第43話:グリンヒルズ、炎上
医務室で休んでいたアタシはいつの間にか止んでいた砲撃音に気が付いた。寝ていたためいつ止んだのかは分からないが、リオン達による攻撃が終わったという事なのだろう。
そう考え、体を起こしたその時、部屋にレーメイを抱えたリオン達が入ってきた。レーメイは全身の筋肉に力が入っていないかの様にグッタリとしており、ピクリとも動かなかった。
医者はすぐさま椅子から立ち上がり、近付いた。
「容態は?」
「……分からないわ。多分何かの毒なんでしょうけど……」
アタシの体から血の気が引いていくのが分かる。
「お、オイ……何が、あったんだよ……?」
「……今回ばかりは謝るわ。ちゃんとあの時止めておくべきだった。こればっかりは私の責任よ」
リオンによってベッドに寝かされたレーメイの顔を覗き込む。
まるで眠っているかの様に穏やかな顔をしており、そこには苦痛といったものは微塵も感じられなかった。
医者はレーメイの瞼を開かせて瞳孔を確認したり、脈を計っていたが、やがてそれも止め、首を横に振った。
「悪いけど、僕には治せない。正直、見た事が無い症状だ」
「何言ってんだよ、お前ェ……」
「普通毒にやられたなら、何かしらの特徴が体に出る筈なんだ。でも、それがどこにも見られない」
「き、気ィ失ってるだけ、だろ……?」
「……そうであって欲しい気持ちは分かるけど、それは無いわ。私の目の前でこうなったんだからね」
思わずベッドのシーツを握り締める。
やっぱり、多少無理してでもアタシが行くべきだった……。そうすれば、少なくともこいつがこんな目に会う事は無かった筈だ。これは、アタシのミスだ……。
自分でも気付かない内に体は震え始めており、胸の奥はむせ返りそうな程熱くなっていた。そんなアタシの目の前にリオンが立つ。
「まだ助かる可能性はあるわ」
「……何?」
「あの船に乗ってた奴が言ってた。ホルンハイムに行けば治せるかもって」
それを聞いた医者が顔を向ける。
「あの街か……。可能性があるとすれば、グーロイネ先生かな?」
「誰だよそりゃ」
「今まで何人もの命を救ったという医者さ。もしかしたら、彼女なら治せるかもしれない」
グーロイネ……どんな人間なのか想像もつかないが、今は信じて進むしかないだろう。幸いにも行き先を変更しなくてもいい。今はゆっくりと休もう……。
少しの間沈黙が部屋を包み込んでいたが、それを破ったのは先程まで黙っていたオーレリアだった。
「キセガワ様」
「……どうした?」
「私は……どうするべきだったのでしょうか? あの時私はお嬢様のすぐ側に居りました。ですがこの様な結果になってしまいました。私はどうするべきだったのでしょうか?」
こいつはこいつで罪悪感を感じているのだろう。無理も無いか、こいつにとっては護衛対象みたいなもんだからな。
「別にお前ェのせいじゃねェンだろ?」
「ですが、あの時すぐさま盾になる等を行っていれば、少なくともお嬢様がこの様な事になるという事態は防げた筈です」
「私からも言うわオーレリア。あの時のあなたは何も間違えてなかった。相手の手の内が読めなかった私が原因よ」
オーレリアはレーメイの側にしゃがみ込み、顔を近づける。
「私は、お嬢様をお守りしてきました。まだお嬢様が物心つく前からです」
「……古い付き合いなんだな」
「はい。お嬢様は、当時まだ幼いながら、私の事を気遣ってくださいました。私はお尋ねしました。『何故その様に優しくされるのですか?』と。お嬢様はこう返されました。『皆が笑顔で居れるのが一番だから』」
オーレリアはレーメイの頬に手を当てる。
「オートマタである私には理解が出来ませんでした。人は何故笑うのか、何故怒るのか、何故悲しむのか。どれも『行動』を行う上では不要なものであると感じたからです」
「それは……お前ェの本心なのか?」
「……分かりません。ですがお嬢様が倒れた時、私の中で何か得体の知れないものが沸き上がるのを感じたのです。あれは、何なのでしょうか?」
こいつは今まで感情が何なのか分かっていなかったのか……。思い出してみれば、こいつが今まで感情的になっているところは見た事が無い様な気がする。
「ムカついたんだろ」
「それは即ち、『怒り』という事ですか? 怒りとは何なのでしょうか?」
医者が口を開く。
「人間の精神については、まだ研究が進んでいない。僕達が常日頃感じている感情はどの様な時に発生するのか、それすらも人によるからね」
「では『怒り』とは哲学なのですか?」
「単純な話よ。大切なものを傷付けられた時の感情」
オーレリアは黙ってレーメイを見つめ始める。すると、突然背中が開き、そこから金属で出来ている様な黄金の羽が姿を現した。その羽は微弱ではあるが電気を纏っており、触れるだけで危険な雰囲気を醸し出していた。
「オイ、何だよそれ……?」
「あいつが倒れた時、こうなったのよ。あの時のオーレリアは、私も本能的に近付くのが危険だと思ったわ」
考えてみれば、オーレリアはオートマタだ。これ位の機能が内蔵されていてもおかしくない。
その時、何やら上が騒がしい事に気が付いた。
「何だ?」
「……行きましょうキセガワ。里見の奴らかもしれない」
「ああ……」
立ち上がり、部屋を出ようとするアタシ達にオーレリアは声を掛けてきた。
「私も行きます」
「いや、お前ェはここに居ろ。そいつを、見てろ」
オーレリアからの返事を待たぬまま、アタシとリオンは甲板へと上がって行った。
甲板に上ったアタシの目に飛び込んできたのは、予想外の光景だった。
海の向こうに見えている街に火の手が上がっている。それも普通の街じゃない。一回行っているのだから忘れる筈がない。あそこは……グリンヒルズだ……。
「あそこは……」
「お前ェも知ってんのか?」
「名前だけね。あそこは平和な所って聞いてたけど……」
確かに、ちょっとしたゴロツキは居たが、他の国と比べれば平和だった気がする。
そうやって話していると、ヴィアベルの婆さんが近寄ってきた。
「派手に燃えてるね」
「どうなってんだありゃあ……?」
「フンッ……大方あんたを誘き寄せるためのもんだろうよ。悪趣味な……」
つまり里見一家はアタシが助けに行く事を想定して、そのためだけにグリンヒルズに火を放ったという事か。たった、それだけのために……。
「どうすんだい?」
「行くしかねェだろ。あそこには協力してくれてるマカイのおっさんも居るんだ」
「……私は行かないわよ」
アタシは婆さんの方を向く。
「アタシだけ行く事ァ出来るか?」
「グリンヒルズからなら、ホルンハイムへは陸路でも向かえる。ただ、徒歩は時間掛かるよ?」
「構わねェ。それよりも……」
アタシは婆さんとリオンの肩にそれぞれ手を置き、あの二人に一時的に任せる事にした。本来ならアタシが居てやるべきなんだろうが、グリンヒルズの住民を見殺しにする事は出来ない。
「ああ、しっかりと任されたよ」
「……死ぬんじゃないわよ」
二人に見送られたアタシは、リオン達が使ったというペスカ達の船へと乗る事にした。幸いな事に船には損傷が見られず、アタシ一人を乗せていくには十分だった。
そうしてペスカ達によってグリンヒルズへと辿り着いたアタシは何か妙な違和感を覚えながらも街の住人を救うべく駆け出していった。




