の類は存在してない筈なのよ」
オーレリアは話を聞きながらアタシを椅子に座らせる。穂は自分が入っていけない話題だと感じたのか、黙ったままアタシの隣に座った。
「私の記憶を参照しても、その様な魔術は確認出来ません」
「それじゃあお前ェらが戦った奴は、何かしらの毒をレーメイに打ち込んだって事か?」
「一瞬だったけど、あいつはあの子に向けて口から何か飛ばしたのよ。多分、あれが毒針か何かだったんだと思う」
毒ならここの医者がどうにかしてくれるかもしれないが、少し気がかりな事がある。それは、人を殺し慣れているリオンですらも、毒かどうかはっきりと断言出来ていない事だ。つまりリオンですらも知らない新種、あるいは未知の毒かもしれない。もしそうだったとしたら、レーメイは……治るのか……?
「まあとにかく、今はあの医者に任せるしかないわ。素人の私達にはどうしようもないもの」
「ああ、そうだな……今は待つしかないか……」
「それはそうと、あんた、傷はいいの?」
「別にどうって事ねェ。わざわざ医者に掛かるまでもねェよ」
正直体中痛みはしたが、ここで治してもらおうとは思わなかった。今は少しでもレーメイの治療に専念してもらわなければならないからだ。アタシはその後でいい。
「あ、あの、ごめんなさい。ミノリがちゃんとしてれば……」
「さっきも言っただろうが、お前ェのせいじゃねェよ」
「で、でもミノリが魔法を使ってれば! 師匠の言い付けを破ってでも使ってれば!」
アタシは穂の頭に手を置く。
「オトナの言い付けは守るもんだ。お前ェはまだガキだ。責任感じる必要ねェ」
「でもそれで大事な人が死んじゃったら……意味無いですよ……」
そう言うと穂はポロポロと涙を零し始めた。しかしそれは思いっきり泣いているというよりは、どこか感情を抑え込んで泣いている様に見えた。
アタシは穂の体を無理矢理横に倒し、自分の足を枕代わりにし、頭を撫でた。
「……意味なんてのは当人が決めるもんだ。あいつが……お前ェの師匠がどう思ってたのかはアタシにも完全には分からねェ。でもな、あいつはお前ェを命に代えてでも守ろうとした。それは事実だ。……あいつは、後悔してないと思うぜ」
やがて穂は子供らしく大声を上げて泣きじゃくった。本来ならこういう病院では静かにさせるべきだが、状況が状況だ。もし文句を言われれば、外に連れて行きゃあいい。
穂はしばらく泣いていたものの、やがて泣きつかれてしまったのか、アタシの膝の上で小さく寝息を立て始めた。その姿は未来の大魔法使いではなく、どこにでも居る普通の幼い少女だった。
アタシはオーレリアに話し掛ける。
「なァガキ」
「何でしょう?」
「ヴィアベルの婆さんにな、もうアタシらは運ばなくていいって言っといてくれ」
「……何故ですか?」
「お前ェも何となく分かってんだろ? 『黎明』を奪ったのは間違いなく里見一家だ。あいつらは目的のためなら何人でも人殺せる奴らだ。もしこれ以上婆さん達がアタシに関わっちまったら、いよいよヤバイ事になる」
オーレリアは黙ってアタシの方を見つめていた。恐らくこいつなりに考えているのだろう。こうするしかないと……。
やがてオーレリアは自分の中で答えが出たのか、口を開いた。
「分かりました。その様に伝えてきます」
「ああ……悪ィな……」
オーレリアはいつもの様に表情一つ変えず、病院から外に出て行った。
リオンは寝ている穂とは反対側に腰掛ける。
「それで……どうするつもりなの」
「……まずは里見の奴らを倒さなくちゃならねェ。レーメイ達が捜してる『黎明』を取り戻すためにな」
「それが済んだら……?」
「……アタシの用を済ませる」
「……良かったら私も手伝うわよ。あんたには一応迷惑掛けたし」
「いや、いい」
「素直に受け取っときなさいよ。滅多に無いのよ? 私が自分からこういう風に言うなんて」
アタシは疲れた体を背もたれに預ける。
「……アタシの問題はアタシだけの問題だ。お前ェには関係ねェよ」
「分かったわよ。でも一応聞かせなさい。何をするつもりなの?」
「…………リオン、お前ェはよ、神様とかってのに会った事あるか?」
「無いわね。悪いけど私、見えないものは信じない質なの」
「アタシは……会った。まァ自分でそう名乗ってるだけだったんだがな」
リオンは怪訝な顔でこちらを見る。
「何言ってんの?」
「信じてもらえねェとは思うがな、アタシは元々……こっちの世界の人間じゃねェンだ」
「は……?」
「アタシでも馬鹿みたいな話だと思うんだがな、元居た世界で一回死んだ後、その神様を名乗るジジイにこっちに無理矢理来させられたんだ。だからアタシはそいつをぶん殴ってでも、元の世界に帰りたいんだ」
「突拍子も無い話ね。出来の悪い昔話みたい」
「ハッ……違ェねェ」
それからリオンはしばらく黙ったままだったが、やがて口を開いた。
「でも……あんたがそう言うんなら本当なんでしょうね」
「あ?」
「あんたはそんなつまんない嘘つくタイプじゃないでしょ? むしろ、嘘つくのが苦手なタイプ」
自分の人間性を勝手に診断されているかの様で少し腹立たしかったが、疲れているからか言い返す気にもならなかった。
「だから嘘じゃない。そいつは本当に居る。きっとそうよ」
「へっ……信じないんじゃなかったのか?」
「ええ。神様なんて信じないわ。この世界が平等じゃない時点で、居ない事が確定してるんだもの」
リオンはアタシから顔を背け、アタシの右手に自分の左手を重ねた。その手は、とても戦場で生きてきた人間とは思えない程、美しかった。
「でも、あんたは信じられる。あんたの話は信じられる」
「……そうかよ。じゃあ好きにしろよ……」
「ええ。好きにさせてもらうわ。今までと同じ様にね」
アタシはそのままリオンの手から伝わる、どこか人間的ではない温もりを感じながら、オーレリア
が帰ってくるまで少し眠る事にした。




