第33話:再会
ヴィアベルの婆さん達が乗っている船はようやく島に到着し、木で出来たスロープを下ろしてきた。
「キセガワさーーーん!!」
久しぶりにレーメイの声が聞こえ、少し心が安らぐ。
アタシは脱いでいた上着を着ると、まだ意識を失ったままのリオンを背負い、スロープを登る。
搭乗したアタシを最初に出迎えたのはレーメイとオーレリアだった。
「キセガワさん! あぁ……良かった……」
「お帰りなさいませ。御無事でしたか」
「ああ、何とかな。おいガキ、泣くなよ」
レーメイは声を抑えてはいたものの、目からは涙を流していた。
「だ、だって……き、キセガワさんが乗り込んだ船が爆発、して……し、死んじゃったかもって……」
やはり心配を掛けてしまっていた様だ。どうしようもない状況だったとはいえ、ここまで心配させていたとは……。
アタシはレーメイの頭を撫でる。
「……悪かったよ。とはいえ、不可抗力だった訳だし、しゃーねェだろ?」
レーメイはただただ涙を流し、返事は返さなかった。
そういえば、あっちの世界に残してきてしまった妹弟子の小幸もよくこうやって泣いてたな……。あいつはこいつ以上に寂しがりやな奴で、こうやって撫でてやらないと泣き止まなかったな……。あいつは今どうしてるだろうか? 泣いてはいないだろうか? どうか元気で居て欲しいが……。
そうしていると、オーレリアが背中を覗き込む。
「キセガワ様、そちらの方はレナス襲撃の際に居た方では?」
「あ? ああ、こいつな。あの船に乗ってたんだよ。バフラムに雇われてたらしい」
「なるほど。何故気絶しておられるのですか?」
「あー……まァ話せば長くなるな。それについては後でまとめて話す。婆さんは居るか?」
「ええ。いらっしゃいますよ」
「そうか。じゃあちょっと先に行って話があるって言ってきてくれねェか」
「畏まりました」
オーレリアはアタシに背を向け、船内の奥へと歩いていった。アタシはレーメイの頭から手を下ろす。
「さ、いつまでも泣いてんなよ。まだ事は終わってねェンだ」
レーメイは何も言わず、アタシの上着の裾を掴んだ。
……いつもなら怒るところだが、まァ今回だけはこのままにしといてやろう。心配させちまったのは事実だし、アタシの責任でもあるしな……。
服を掴んだままのレーメイを連れて、アタシはいつもの広間へと歩いていった。
広間にはオーレリアとヴィアベルの婆さん、そしてヴォーゲが居た。いつもの顔触れで少し安心感を覚える。
「よお、久しぶりだな」
「全く……肝が冷えたよ……。よく無事だったね?」
「ああ、近くに島があって良かったぜ。無かったら今頃お魚さん達の仲間入りだ」
軽く冗談を言ってみたが、誰も笑わなかった。
ヴォーゲが真面目な表情で返す。
「……笑えませんよ」
「本当だよ。冗談としては笑えないね」
「悪かったよ……」
アタシはあの島での事を話すため、謝っておいた。
「それでだ……あの島での事なんだがな」
「ああ、その背中に居るお嬢ちゃんと関係あるんだろ?」
「おう。こいつはレナスを襲った時にも居た雇われの兵士らしい。今回はバフラムに雇われたらしいが……」
婆さんは顎を触り始める。
「……そいつぁ変だね」
「どういう事だ?」
「あいつを捕まえて尋問したんだが、あの戦いで雇っていたのは船は二隻だけだと言ってた。だとしたらおかしくはないかい? あんたを倒すためとはいえ、仲間ごと撃つかい? 普通」
人によって様々としか言いようが無いが、確かにおかしいな。何故リオン達が乗っていると分かっていて撃ったんだ? 分け前を奪うためか?
「確かに妙だな。バフラムは今どうしてんだ?」
「今は牢屋に入れてる。他の生き残った船員と一緒にね」
「会いに行ってもいいか? 詳しく聞く必要がある」
「ああ。ヴォーゲ、案内してやりな」
「はい。こちらです」
アタシは付いていく前にリオンを降ろし、オーレリアに渡す。
「オイ、こいつを医務室に運んどいてくれ。それと、可能なら縛っておけ、暴れたらヤバイからな」
「畏まりました。……お嬢様、一人では少々困難ですので手伝っては下さいませんか?」
レーメイはアタシに引っ付いたままでオーレリアに返事をしようとしなかった。その様子を見た婆さんは気を利かせて近くに居た船員を呼ぶ。
「オーレリアを手伝ってやりな。一応気を付けるんだよ」
「はっ!」
船員はオーレリアと一緒にリオンを支え、医務室へと歩き始めた。
アタシは二人を見送り、待ってくれていたヴォーゲの所へと歩く。
「悪い、待たせたな」
「いえ、行きましょう」
アタシは引っ付いたままのレーメイを連れてヴォーゲの後へ付いていった。
アタシ達は船の下層を歩いていた。周囲には大砲や火薬が入っていると思われる木箱が置かれていた。その周りでは船員達が各々の作業を行っていた。
「こうなってたんだな」
「ええ。一応火薬を使ってるんで触らないで下さいね」
流石のアタシも火薬を触ろうという気は無い。うかつに触って爆発とか洒落にならない。あんなのはもう沢山だ。
そうして更に奥へ行くと、下へと降りる階段があった。どうやらこの下にもまだ階層があるらしい。今まではこの辺りには来た事が無かったから知らなかったが、この船は外見以上に大きい様だ。
その階段を下った先には牢屋が並んでおり、アタシがトワイライト王国で投獄された時の事を思い起こさせた。
「ここです」
ヴォーゲが立ち止まった牢屋の中を見ると、囚われている者達の仲にバフラムの姿があった。鎖に繋がれていたりはせず、ただ牢屋に入れられているだけといった感じだった。
「バフラム! オイ!」
アタシが声を掛けると、バフラムは静かに顔を上げる。
「……君は、いつぞやの……」
「ちょっと聞きてェ事がある」
「何だね……」
「お前ェが雇ったとかいう奴等の事だ。名前言えるか?」
「……話す義理は無い」
その言葉を聞いた瞬間、レーメイが鉄格子に掴み掛かり、見た事も無い様子で叫んだ。
「ふざけないでください!! あなたのせいで! キセガワさんが死ぬところだったんですよ!? 話さないなら、ここで殺します!!」
アタシはレーメイを自分の所に引き寄せる。
「……お前ェは黙ってろ」
「話してくださいよ!! 本気ですよ! 本当に殺しますよ!!?」
どうやらレーメイは冷静さを失っている様だった。
仕方なくレーメイの頬を叩く。その音は静かな下層に響き渡った。
「き、キセガワ、さん……?」
「……『殺す』なんて言葉を使うな。それは、軽々しく使っていい言葉でじゃねェ」
「で、でも……」
「いいか? 人を殺せるだけの覚悟がねェ奴が言う言葉じゃねェんだ。脅しで使う言葉じゃねェ」
レーメイは何も言わず、静かにアタシの後ろに下がった。
「……バフラム、お前ェの言い分も最もだとは思うぜ。だがな、お前ェが隠す必要あるのか? あの同士討ちは明らかに想定してなかったんだろ?」
バフラムはふらつきながら立ち上がるとこちらに近寄ってきた。
「……確かにそうだ。私はただ彼女を、あの人を倒す事が目的だったんだ。だが……雇ったあいつらが裏切りを起こした」
「どういう事だ?」
「あいつらは……何か目的があったみたいだ。私達は、それにまんまと利用されたって事だ」
「何なんだ、その目的ってのは?」
「知らない。だが、もう一つの雇われ部隊を襲った時の事を考えると、君が目的だったのだろう。君を殺し、もう一つの部隊を殺し、そして雇い主である私達も殺す。そうやって目撃者を皆殺しにする寸法だったのだろうな……」
やっぱり、アタシが狙いだったか。まァ、この証言が聞けりゃあ十分だ。大方、どこの奴が攻撃してきたのかは検討がついてる。
「そうか。それだけ分かりゃあ十分だ。じゃあな」
「待て。私はどうなる……このまま生かしておくなら、いっそ殺してくれ。囚われの身など、海軍の恥だ」
アタシはバフラムに背を向ける。
「……それに関してはヴィアベルの婆さんに任せる。だがな、そんな簡単に命を捨てようとすんな」
アタシはその場をヴォーゲに任せ、レーメイを連れて階段を上り、いつもアタシ達が使っている階層へと戻っていった。
アタシはリオンの様子を確かめるため、医務室へと向かった。彼女にも聞いておかなければいけない事がある。
医務室に入ると、ベッドに寝かされているリオンと医者と思われる初老の男が居た。
「あんたは……」
「ああ、顔を合わせるのは初めてかな? 傷の調子はどうだい?」
「この傷を治してくれたのはあんただったか。悪かったな、医者先生」
「いいさ。それより、この子だが……」
「ああ、こいつに話がある。まだ目を覚まさねェか?」
医者は首を横に振る。
「まだだね。それよりもちょっと気になる事があるんだ。いいかな?」
「何だ?」
「彼女を触診した時に気付いたんだが、少し体の構造が違う様なんだ」
そういえば、レナスで会った時もこいつには何か違和感を感じた。
「どこがどう違うんだ?」
「詳しい事は省くけど、一部の骨が多かったり、筋肉の量というか、配置がおかしいんだよ」
「それは……どうなるんだ?」
「生命活動に問題は無い。ただ、人間離れした動きを出来るかもね? あくまで僕の予想だけど」
それを聞いたレーメイが口を開く。
「キセガワさん、それって……あの動きの事じゃないですか?」
「ああ。そうだろうな」
「心当たりがあるんだね?」
そうだ……あの異常な速度での移動、身体能力……心当たりがあり過ぎる。だが、一番の問題は何故そうなっているのかだ。生まれつきなのか、それとも後天的なものか……。
「どうやったらそうなるんだ?」
「少なくとも生まれつきではないね。ただ、こうやって人の体を部分的に改変する方法が思い浮かばないな。少なくとも、一般的に知られてる技術だったら再現出来ないかな」
何となくだが、嫌な予感がする。こういう事を出来る技術がこの世界にはあるという事だ。いや……そういう事を出来る人間が居るという事だ。
アタシはベッドの上で意識を失っているリオンを見る。
こいつをこういう風にした奴の目的は不明だが、何故ここまでしたのだろうか。ただ人を殺す兵器が欲しいなら、自我を持っている人間なんかよりも普通の兵器を作った方がいい筈だ。
とにかく、今のままではリオンに聞きたい事も聞けない。これ以上はここに居ても仕方が無いだろう。
「そうか……。それについてはそいつが起きてから聞いた方がいいかもな」
「そうだね。その方がいいかもね」
「悪いが、アタシはちょっと出てくる。しばらくしたらまた来る」
「そうかい? じゃあ待ってるよ。傷が痛んだら言ってね?」
「ああ」
アタシは久しぶりにちゃんとしたものを食べるため、医務室を出て食事処へと向かっていった。




