第35話:ニキタマ国上陸
自室に戻ったアタシは篭手を外し、ベッドに腰掛けながら観察をする事にした。
構造は前にも見た通りだ。だが、こんな物を本当に作る事が出来るんだろうか? アタシはこういう物を作ったりした事は無いが、何となく不可能な気がする。それに気になるのはオーレリアのあの発言だ。『親近感がある』ってのはどういう意味だ? 物に親近感を抱くものか?
そんな事を考えていると、レーメイが話し掛けてきた。
「キセガワさん、どうしたんですか?」
「ん、いや……オーレリアが言ってた事が気になってな……」
「親近感の事ですか?」
「ああ。……話せないんだろ?」
オーレリアにそう言うと、オーレリアは視線をこちらに向けた。
「……申し訳御座いません。どうしてもお話出来ません」
やはり無理な様だ。あいつには発言に制限が掛けられている。そう考えていいだろう。
「んー……何で話せないの?」
「お嬢様、例え貴方様であってもお話出来ません」
オーレリアは『リオンと自分は同じ出自かもしれない』と言っていた。だとすると、やはりリオンもこいつと同じ様に誰かに作られたって事だろう。しかし、あの医者が言っていた事を考えると、リオンがオートマタとは思えない。ならあいつは何だ……?
アタシはオーレリアに尋ねる。
「なァオーレリア、お前ェに聞きたい。お前ェはあのリオン……オートマタだと思うか?」
オーレリアはしばし沈黙した後、口を開く。
「……私の意見を申し上げますと、リオン様はオートマタでは無いと思います」
どうやらこれは制限に引っ掛からないらしい。
「じゃあ何だ?」
「……そうですね。推測ですが、リオン様はホムンクルスなのではないでしょうか?」
聞いた事も無い言葉だった。レーメイも知らない様で、ピンと来ない顔をしていた。
「その……ホムンクルスってのは何だ?」
「……申し訳御座いません。それに関しては機密情報です」
その部分が機密情報か……。つまりこいつを作った奴は、その技術を知られるのを恐れてるのか? だとしたら、その技術を知られる事によって発生する不利益は何だ?
その時、船中に鐘の音が響く。
アタシは立ち上がり篭手を再び装着する。
「着いたんですかね?」
「かもな。思ったよりも早かったな」
「キセガワ様、行きますか?」
「ああ、行くぞ」
アタシ達は部屋を出ると、船の出口へと向かっていった。
出入り口から外に出ると、シップジャーニーの住人達によって足場が架けられている最中だった。
足場を架け終わるまで待っていると、後ろから声を掛けられる。
「キセガワさん」
「……ヴォーゲか。どうしたんだよ」
「いえ……ここまで来ておいてこんな事を言うのも何ですが……本当に行かれるのですか?」
ヴォーゲの表情は真剣なものだった。
「どういう意味だよ」
「この国、ニキタマ国は普段から領土を巡って内戦を起こしているのです。正直、今まで行ったどの国よりも危険です」
アタシは前を向き、町の様子を見る。
見たところ、想像していた通りの国だ。アタシが住んでいた国、日本と同じ……いや、江戸時代か幕末を思わせる街並みだった。まさに教科書で見た昔の日本だ。まァ……昔は領土を巡って合戦してたらしいしな……内戦ちゃあ内戦か。
「心配ねェよ。ここで生まれたんだ。生き方はよく知ってるさ」
アタシは咄嗟に嘘をついた。彼らにまで本当の事を言う必要は無いだろう。
目の前で足場が架け終わり、住人達は商売の準備を始めていた。
「行ってくる。それと、ちょっと頼まれてくれるか?」
「何でしょう?」
「もしも何かあったら……アタシを置いて逃げろ」
「……何故ですか?」
「アタシの事を殺そうとしてる奴がいる。そいつらはアタシを殺すためなら手段を選ばねェだろう。現にバフラムとの戦いの時、仲間のリオンまで巻き込んで殺そうとした。あいつらは……そういう奴らだ」
「……分かりました。ですが、可能な限り無茶はしないでください」
「ああ」
アタシはただそれだけ返事を返すと、レーメイとオーレリアの二人を連れて足場を渡り、ニキタマ国へと入っていった。
ニキタマ国へと入ったアタシ達は情報収集も兼ねて、食事を摂る事にした。
通りには八百屋や魚屋、乾物屋などの見慣れた商品を並べている店が沢山並んでいた。特に何か争い事が起こっている感じも無く、至って平和な所だった。
「初めて来ましたよ……こんな国なんですね」
「ああ……日本によく似てる」
「キセガワさんが居た世界の日本もこんな感じだったんですか?」
「もっと発展はしてる。ただ、歴史の本で見たんだよ、こんな風だったってな」
アタシはとりあえず空腹を満たすために近くにあった店を適当に選んだ。
「ここにするか」
「ここは?」
「『うどん』って食いモンの店だ。オーレリア」
「はい」
アタシが呼び掛けると、オーレリアは店の前に立っている呼び込みに近付いていった。どうやら意図を察してくれたらしい。
「申し訳御座いません。少し宜しいでしょうか?」
「はいはい! 何でござんしょ!」
「この硬貨はこちらの店舗で使用出来ますか?」
オーレリアは懐から金が入った袋を出し、呼び込みに見せていた。
「ええ、ええ。問題ないですよ! お一人様で?」
「いえ、三人です」
アタシは問題が無い事が分かり、レーメイを連れて近付く。
「おやおや異国からのお客様で!」
「ああ、アタシは違うがな。席開いてるか?」
「ええ、ええ。ささ、どうぞこちらに!」
呼び込みはアタシ達を店の中へと案内し、席に座らせた。
しかし、まさかあの金が使えるとは……いったいどういう事だ? この世界は貨幣が統一されてるのか?
「あの、キセガワさん。私、『うどん』っていうのは食べた事が無いんですけど、何を頼めばいいんでしょう?」
レーメイは壁に貼ってある商品名を見ながら悩んでいた。
「気になるもん頼めばいいだろ。食えなかったらアタシが食う」
「え、えぇ……でもそれだとちゃんとお腹が満たされない様な……」
「……そん時はアタシのやるよ」
オーレリアは品書きを見ていたが、しばらくするとこちらを向いた。
「キセガワ様、私は決まりました」
「え、オーレリア決まったの? 何?」
「『きつねうどん』というものが非常に気になります」
「き、きつねっ!? き、きつねを……食べるの?」
どうやら何か勘違いしているらしい。
「……言っとくが、それ別にきつねの肉が入ってる訳じゃねェからな?」
「あれ? そうなんですか……?」
「きつねっていうのはこの場合、油揚げの事だ」
オーレリアは少し沈黙した後、口を開いた。
「なるほど。私の記録の中に『油揚げ』に関する情報がありました。大豆を使って作ったものなのですね?」
「ああ」
「ど、どういう食べ物なんですか?」
「まァ後で一口食ってみりゃあいいだろ。お前ェはどうすんだよ」
レーメイは品書きの方を見ながらあれこれと唸っていたが、ようやく決めた様でこちらに振り向いた。
「えっと……じゃあ『たぬきうどん』にしてみます……!」
さっききつねがああだったから、これも大丈夫だろうと踏んだのだろう。まァ大丈夫だとは思うが……。
アタシは店主に声を掛け、注文をした。
「きつね、たぬき、海老天」
「はいよぉ!」
店主は元気良く返事をすると麺を茹で始めた。
アタシはなるべく視線だけを動かし、周囲を観察する。恐らくだが、リオンが言っていた『里見』とかいう連中はもうアタシがこの国に入っている事に気付いているだろう。シップジャーニーが急に国に入ってきた訳だし、怪しんでいる筈だ。
店内の客達は各々食事をしたり会話したりしており、明らかな敵意を向けている様な奴は見当たらなかった。
しかし、『里見』というのはどういう連中なんだろうか? リオンと同じ様に傭兵業をやっている連中だろうか? それとも、また別の何かか……?
そんな事を考えていると店主が机の上にうどんを置いてきた。
「はい、お待ち!」
「あ、ああ。悪ィ」
レーメイは初めて見るうどんを身を乗り出しながら見ており、オーレリアは割り箸を弄っていた。
「これが……たぬき……」
「まァ多分食えると思うぜ? そんなに変わった味じゃねェし」
「……キセガワ様、これはどう使うのですか?」
「ああ、貸してみろ」
アタシは割り箸を受け取ると二人の前で割って見せた。それを見た二人は見様見真似で箸を割った。
「これをこう挟むんだ」
「挟む……」
「なるほど」
オーレリアは初めてにしては上手く箸を使っており、器用さを見せたが、レーメイの方は慣れていないためか上手く使えず、少ししか挟めていなかった。
「オーレリア上手いね……」
「いえ、それほどでは御座いません」
そんな二人を他所に、アタシは周囲を横目で見ながらうどんを啜っていた。
その時、一人だけ妙な動きを見せる人間が視界に入った。その男は一瞬だったがアタシと目が合い、その後すぐに目を逸らしていた。この二人が外国人だからというのもあるかもしれないが、だとしたら一瞬目が合った事に気付いたのは怪しい。アタシは怪しまれない様に顔は動かしていなかった。普通なら気づかれない筈だ。だというのに、さっきの反応は明らかにおかしい。
男は席を立ち、勘定を払い、店を出ようとしていた。
アタシは逃がすまいと急いで席を立ち、男に近寄る。
「キセガワさん?」
後ろからレーメイの声が聞こえたが、今は立ち止まるべきでは無い。説明している時間も無い。
アタシはすでに出口まで移動していた男の肩を掴む。
「オイ。あんた……何モンだ?」
男はこちらへ振り向く。顔には刀傷と思われる傷が斜めに入っており、その表情の厳つさや大柄な体、そして腰に差した日本刀と脇差からして、明らかに堅気ではない雰囲気を漂わせていた。
「何だ……急に?」
「とぼけんじゃねェよ。アタシが気付かないとでも思ったか? さっき目ェ逸らしたよな? 普通なら気付かない様に見てたのによ? お前ェ……堅気じゃねェな」
店の中がざわめいている。
「ちょ、ちょっとお客さん! 止めてくださいよ、こんな所で!」
店主は慌ててこちらへと駆け寄り、アタシ達を引き離そうとした。
「ここじゃなきゃいいんだな?」
アタシが店を出ると、男もそれに付いてきた。店の中の客達は中から様子を伺っている。通りに居た者達もアタシ達二人から距離をとり、様子を伺っていた。
「それで……お前は何がしたい?」
「単刀直入に聞くぜ? お前ェ……『里見』の人間だろ?」
男は腰の日本刀に手を掛ける。
「……気付いていたか。なら、ここで始末しても良さそうだな」
まんまと引っ掛かった。アタシはただカマを掛けただけだ。もしここでこの男がしらばっくれたりしたら、きっと見抜けなかった。だが、この男はまんまと引っ掛かり、喋ってくれた。
アタシは念のため篭手に付いているリングを小指にはめ、いつでも戦える姿勢をとった。
「キセガワさんっ!」
「お前ェらはそこでジッとしてろ!!」
アタシ達の周囲の人間はこれから起こるであろう戦いをまるで見世物でも見るかの様に見守っていた。




