第42話:蝶の目覚め
オーレリアは無機質な瞳で犬江を見つめながら、ゆっくりと立ち上がった。
「お前、やっぱり人間じゃないんだねぇ?」
オーレリアの背中から生えてきた金属製の羽からは雷の様なものが放たれ始めていた。それに反応するかの様に、甲板に散っていた海水が浮かび上がる。
多分あれは魔力か何かを原動力にして発生させてる。あいつがどれだけ魔力を持っているのかは分からないけど、何かマズイ気がする……。
「オーレリア! 止めなさいよ! 余計な事はしないで!」
何とか止めようと叫んだものの、彼の耳には届いていないらしく、羽からの放電はますます激しくなっていった。
「……お前、俺を殺る気なんだ?」
犬江は懐から薬包紙の様な物を取り出すと、それに包まれていた粉を一気に飲み干した。
「教えてあげるよ。俺が何で八犬士随一、天才と呼ばれてるのかっ!!」
犬江は私でも肉眼で捉えるのが困難な程の速度で真っ直ぐに突っ込み、オーレリアの頭を掴んだ。
「俺はこの体に色んな耐性を持たせる薬を作る事が出来る! 死んだ人間すらも生き返らせる事が出来るんだよ! だからこそ誰にも負けないのさ!」
オーレリアは一切表情を変えないまま、犬江の頭を掴み返した。その目は相変わらず無機質なままだったが、どこか不気味さを感じさせるものがあった。
「……今まで私は、この体の強さは作られたからだと思っておりました。機械の体だからだと思っておりました」
「……?」
「ですが、今始めて気が付きました。私の強さは、戦える理由は、彼女にあったのです」
オーレリアは足元で倒れているレーメイに視線を向ける。レーメイはまだ意識を失っており、ピクリとも動かなかった。
「何が言いたい訳? 強さの秘訣が愛だとでも?」
「……残念ながら、私には『愛』というものがどんなものなのか理解は出来ません。ですが、今現在確かな事は、あなたを排除する事です」
「ハハッ! じゃあやってみなよ! この俺に適うとでも!?」
その瞬間、オーレリアの体から眩い光が発生し、自身と犬江の体を包み込んだ。私は眩しさのあまり、少し目を背けてしまう。そのせいではっきりとは見えなかったが、あの光の中で何が起こっているのかは理解できた。
「があああぁっぁぁああああああぁああぁぁぁあ!!?」
光の中から犬江の悲鳴が響き渡り、人体が焼ける様な匂いがし始めた。どうやら犬江はオーレリアの力を侮っていた様だ。あいつはずっと今まで力をセーブし続けていた。誰にも感づかれない様に……いや、もしかしたらあいつ自身も気付いていなかったのかもしれない。
やがて光が弱まり、二人が姿を現した。
犬江は全身が黒焦げになっており、その体からは力が抜け落ち、絶命している様に見えた。オーレリアは無機質な瞳で犬江を少し見つめたかと思うと、そのまま甲板の外、海へと投げ捨てた。よく見ると背中の羽は雷の様なものを纏っており、まるで蝶の様に美しく輝いていた。
私は操縦桿の方を見る。そこには犬江から『犬坂』と呼ばれていた袴を着た女が腰を抜かしていた。犬坂はこちらの視線に気が付いた様で、情けない声を上げながら這う様にして逃げようとしていた。
オーレリアは飛翔するかの様に犬坂の下に移動すると、犬江と同じ様に頭を掴み、持ち上げた。私は歩いて二人に近付く。
「あああああっ!!? たす、たっ、助けて!?」
「……今から質問を行います。宜しいですか?」
「こ、答えたら助けてくれ、ますか……?」
「……それは答えによります」
オーレリアは後ろを振り返る。
「お嬢様の意識をすぐに回復させてください」
犬坂は大きく息を乱しながら大量の汗を流す。
「え、えっとその……」
「答えによっては犬江様と同じ事になるという事をよく覚えておいてください」
「ああ、あ、あの……あ、あれは……犬江さんが、作った特殊な毒薬で……解毒薬がないと、治せないというか……」
「……それはあいつが持ってたのかしら?」
「い、いえ……犬江さんはいつも解毒薬とかは作ってませんでした……。で、ですから、私には治し方が分からないと言いますか……」
犬江はあの毒薬を使う時に失敗する事がないという確固たる自信があったのだろう。だから解毒薬なんてものは作らなかった。普通なら愚かとしか思えないが、その愚かな行為が今は恐ろしい程に牙を剥いていた。
「何か心当たりは?」
「痛い痛い痛い!! まま、待ってください! 里見様、里見様が言ってたのを思い出しました今!」
「何ですか?」
「ハァハァ……あの、ホルンハイムに錬金術師が、居るって……言ってました……」
「……それは、本当ですか?」
「は、はい……そうです」
オーレリアは何やら考えている様だったが、やがて体からの放電を強くし始めた。私は触れなくなる前にオーレリアの腕を掴む。
「離しなさい」
「申し訳御座いませんが、リオン様には私に対して命令をする権限が御座いません」
私は犬坂を掴んでいるオーレリアの手を無理矢理解いた。
「……あいつが、この事聞いたらどう思うか考えてるの?」
「……何がですか?」
「あいつは……あの子は、あんたが自分のために人を殺したって聞いたら、絶対傷付くわ」
「……既に犬江様を殺害しています」
「そうね。でもあれは正当防衛として成立するわ。でもこれはどう? 無抵抗の人間を殺そうとしてるのよ?」
オーレリアは黙ったまま背を向け、レーメイの方へと歩き始めた。
私は犬坂の方へと振り向く。
「た、助けてくれます、よね……?」
「……あいつはね」
私は腰を抜かしたままの犬坂の顔を掴むと、そのまま持ち上げた。
「ああああっ!? あっ、あっ!?」
「さっき犬江にも言ったと思うけど、あんた達は雇われる傭兵としてのルールを破った。理解出来るわよね?」
「ま、待ってください! あ、あれは犬江さんが言い出した事で!」
私は握る力を強くする。
「ああああああぁあっ!?」
「誰が言ったかは関係ないのよ。あんた達はルールを破って、私を敵に回した。ただのそれだけよ」
……折角だ、こいつからならこいつらのリーダーの居場所が聞けるかもしれない。
「一つだけ聞くわ。あんた達のリーダーはどこに居るの?」
「い、言えません……こ、殺されちゃいますよぉ……」
「よく頭使って考えなさいよ。あんた達のリーダーは、自分の命張る程、値打ちのある人間かしら?」
犬坂は最早過呼吸としか思えない程呼吸を乱していたが、やがて唾を飲み込み、体を震わせながら口を開いた。
「い、言えば助けてくれますか?」
「……考えとくわよ」
「ほ、ホルンハイムです! そこに向かってます! 私達はそこに着くまでの足止めを頼まれてて、それで……!」
そこまで聞いたところで、私は犬坂の頭を強く握った。骨がグシャグシャに砕ける感覚が手から伝わり、犬坂は嬉しそうな表情をしたまま鼻から流血し、絶命した。
私は犬坂をその場に寝かせ、まぶたを閉じさせる。
「これが、私からの情けよ。苦しまない様にしてあげたわ」
今までにもこうやって人を殺した事はある。一瞬で脳を破壊する。それが私が使える唯一の苦しませないで殺す方法だった。
「……あの世でゆっくり休みなさい。あんたには……この残酷な世界は向いてなかったのよ」
そう……犬坂は向いてなかった。恐らく彼女は海戦の実力や策士としての能力を買われたのだろう。だが、向いていなかった。才能と正確が反比例していた。……私とは違って。
私は立ち上がり、オーレリアの下へと近付いた。
「帰るわよ」
「……お嬢様は、治るのでしょうか?」
「……知らないわよそんなの。でも、見た感じまだ息はある。急げば間に合うんじゃない?」
「……そうですね」
オーレリアは立ち上がると、両手を空に向け、電撃で出来ていると思われる光球を空に打ち上げた。恐らくペスカ達への合図なのだろう。
「……リオン様、私は先程、自分でもよく分からない感覚で動いておりました。自我は確かに存在しており、操られていた訳ではありません。あれは何なのでしょうか?」
「……感情でしょ。大切な人を傷付けられた怒り、とかじゃない?」
「それはありえません。マスターは仰っていました。オートマタは感情を持つ事は無い、と」
……随分と悪趣味な奴だ。自我を持っている時点で感情は生まれるに決まっているというのに、こいつを都合よく利用するために嘘を言っているのか。
「……そう。なら私にも分からないわね」
「そうですか」
これに関してはこいつが自分で気付くしかないだろう。私がどうこう言ったところで、無意味な気がする。
私達はキセガワ達が乗っている船の後ろから小船がこちらに向かって来ているのを見ながら、ただ佇んでいた。




