第44話:八犬士 『義』
街に入ったアタシは違和感を感じていた。その違和感の正体がいったい何なのか検討も付かなかったが、確かに感じていた。
街にある建物は一つ残らず燃えており、街全体に凄まじい熱気が立ち込めていた。額からは汗が流れ落ち、呼吸をするのも難しい程のものだった。
やがてアタシは見覚えのある男が道に倒れているのを発見した。その側には、これまた見覚えのある少女が膝を付き、泣きじゃくっていた。アタシは駆け寄る。
「オイ!」
「君は……」
その男は、以前この街に来た時に出会ったマジシャン、真架伏議人だった。真架伏は震える手でアタシの腕を掴んだ。
「オイどうしたんだ!」
「駄目、だった……やっぱり……私じゃあ……」
「あ……?」
「あいつらは、この子の力を……望んでた。やっぱり私じゃ……守れなかった……」
こいつが何を言ってるのか分からない。確かオーレリアが、このチビ公からは強力な魔力を感じるとか言ってたが……。
真架伏の掴む力が強くなる。
「頼む……この子を、守ってくれ……」
「オイ、待て! 詳しく説明しろよ!」
更に詳しい話を聞こうとしたものの、真架伏は返事を返す事は無く、そのままアタシの腕から手を離した。
アタシはまだ泣きじゃくっている少女の方を向く。
「オイ」
「うっ……何で……」
「オイ、こっち向け」
アタシは少女の顔を掴み、こちらを向けさせる。
「いいか、アタシにはお前ェらに何があったのかは分からねェし、別に何か返す恩義がある訳でもねェ。でもな、目の前で泣いてるガキを放っとくってのは出来ねェンだ」
「師匠ぉ……師匠ぉ……」
少女はアタシの声など聞こえていないかの様に、真架伏の体を小さな手で揺さぶっていた。アタシは無理矢理手を掴み、立ち上がらせる。
「離して下さい! 穂も、一緒に師匠と……!」
アタシは穂と名乗った少女の頬を叩く。
「馬鹿言うんじゃねェ。こんなとこに居たら危ねェだろうが」
「でもっ……!」
「……アタシはな、そのおっさんにお前ェを任されたんだ。別にその約束を守る理由はねェが、無意味に死なす理由もねェだろうが」
アタシは涙を流し続けている穂の手を引き、他の生き残りが居ないか街中を探し回る事にした。
一通り探し回ったものの、他の住人はどこにも見当たらなかった。もう既に非難が済んでいるとしたらそれでいいのだが、どうにも違和感が付きまとっていた。
そんな中、以前マカイ市長と出会った役所の前に一人の男が立っているのが見えた。その男はニキタマ国で見た様な和服を着ており、この異常事態にも関わらず、酷く落ち着いた様子で立っていた。
「……あ、あの人……!」
「どうした?」
「あの人! あの人がっ、師匠を!」
どうやらこいつの反応からして、この街をこんな状態にした張本人はあいつらしいな。という事は、あいつも里見の人間か……。
アタシはその男に近付く。
「オイ、お前!」
「……来たか」
「どういうつもりだテメェ? テメェらの狙いはアタシだろうが。この街は関係ねェだろ」
男はゆっくりと振り向き、顔を見せた。その顔はこれだけの事をやった筈の人間にしては、どこか悲しげなものだった。
「……私には、通さねばならない義がある」
「何言ってやがる。その義ってのが、何の罪もねェ人間を殺す事か?」
「……すまない。君の言う事は最もだ。だが、私は里見一家、犬川義正。彼女に逆らう訳にはいかないんだ」
犬川は穂を指差す。
「その子をこちらに渡してくれ。そうすれば、君だけは見逃せる。見逃してあげられる……」
穂はアタシの後ろに隠れながらも相手の事を睨みつけていた。
「何でテメェの要求を呑まなきゃいけねェンだ? 通ると思ってんのかその要求がよ」
「……頼む。もうこれ以上、無用な犠牲は避けたいんだ」
「……下がってろ」
アタシは穂を後ろへと下がらせると、構えをとる。
「どうしてもって言うんならアタシを倒してからにしろ。出来るンならな」
「そうか……」
犬川は同じ様に構えをとる。
「なら……君も倒させてもらう」
「そうかい」
アタシは素早く駆け寄り、犬川の体に拳による連撃を叩き込んだ。しかし、全力で叩き込んだにも関わらず、犬川は一切意に介してる様子は無かった。まるで攻撃そのものが通っていないかの様だった。
すぐさま次の攻撃を打とうとした瞬間、アタシの体は目に見えない謎の力によって真後ろに吹っ飛ばされた。どこかを殴られた様な感覚は無く、体全体に満遍なく何かがぶつかってきた様な感覚だった。
「何、だ……?」
「賢い君なら今ので分かる筈だ。君は私には勝てない」
「やってみなきゃ分かんねェだろ。今までずっと無理通してきたんだ」
とは言ったものの、どうすればいいんだ……。もしこっちの攻撃が一切通らないとなれば、不利なのは圧倒的にこっちだ。この熱気に包まれた街で長期戦になれば、呼吸もしんどくなる……。そうなれば、本当に勝てなくなる……。
アタシは足元に落ちていた小石を拾いつつ立ち上がり、その小石を握りながら犬川へと攻撃をした。相変わらず何回攻撃しても一切通っていない様で、犬川は一切負傷していなかった。アタシは石を手に持ち、犬川の頭目掛けて全力で振り下ろした。しかし、普通なら致命傷にもなり得る攻撃であったにも関わらず、犬川は流血どころかビクともせず、逆に小石の方が砕けてしまった。
「何……!」
「無駄なんだ。だからあの子をこちらに渡してくれ」
アタシは砕けた石の破片を手の平に乗せながら犬川の顔に掌底を打ち込んだ。しかし、その攻撃も通らなかった。
アタシは一旦後ろへ飛び退く。
何なんだこいつは……。確かに攻撃自体は当たってた筈だ。今までもヤバイ奴らを相手に戦ってきたが、それでも攻撃が通らないという事は無かった。それなのに……何故攻撃が通らない?
「これ以上はどんどん消耗していくだけだ。諦めるんだ……」
「悪いがな……泣いてるガキを見捨てるなんてのは出来ねェンだよ。アタシは、そこまで大人じゃねェんだ……」
アタシは犬川の秘密を暴くため、再び攻撃をしようと駆け出した。しかし、途中で突然右足が何かで固定されたかの様に止まり、その場から動けなくなってしまった。
「何だ、何しやがった……!」
「……君は諦めが悪い様だ。だから、そこで止まっていてくれ。もうここで終わりにしよう」
そう言うと、犬川はアタシの横を通り過ぎ、後ろに下がっていた穂の方へと歩き出した。
何だ……何をされた? いったい何をどうすればこういう風になる……? 何をすれば人の足だけを止められる……?
アタシは何かヒントは無いかと周囲を見渡す。その時、ふと頭の中にある予想が生まれた。
そうだ……さっきから感じてた違和感はこれだ……。この街は、アタシが上陸する前から既に炎上していた。上陸してからは生存者を捜して穂と一緒に街中を回ってた。街が燃え始めてからもう結構な時間が経ってる筈だ。それなのに……どうしてまだ火が弱まってない……? 普通なら建物が完全に燃え尽きるなり崩壊するなりして、多少は火が弱まる筈だ。
「そういう事かよ」
「……何かな?」
「やっと分かったぜ。もうそれとしか考えられねェな」
アタシは穂に聞こえる様に声を張り上げる。
「穂ィッ!!」
「な、何ですかっ……!?」
「お前ェ確か相当強い魔力持ってんだろ!? だったらよォ! アタシとこいつに掛かってる魔法みたいなもんを解除出来るんじゃねェか!!?」
「え、わか、分かりましたっ……!」
穂がそう言った瞬間、アタシの足は突如自由になった。
確かレーメイは魔法を使う時、盟約がどうのこうのと言ってたな。多分あれは詠唱ってやつなんだろうが、穂はそれを言ってる様子が無かったな。それだけあいつは魔力が強いって事なんだろうか?
「なァ犬川、再戦と行こうぜ。今度は特殊能力なしの、マジの戦いだ」
「……なるほど。どうやら、犬川義正もここまでの様だね」
犬川はこちらへと振り向き、構える。
「いいだろう。最期に相応しい相手だ」
アタシ達は少しの間、互いに睨み合った後、同時に走り出した。
犬川の方がアタシの拳よりもやや速かったため、顔に拳が当たってしまったものの、怯む事無くそのまま殴り返した。
今のこいつの一撃で分かった。この犬川とかいう男は、戦い慣れてないんだ。犬塚や犬山と比べると明らかだ。攻撃に一切悪意や敵意、殺意が存在していない。相手を本気で殺そうという意思が無い。
アタシ達はお互いに防御をする事無く、体力が続く限り殴り続けた。最早体力勝負の様なもので、どちらの体が先に倒れるかという戦いになっていた。
数分間の殴り合いの果て、とうとう犬川の体が倒れた。その倒れ方は、足から力が抜けたかの様な倒れ方であり、完全に体力の限界に達していた様だった。いつの間にか、街を包んでいた炎も完全に消えていた。
アタシは犬川に続く様に、その場に座り込む。
「勝負……あったな……」
「ああ……そう、だな……」
「お前ェの能力……固定する能力なんだろ? この街が燃え続けてんのも、そういう事なんだろ?」
犬川は血塗れの顔で笑う。
「やはり君は……強いんだな……。ああ、その通りだよ。燃えてるのは見た目だけだ。街にある建物全てに見えない障壁を張ってある。炎そのものも障壁で包んで固定していた。内部は……無事だ」
どうやらアタシの予測は合っていた様だ。この街が燃え続けていたのも、固定されていたからだ。さっき吹っ飛ばされたのも足を固定されたのも、その能力だったという事だ。
「お前ェ、何であいつに能力を使わなかったんだよ? やろうと思えば出来た筈だ」
「無理だったのさ……私の能力は直接触らないと使えない。逃げ回られたら使えないんだ……。それに……仮に触れたとして、恐らく無意味だったんだろう。さっき彼女は、いとも容易く私の障壁を消し去った」
犬川は自嘲的に笑う。
「この任務を任された時点で……私の敗北は決定していたという事だ……」
こいつはきっと、根は悪い奴ではないのだろう。だとしたら、どうしてこいつは……。
「なァ、何で真架伏を殺したんだ? お前ェは……そこまで悪い奴じゃないんだろ?」
「彼は……君と同じで殺すように命令が出ていた……。理由までは分からないがね……」
「おかしいだろうが。ならアタシもさっさと殺せた筈だ。何でそうしなかった」
「……初めてだったんだ、人を殺したのは……。目の前で殺した訳じゃないが、心臓の動きを固定した。先は長くなかった筈だ。」
「……怖くなったってか?」
犬川はこちらに顔を向ける。
「情け無い話だがね……。もう、殺したくなかった……。結局のところ、私は……犬塚達の様な覚悟が無かったという事なのだろう……。そりゃあ負ける筈だな……平気で人を殺せる犬塚達が負けたんだ……そんな相手に覚悟の無い私が勝てる訳無い……」
「そうかよ……」
アタシは全身に走る痛みを何とか抑えながら立ち上がり、穂へと近付くと、手を繋いだ。
「アタシはもう行く。最後に答えろ。お前ェらの頭はホルンハイムに行ったんだな?」
「ああ。だが待て……最後に私に止めを差せ……」
「……それはアタシの役目じゃねェ」
穂に目を向けると、穂は少し前に出た。
「師匠は……言ってました。魔法は、人を傷つけるものじゃないって。だからミノリは、大好きな師匠の言い付けを守ります。きっと師匠は今でもそう言ってると思いますし……」
「……だとよ」
「フッ……完敗だな……」
「お前ェの処遇はこの街の人間が決めるだろ。アタシはもう行くぜ」
アタシは背を向け、その場を立ち去ろうとした。
「……ありがとう、喜瀬川」
「……お前ェがやり直す気があるんなら、他の奴らも悪いようにはしない筈だ」
アタシは今度こそホルンハイムに向かうために歩き始めた。家々からは少しずつではあるが、住人達が姿を見せ始めていた。
これなら……真架伏もすぐに見つけられるだろう。あいつはこのチビをずっと守り続けてきたんだろう。眠るなら……静かな場所がいい筈だ。
街から少し離れたアタシは、あれから黙ったままだった穂に話し掛ける。
「ホルンハイムに行く方法、知ってっか?」
「……え?」
「アタシはそこに行かなきゃなんねェンだ。大事な仲間が危ねェンだよ」
「だ、駄目です……! あそこは師匠やミノリを酷い目に合わせようとした人達が居るんです!」
真架伏は穂を狙っている存在の事を言ってた。最初は里見一家の事かと思ったが、もしかしてホルンハイムに居る人間の事なのか?
「どうしても行かなきゃならねェんだ。もちろんお前ェも連れてくぞ。真架伏から頼まれたんだからな」
「……その人は、そんなに大事な人、なんですか……?」
「……ああ。大事な奴だ」
穂は少しの間思案している様だったが、やがて決意を固めたらしく顔を上げた。
「分かりました。ミノリが連れて行きます。師匠も、魔法は人のために使えって言ってましたから!」
「……そうか。頼むぜ」
「はい! 未来の大魔法使いの力、よく見ていてください!」
そう言うと穂は、アタシの手を強く握り返した。次の瞬間、一瞬立ち眩みがしたかと思うと、周囲の景色がガラリと変わっていた。その場所は明らかにグリンヒルズでは無く、見た事の無い街だった。
「……は?」
「着きましたよ!」
「いや、ちょっと待て。……ここ、なのか?」
「はい。ミノリの魔法を使えば、ちょちょいのちょいですよ!」
驚いた……まさかこいつの力がここまでのものだとは……。どうやらオーレリアが言ってた事はマジだったみたいだな……。この力を手に入れようとしている奴が居るのも頷ける。
「じゃあ、ここがホルンハイムとかいう場所、なのか?」
「そうです! でも、気を付けなきゃです……まだ狙われてるかもしれませんから……!」
穂はアタシの手を握ったまま周囲をキョロキョロと見回し、警戒していた。しかし、街は至って平和なもので、とても危険そうな雰囲気は無かった。
「……とりあえず、港の方に行くぞ。知り合いが着いてる頃かもしれねェからな。案内してくれるか?」
「もちろんです! 未来の大魔法使いに任せてください!」
そう言うと穂はアタシの手をグイグイと引っ張り、自信に溢れた様子で歩き始めた。
この街には初めて来るし、これからどういう奴が襲ってくるか分からないが、一先ずはレーメイの治療とこのチビ公の安全確保が優先だ。何としてでも守らなくちゃいけねェ……。
アタシは自称未来の大魔法使い様に連れられて、港へと進んでいった。




