第39話:海路を阻む者
港へと辿り着いたアタシの目の前には丁度船に乗り込もうとしているレーメイ達の姿があった。
アタシは足の痛みを抑えながら二人へと足早に近付いた。
「間に合ったか……」
「あ、キセガワさん! 良かった……」
「ああ……ヴェリタを運ぶぞ、貸せ……」
アタシがヴェリタの肩を組もうとした瞬間、ヴェリタの腕がアタシの腕を掴んだ。
「待って、くれ……」
「オイ、喋るんじぇねェ。すぐに医者のとこに運ぶ」
「無理だ……それより、止めて、くれ……頼む……」
ヴェリタはアタシの腕を力強く掴むと引き寄せた。
「な、何だ……!?」
「ホルン、ハイム……だ、あそこに……あいつらは……い、行こうと……!」
そこまで言ったところでヴェリタは血を吐き、糸が切れた人形の様に動かなくなった。
「離せ」
アタシはレーメイとオーレリアにヴェリタの体を離させると、その体を抱き抱えた。
恐らくヴェリタは、もう気付いていたんだろう。自分の命が長くないだろうという事を。実際、アタシも気付いていた。クナイが刺さっていたあの位置、あれは心臓の位置だった。本来ならもう死んでいてもおかしくはない程の傷だった。むしろ、即死じゃなかったのが不思議だ。
「……行くぞ」
「き、キセガワさん……その人……」
「……ああ」
アタシはヴェリタが命懸けで伝えてきた情報を無駄にしないためにホルンハイムに向かう事にした。そのため、まずはヴィアベルの婆さんに事を伝える事にした。
ヴェリタを抱えたまま広間に行くと、こちらを見た婆さんとヴォーゲは酷く驚いた様子だった。
「……どうしたんだい、それ」
「……事情は後で話す。ホルンハイムに向かってくれ」
「母さん」
「ああ、分かったよ」
ヴィアベルの婆さん達はただ事ではない事を察してか、船員達に指示を出し始めた。
指示が終わったのを見届けたアタシは事情を話す事にした。
「……そういう事かい」
「ああ。こいつには、悪い事しちまった……」
「……ヴォーゲ」
「はい」
「こいつの故郷を調べといてくれ。ちゃんとした場所に埋葬してやろう」
「……ええ」
アタシはヴェリタの体をヴォーゲに預けると、一旦傷を治すべく、医務室へと歩き出した。オーレリアはアタシが持っていたあの二人の遺品を預かり、レーメイを連れて先に自室へと戻っていった。
医務室へと辿り着いたアタシが中に入ると、あの医者とリオンが向かい合って座っていた。
「怪我、してるね。そこに座って」
「ああ……」
医者は立ち上がると近くの棚から何やら取り出し始めた。
何となく視線を向けると、リオンと目が合う。
「……何だよ」
「あんたもそういう怪我するのね?」
「何が?」
「火傷でしょ? 歩く時の足の動かし方見ればだいたい分かるわよ」
リオンは座っているベッドの上を動き、こちらに近寄ってくる。
「んだよ……やろうってか?」
「まさか……もう狙う理由も無くなったしね?」
「あ? どういう事だよ?」
「私は完全に利用されてたのよ……里見の人間にね。都合のいい捨て駒よ」
リオンは自嘲的に笑い、手首を回す。
「おかげで酷い目にあった……。海には落ちるし、あんたと一緒に無人島生活だし……」
リオンからは完全にこちらに対する敵意や殺意が無くなっていた。どうやら依頼者に裏切られてのが相当堪えたらしい。
戻ってきた医者はアタシのズボンを捲くり、火傷の治療を始めた。痛くはあったが、今までにあってきた目に比べれば大した事のない痛みだった。
「それで? ニキタマ国なんでしょ? ここ」
「ああ、もう出発してるがな」
「どこへ?」
「……ホルンハイムとか言う所だ」
一瞬リオンの目が微かに揺れた。
「何しに行くの……」
「お前ェを裏切った里見の奴等がそこに向かってんだと」
「何あんた、じゃあまさかその傷……」
「ああ……あいつらとやりあった」
リオンは更にこちらに近寄る。
「あんた……止めときなさいよ。あいつらは洒落になんないわよ」
「お前ェらしくもねェじゃねェか?」
アタシが馬鹿にした様に笑うと、リオンは怒るでもなく、ただ真面目な顔をしていた。
「あんたも分かるでしょ? あいつらは人を殺す事に躊躇しないのよ? それこそ、平気で他人を裏切る」
「お前ェが言うのか? 傭兵やってたお前ェがよ」
「……私は契約は守るわ。だけど、あいつらは……」
「今更だろ。命狙われてンだ。いつかはやりあわなきゃなんねェ」
リオンは近くの棚に置いてあった薬を呑む。
「……あんた、あいつらを守れるの?」
「誰を?」
「あの二人よ。レーメイ・トワイライトにオーレリア。真面目な話させてもらうけど、あの二人は絶対足手まといになるわ」
それはそうだろう。元々この旅が始まった時は、ただ泥棒を捕まえればいいと思っていた。だが蓋を開けてみれば、この状態だ。あの二人に正直向いていない。
「かもな」
「なら、止めておきなさい」
「でもどうしようもねェンだよ。あいつらはあのガキ共の命も狙ってる。ここで下手に逃がしたら逆効果だ」
アタシは左腕に付けていたブレード付きの篭手を外し、リオンの側に置く。
「これ返す。悪かったな勝手に使って」
「ど、どうしたのよ」
「……お前ェがそいつ使ってあいつらを守ってくれねェか。お前ェなら大丈夫だろ」
リオンはこちらを睨む。
「馬鹿にしないでくれる? 私は仕事でやってんのよ。あんたの私情は挟めないの」
「金ならオーレリアが持ってる。それでどうにかしてくれ」
リオンが勢い良く立ち上がる。
「いい加減にしてよ。何なのよあんた。前に戦ったときはそんなんじゃなかったじゃない。強かったあんたはどこに行ったのよ!」
「リオン君、静かにしてくれるかな? ここは病室だ」
医者に言われるがまま、リオンは静かに座る。
「とにかく引き受けられない。あいつらはあんたが守りなさい」
「……そうか」
それ以降、リオンは口を開かず、アタシも何を言うべきなのかが分からなくなり、二人揃って黙りこくってしまった。
果たしてアタシにあの二人が守れるだろうか? 今までは何とかやってきたが、リオンが言っていた様に里見の連中はマトモな奴等じゃない。どんな手を使ってくるか分からないし、いつ襲ってくるかも分からない。今までで一番戦いにくい連中だ。
治療を終えたアタシが医務室を出ようとすると、リオンが篭手をこちらに放り投げてきた。顔は向こう側を向いており、どんな表情をしているのかは分からなかったが、アタシはそれを受け取り、自分の部屋へと戻っていった。
部屋に戻るとレーメイがこちらに走り寄ってきた。
「き、キセガワさん……あの……」
「何だよ、どうした」
「里見って何なんですか? どうしてキセガワさんの命を狙ってくるんでしょうか……?」
アタシはベッドへ移動し、腰掛ける。
「知らねェよ。だがな、お前ェらも狙われてるみてェだぞ?」
「みたいですね……あのイヌヅカっていう人に阻まれた時にそんな感じの事を言われました」
オーレリアが口を開く。
「明確な理由は不明ですが、やはり口封じが妥当かと考えています」
「口封じ?」
「はい。憶測ですが、彼らが『黎明』を盗んだのだとすれば、我々の様に追跡してくる人間は邪魔な筈です。そうなれば、早急に始末しようとするでしょう」
オーレリアは憶測として話したが、恐らくそれが理由なのだろう。『黎明』には物事の始まりを司る力があるという話が本当だとすれば、奴等は何かをしようとしていて、それを邪魔しようとするアタシ達を邪魔臭く思っているのだろう。
「恐らくですが、もう既に次の刺客を送り込んでいるのではないかと」
そう言った瞬間、船が大きく揺れ、船員達の叫び声が聞こえた。
「何だっ!?」
「き、キセガワさん、これって……」
「あ、ああ。バフラムの時と同じだな……」
アタシはまだ少し痛む足を動かし立ち上がった。
「行くぞ。婆さん達と合流する」
アタシ達はこの襲撃から逃れるために、甲板に移動する事にした。
甲板に着くと、あの時と同じ様に婆さん達が立っていた。他の船員達は各々の配置に付き、敵への反撃準備を行っていた。
「婆さん」
「何やってんだい、今は寝てな」
「冗談か? こんな状態で寝れるかよ」
左舷から見ると、遠くに一隻の船が移動しており、こちらに砲撃を仕掛けてきていた。
アタシ達は身を屈める。
「どういう事だよ? 一隻だけか?」
「……気を付けな。一隻だけで海戦を仕掛けるなんてどう考えてもおかしい。正気じゃないよ」
「キセガワ様、恐らくですがあの船はバフラム様と戦闘を行った時に居た船と同一の物と思われます」
オーレリアが言っている事は疑い様がないだろう。あの戦いでバフラムの艦隊は全滅した。残っていたのは、あの裏切った船だけだ。
だが問題はどうやって倒すかだ。相手は以前の戦いでこっちの戦い方を知り尽くしているだろう。向こうがどんな手を持っているのか分からない上に、まだシップジャーニーの住人達の避難済んでない様に見える。
「……婆さん、まずは他の奴等を撤退させろ。このままじゃ巻き込まれる奴が出る」
「退避命令は出してるよ。だが……攻撃が激し過ぎる。今下手に動けば間違いなく被弾する」
レーメイが婆さんに尋ねる。
「あ、あの……おかしくないですか? 相手は私達を殺そうとしてるんですよね? なのにどうしてこんなやり方するんでしょうか?」
「……足止めだろうな」
「足止め?」
「ああ。犬塚達と戦って気付いたが、あいつらは随分と自分の力に自信を持ってる。つまりだ、あいつらはこうやって足止めをして本隊が現地に向かう時間を稼いで、その後でアタシらを殺すつもりなんだろう」
とはいえ、このままここでジッとしていてもジリ貧になるだけだ。本隊は倒せないにしても、せめて足止めをしているあれだけは止めなくては……。
「婆さん、バフラムを呼べ」
「何?」
「たまには他の奴の意見も重要だろ。あいつならこの状況、どう切り抜けるか聞くんだ」
婆さんは顎を触りながら少しの間迷いを見せたが、やがてヴォーゲに指示を出した。
「ヴォーゲ、バフラムを連れてきな」
「し、しかし母さん!」
「状況が状況だ。最も避けなきゃならないのは全滅だよ。……急ぎな」
「……はい」
ヴォーゲはあまり納得はしてなさそうではあったが甲板から降り、バフラムの元へと向かっていった。
アタシはオーレリアに話し掛ける。
「オイ」
「何でしょう」
「医務室にリオンが居る。あいつも呼んで来てくれ」
「畏まりました」
オーレリアは何も反論をするでもなく、甲板を降りていった。
レーメイは困惑した表情をしながらアタシに尋ねてきた。
「どういうつもりですか? あの人達、信用出来るんですか……?」
レーメイの気持ちも分からなくはなかった。どちらも敵だった訳だし、現在もそこまで友好的という訳ではない。だが、今この状況を切り抜けるには、可能な限り使える戦力を集める必要がある。相手の能力が未知数な以上、油断は出来ない。
「レーメイ……信用出来るか出来ないかじゃねェ。『信用する』んだ」
「……信用、する……」
アタシ達は敵船からの攻撃を何とか凌ぎつつ、戦力達の集合を待つ事にした。




