第41話:八犬士 『仁』 『智』
私はこのスバルと呼ばれている少女が使っているという船に乗り、遠くに見える敵戦艦へと向かっていた。
いったいいつぶりだろうか……金ではなく、自分の目的のために戦う事を選んだのは……。
「えっと、リオンさんだよね? どの位まで近付けばいいの?」
「……その時になったら言うわ。あんたはスバルと一緒に船を動かす事に集中しなさい」
オーレリアの方へ目線を向ける。
確かこいつはオートマタだった筈だ。見た目には私と同じ様に人間にしか見えない。恐らく一般人には見分けがつかないだろう。……そう、こいつも……多分、あいつに作られた……。
「どうかされましたか?」
「……別に。何となく見てただけよ」
視線を逸らし、オーレリアの隣に居るレーメイを見る。
私の記憶が正しければ、確か彼女はトワイライト王国のお姫様だった筈だ。私とは違って綺麗な服を着ていて、明らかな身分の差を感じる。
「……何ですか?」
「何?」
「さっきからこっち見て……何か言いたい事でもあるんですか?」
どうやら彼女は私の事をあまりよく思ってはいない様だ。それも当たり前だ。私は……あいつ、キセガワを刺したんだ。ただ傭兵としての仕事を最後まで遂行するために。
「あんた……何でこんな所に居るのよ? 一国のお姫様ともあろう者が、こんな旅に……」
「あなたには……関係無いです」
「そう」
どうやら相当嫌われているらしく、レーメイはこちらを睨みつけている。
まぁ……別にどうでもいいか……。
「オイ! 近くなってきたぜ!? どうすんだ!」
スバルの声を聞き、振り返ると、敵船が近くなっていた。
私は甲板を見上げ、敵を確認する。しかし、中央に集まっているからか、ここからは敵の姿は確認出来なかった。
「このまま横付けして。そこからよじ登る」
「ま、マジかよ……!」
「行くよスバル!」
ペスカとスバルは船を加速させ、どんどん船へと近づけていった。
私は呼び出された時にオーレリアから渡された日本刀を腰のベルトに差し、額当てを身に付ける。
「リオン様、我々はどのようにして上れば良いのでしょうか?」
「……悪いわね」
私は船が停船すると同時に船の床を蹴り、跳び上がった。そのまま敵船の船壁を掴むと、一気に腕の力を増大させ、体を甲板へと持ち上げた。
彼女達には真似出来ない筈だ。キセガワはあいつらを守ろうとしてた。あいつらがどうなろうと知った事ではないが、もう……子供が死ぬのは見たくない……。
船上を見渡すと、何人もの船員達が居たが、そのほとんどが戦い慣れしていない様に見えた。しかし、明らかに二人だけ違う様に見えた。
「あれぇ~? 生きてたんだ?」
船員達の中で一番若いと思われる男が笑いながら近付いてくる。着物を着崩しており、腰には脇差を差していた。
「……ええ。悪いけど、結構しぶとい方なのよ」
「だってさ!」
男が操縦桿の方を見ると、そこにはこの場には似つかわしくない女が立っていた。女は震える体を抑える様に操縦桿を握り締め、怯えた様な目でこちらを見ていた。
「い、いい、犬江さん……だ、大丈夫なんですよね?」
「犬坂ちゃん俺の事信じてないの? 八犬士随一のこの俺を?」
私はオーレリアから預かっていた剣を抜く。
「あんたがどれだけ強いのかは関係ないわ。どこの出身なのかもね。だけど、裏切りの報いは受けてもらう」
「裏切り? 何言ってんのさ? 俺達は最初っから、里見の人間だよ?」
「バフラムに雇われたでしょ、私と同じでね。傭兵の世界にもルールはある。例え普段は敵同士でも、同じ雇い主に雇われたのなら、仲間として戦う。それがルールよ」
犬江は笑いながら脇差を抜く。
「ハハ! 知らないよそんな事。それってさぁ……剣士ちゃんの考えでしょ?」
「……そうね。それじゃあ……」
私は甲板を蹴り、近くに居た船員に一瞬で近付き、切り伏せる。
「私の考えに従って、あんた達を殺す事にしたわ」
「そっか。それじゃあ、お仲間さんも殺していいんだよね?」
そう言われて振り返ると、オーレリアがレーメイを小脇に抱えて甲板へと上がってきていた。
「お待たせしました」
どうやら私はオートマタというものを少し過小評価していた様だ。彼らオートマタにとっては、これ位の事は大した負荷でもないのだろう。
「リオンさん、あなたが何で私達を置いていこうとしたのかは分かりませんけど、私達も戦いますから」
「……前にレナスで会った時も思ったけど、あんた達みたいな子供が首突っ込むべきじゃないよ」
「申し訳御座いませんリオン様。お嬢様をお守りするのが私の使命ですので、ここで撤退するという選択は存在しておりません」
こういう人間は説得しても無駄だろう。今までにこういう人間を戦場で何度も見てきた。そして……何度も別れてきた。
「……助けないからね」
「当たり前です!」
犬江は脇差を構える。
「結論は出た? 死ぬ準備は問題ない?」
「ええ、結論が出たわ。やっぱり皆殺しよ」
「へへっ……俺を殺せるって思ってるの? 今まで完全に無敗のこの俺を?」
剣先を犬江に向ける。
「思ってるわ。そしてあんたの無敗伝説は、今後誰にも語り継がれる事は無い」
私は甲板の一部を破壊してしまう程の力で蹴り、一気に犬江との距離を詰めた。犬江はすぐさまその動きに反応し、後ろへ軽く飛び退きながら脇差を投げ付けてきた。
飛んできた脇差を避けるとそのまま後ろへと飛んでいったが、オーレリアはそれをいとも容易く掴んだ。
「そっちの子も少しはやるんだね?」
「お褒めに預かり光栄です、犬江様。提案致します。ここで戦闘を止めては頂けませんでしょうか?」
「話し聞いてなかったの? 君らも死ぬんだよ」
私はなるべく早くケリをつけるために剣を振るい続けたが、犬江は全く焦る事無く攻撃を避け続けた。
最初は口だけかと思ってたけど、こいつは本物かもしれない……。私みたいな戦闘目的で作られた人工物とは違う、純粋な生まれついての天才……神童……。
私は剣を握っている右腕に力を集中させ、力任せに横にある帆柱を切りつけた。特に特殊な加工などはされていなかったからか、帆柱は簡単に切断された。私はそれを掴む。
「……っと。それやる?」
「オーレリアッ!!」
「はい。畏まりました」
オーレリアがレーメイと共に屈むと同時に私は体全体の筋肉の力を増大させ、思いっきり振り回した。犬江は余裕そうな表情のまま飛び上がり、操縦桿の所へと移動したが、他の船員達は反応が遅れたからか、全員帆に当たり、海へと吹き飛ばされていた。あの操縦桿が少し高い位置にあるため、帆柱はその下の足場に当たり、動きを止めた。
「い、犬江さん……!?」
「アハハハハハ!! 面白いねぇ剣士ちゃん! こんな戦い方する人初めて見たよ!!」
「そう。なら最期にいいもの見れて良かったじゃない」
「最期? 最期になるのはそっちじゃない?」
犬江は操縦桿の近くにあった手摺を手刀で破壊し、その破片をこちらに投げ付けてきた。破片は鋭く尖った部分をこちらへ向けたまま恐ろしく正確に飛んできていた。しかし、破片はその場で突如焼け落ちた。
振り返ると、レーメイが手を伸ばしていた。
「へぇ……それさぁ、魔法って……言うんだっけ?」
「……ええ。あなたみたいな悪い人を倒すための力です」
犬江は操縦桿の足場に突き刺さっいる帆柱の上に立つ。
「でも、俺には無意味だよ。そんな力が無くても、俺は無敵なんだ」
「……盟約を結びし火の精よ。我が前に立ちはだかる障害を取り除くべく、その業火を再び我が身に授け給え……!」
レーメイは呪文を唱えた後、大きく腕を振るい、犬江に対してうねる様な炎を飛ばす。すぐに炎に包まれ犬江の姿が見なくなったが、私には見えていた。あいつはレーメイが自分の姿が見えなくなるタイミングが分かっていて、わざとあの魔法を撃たせたんだ……。
私は甲板を殴り、拳をめり込ませると腕を振り上げ、レーメイの目の前に甲板の破片を飛ばした。しかし、炎の影から現れた犬江は防御しながら破片を数個掴むとこちらへ投げ返してきた。私はすぐさま剣を振るい破片を切り落としたが、犬江は既にレーメイのすぐ前に迫っていた。レーメイは犬江の予想外な動きに驚いている様で動けなくなっていた。
しかし、私が動く前にオーレリアがレーメイの前に躍り出て、レーメイへと迫っていた拳を右手で受け止めた。
「……人間じゃないんだね?」
「犬江様、もう一度警告致します。お止めください」
「俺に命令するんだ? 俺よりも弱い癖に?」
そう言うと犬江はオーレリアの脇腹に膝蹴りを入れ、手が離れると同時に後ろへと飛び退きながら口から何かを吐き出した。かなりの速さで吐き出されたため、レーメイ達には見えていない様だったが、あれは明らかに何かの針だった。
その瞬間、レーメイは体の力が抜けるかの様にその場に力無く崩れ落ちた。
「レーメイッ!!」
「……お嬢様?」
犬江は燃え盛る帆柱を背に笑う。
「ハハハハハハッ!! これで分かったでしょ!! お前らは! 俺に! 勝てないんだよ!!」
オーレリアはレーメイの体を小さく揺さぶった後、静かに立ち上がると犬江を見上げた。
「あなたには……」
「うん?」
「あなたには、報いを受けて頂きます」
オーレリアの背中からは黄金色に輝く、機械製の羽の様な物が生えてきていた。




