第34話:作られた身体
医務室を出ると、オーレリアが立っていた。
「居たのか」
「はい。用事はもう済まされましたか?」
「まァ、今はまだどうしようもなさそうだ。それより今は飯だ」
「承知致しました。御供致します」
そう言うとオーレリアはアタシの後を付いてき始めた。
しかし……あの女、『体の構造が違う』か……。先天的なものじゃないとすると、考えられるのは手術みたいなもんだよな。だが、この世界にそんな技術があるんだろうか? あっちの世界じゃ、骨折の治療のために骨を固定するボルトを入れたりはするが、骨を増やしたり筋肉を増やしたりは出来ない。だからといってこっちでも出来ないとは限らないが……。
そんな事を考えていると、レーメイが話しかけてきた。
「あの、どこに行くんですか?」
「ああ、ちょっと腹が減ったからな。前に飯食った所でも行こうかと」
「え? でも今、船動いてますよ? 足場とか架かって無いんじゃ……?」
……アタシとした事が情けない。すっかり忘れていた。そうだ、あの足場は停船してる時にしか出ていないんだった。……無人島生活が身に付いちまってるな、これは。
アタシは足を止め、振り返る。
「どうしたんですか?」
「……戻るぞ」
「え?」
「忘れてたんだよ……。クソ……馬鹿みたいだぜ……」
仕方なく食事は諦め、先程の医務室へと足を運ぶ。
まァ、また停まる時があるだろうし、その時にでも食えばいいだろう。別にどうしても今じゃなきゃ駄目って訳じゃねェンだ。
二人を引き連れてアタシは医務室へと入る。
「おや? 早かったね?」
「……ああ、まァな。それで? そいつはどうなんだ?」
「とりあえず、気付け薬を呑ませておいた。体の傷も大したものじゃないし、ただ気を失ってるだけさ」
アタシは近くの棚に入れてある瓶に何か既視感を覚える。
いったいあの薬、どこで見たんだったか……。
「そういえば君、その腕に付けてるのは何だね?」
医者はアタシの左腕を指差す。
「あ、それ私も気になってました」
「ああ、これか。そいつが付けてたモンだ。暴れられたら困るから取っといた」
オーレリアがアタシの腕を掴んだ。
「少し、見せて頂いても宜しいですか?」
「あ、ああ?」
アタシは腕に付けていたブレード付きの篭手を外し、オーレリアに渡す。
「失礼します」
オーレリアは篭手を受け取ると顔を近付け、観察し始めた。相当細かい所まで見ている様で、顔が篭手に引っ付きそうになっていた。
「不思議な武器だね?」
「ああ、アタシも初めて見たんだ」
「私も初めてです。どうやって使うんですか?」
「あそこにワイヤーみたいなのが繋がってるリングがあるだろ? あれを小指にはめて手首をこう逸らすと刃が飛び出る仕組みだ」
アタシの説明を聞いたオーレリアがリングを引っ張ると、それと同時に刃が飛び出した。
「お、おい! 危ねェだろ!」
「申し訳ありません。少々気になったもので」
「ねぇオーレリア? あなた何をそんなに真剣に見てるの?」
オーレリアは一瞬篭手に視線を落とした後、レーメイの方を向く。
「……いえ、何か不思議な感覚がしたもので」
「不思議な……?」
「はい。どこか親近感の様な、そんな感じがしたのです」
いったい何を言ってるんだこいつは。確かにこいつは機械人形かもしれないが。ただの物に親近感を覚えるってのはどういう事だ? 今までそんな事一度も無かった筈だが……。
「ありがとうございました。お返しします」
「あ、ああ」
「オーレリア、親近感って言ってたけど、何をどう感じたの?」
「……申し訳御座いません。その情報は第1級機密情報です。お答えする事は出来ません」
久しぶりにこいつの口から聞いた言葉だ。確か、自分の生まれた場所について聞かれた時にもこういう事を言ってた気がする。だとすると、こいつの製造者に関係してる事なのか?
「それは……お前ェの意思か?」
「質問の意味が理解出来ませんが」
「とぼけてんじゃねェよ。機密情報って言ってるが、それはお前ェの自分の意思で隠してんのかって言ってんだ」
オーレリアは眉一つ動かさず、無機質な瞳でアタシを見つめてくる。
「……申し訳ありません。それについて話す権限が私には無いのです」
どうにもおかしい。もしかするとこいつは話そうとしないんじゃなくて、話せないのかもしれない。こいつの性格を考慮しても、嘘をつくタイプの奴じゃない。恐らくこいつの製作者がこいつの発言にロックを掛けているのだろう。
「……そうか。分かったよ。じゃあ聞かねェ」
アタシはこれ以上の追求は無意味だと考え、それ以上聞くのを止める事にした。
その時、ベッドから唸り声がする。
アタシはすぐさま篭手を付け、いつでも対処出来る様に身構える。
「皆そいつから離れろ。アタシの後ろに来い」
その言葉を聞いてレーメイとオーレリアの二人は言う事を聞いてくれたが、医者はただそこに座っていた。
「オイ! 耳クソ詰まってんのか! 下がれって言ってんだろ!」
「大丈夫だよ。僕は医者だ。患者の側から離れるわけにはいかないよ」
直後、リオンが目を開き、上体を起こすと辺りを見回した。
「ここ、は……?」
「やあ、起きたかい? ここはシップジャーニー。海の上の街さ」
リオンと目が合う。
「キセガワ……」
「お目覚めか。言っとくが、こんな所で暴れんなよな? また海に落っこちる事になるぜ」
リオンは今までとは違い、どこかボーっとしている様子で、あまり敵意などは見られなかった。
もしかしたら、今がチャンスかもしれない。これだけ大人しい今なら、聞きたい事を聞き出せるかもしれない。
アタシは構えを下ろし、尋ねる。
「リオン、聞きてェ事がある」
「何……?」
「お前ェはバフラムに雇われたんだよな?」
「ええ……」
「あの場所にもう一部隊、雇われた奴等が居たよな?」
「うん……」
「そいつらの名前は?」
思い出そうとしているのかリオンは黙り込み、その場に居る全員で見守った。
しばらくすると、リオンはようやく口を開いた。
「里見……」
「何? 里見?」
「ニキタマ国、から来たって……里見、雇われ……」
やっぱりそうか。レナスの国王が殺された時に現場にクナイが残されていた。あの時はあくまで予想でしかなかったが、どうやら当たりらしい。
その『里見』とかいう連中はアタシの事を邪魔に思ってる。だから他の奴等を巻き込んででも殺しに来たんだろう。
「どんな顔だったか覚えてるか?」
「……顔?」
リオンは虚ろな目でこちらを見つめてくる。
「そいつらの顔だ」
「……あれ? 何で、見た筈……確か、リーダーは女で……いや、男? でも女? ……顔、何だっけ?」
妙だな。さっきまでの反応を見るに記憶が混濁しているという訳では無さそうだ。それだというのに何故か顔について聞かれた途端に発言が自信無さ気になった。これはどういう事だ? そいつらは顔を覚えられない様に魔法か何かしていたのか?
リオンはふらふらとしており、これ以上は聞いても有力な情報を得られそうに無かった。
「分かった。もういい」
「僕からもいいかな?」
そう言うと、今度は医者がリオンに尋ねた。
「君の出自について教えて欲しいんだけどね?」
「私の……出自?」
「うん。君の体は普通じゃない。どうしてそうなったのかとかを聞きたいんだ」
リオンは自分の体を触り始める。
「作られた……他にも沢山…………私の姉妹……でも、私と妹だけが、残った……」
どうやらこの医者が言っていた様に先天的なものでは無かった様だ。いや、それどころかアタシが考えていた以上の事情らしい。
作られた……人体を作ったという意味なんだろうが、そんな事が可能なのだろうか? もし仮に人体を人工的に作る事が出来たとして、その魂はどこから来た? 人間の体はたんぱく質で出来てる訳だし、そこはまだ可能かもしれないが……形の無い魂はどこから引っ張ってきた?
オーレリアが口を開く。
「リオン様、どこで製造されたか覚えていらっしゃいますか?」
「どこ? どこだっけ……深い深い森の奥……人が居なくて……私達は逃げ出して……私は失敗作で……あの子だけが、拾われて……寂しい……寂しい……寂しい……寂しい……寂しいよ……一人に…………しないでよ……」
どうやらその妹とか言うのが重要そうだな。こいつと同じ様な力を持った人間が他にも居るという訳だし、そいつを探し出せれば、こいつがどこで作られたのかが分かるかもしれない。
医者がこちらを見る。
「悪いけど、今日はここまでだね。どうにもまだ落ち着いてないらしい。薬の副作用もある」
「副作用?」
「うん。あの気付け薬は動悸を抑えたりしてくれるけど、アルコールに近い反応を見せる患者が時折居るんだ」
「酔ってるって事か?」
「そうだね。物事を隠せなくなってしまう。自分を隠せなくなってしまうんだ」
さっきからリオンがふらふらとしていたのはそういう事だったのか。どうにも今までのこいつらしくないと思ってはいたが……。
これ以上ここに居ても仕方が無いと感じたアタシは二人を連れて部屋に戻る事にした。
その時、リオンがアタシの服を掴む。
「お、オイっ!」
「待ってよ……行かないで……私は、ここに居るよ……戻ってきて……お姉ちゃんはここに居るよ……」
どうやらその妹とやらと勘違いしている様だ。こいつが毎回呑んでいたのがあの薬と同じものだとすると、こいつは毎回こうなってたのか……。
「悪いがアタシとお前ェはそういう関係じゃねェ。離せ」
アタシは若干の罪悪感があるものの、リオンの手を振り解き、部屋の外に出て行った。
部屋の外に出ると、オーレリアが話しかけてきた。
「キセガワ様、私は自信の出自について情報を解禁する権限を持っていませんが、他の方の情報を話す事には制限が掛かっていません」
「……どういう意味だ」
「私の推測では、リオン様は私とほぼ同じ出自を持っているものと思われます」
そう言うとオーレリアは前を向き、喋らなくなった。
これはこいつなりのヒント、自身の体に掛かっている制限への必死の抵抗なのだろう。こいつにとっても制限は邪魔なものなのだろう。これはオーレリアからのSOSなのかもしれない。だとしたら、それを見逃す訳にはいかない。助けを求めいるなら、助けてやるべきだろう。
「……ああ、分かった」
アタシはただそれだけの返事をし、自室へと戻っていった。




