第32話:漂流、そして錯乱
突如胸が焼ける様な痛みと共にアタシは目を覚ました。
周囲を見ると辺り一面が青色であり、すぐに海中だという事に気付いた。近くにはリオン達が乗っていた船と思われる船の残骸が散らばっていた。
アタシはもがく様にして水面へと上がり、顔を出すと共に激しく咳き込みながら体内に入った海水を吐き出した。
周りを見渡したもののヴィアベルの婆さん達が乗っている船やバフラム達の艦隊の姿はどこにも無かった。
「ハァ……ハァ……クソが……」
アタシは一旦落ち着くために船に乗っていた時に確認していた島へと泳ぎ始めた。幸いな事に距離はそこまで離れておらず、周囲には船の残骸が散らばっていたという事もあってか、そこまで苦労する事は無かった。
何とかして浜辺に辿り着いたアタシはリオンにやられた傷が沁みて痛み始めた事に気付き、側に彼女が居るにも関わらず仰向けに倒れ込んだ。
「……生きてたか」
「……ええ」
アタシは近くに流れ着いていた瓶を覗き込み、中に何か入っていないか確認したが、何も入っていなかった。何故か笑いがこぼれてしまう。
「フッ……大ピンチだよな?」
「どうすれば、いいのよ……何であんな……」
リオンは仲間から撃たれたという疑問のせいでまだ少し混乱している様だった。
「あの船とお前ェらは味方じゃなかったのかよ?」
「私は……バフラムに雇われただけ、よ……。あの船に乗ってるのが誰なのかは知らない……。多分、私と同じ様な雇われの傭兵でしょうね……」
だとしたら、アタシを狙ってきてる奴がいるって事か。あの攻撃から考えるにアタシだけが狙いなのだろう。リオンは死んでても生きててもどちらでも良かったのだろう。
「これから、どうしたら……」
「ハッ、お前ェらしくもねェじゃねェか。さっきまでとは大違いだな」
「私に船を造る技術なんか無い……仲間も、もう、ない……」
アタシにも船を造る技術なんてものは無い。だが、仲間は居る。今はあいつらを待つしかない。
アタシは立ち上がり、浜辺の置くに広がっていた林の方へと歩き始めた。
「ちょ、ちょっと! どこ行くのよ!?」
「あ? 考えりゃ分かンだろ。どうするかは腹を膨らませてからだ。植物が生えてるって事ァ、何かしらの生き物が居るって事だろ」
植物の見た目からしてこの辺りは温暖な気候と見て間違い無い様だ。確信は持てないが、こういう形の植物が熱帯に生えてるというのをテレビか何かで見た事がある。
とはいえ、どんな生物が居るか分からない。そもそもここはアタシが居た世界とは違う世界だ。あの巨大魚の件もある。未知の生物が居る可能性も否定は出来ない。
アタシはなるべく足元や木の幹に注意しながら、少しずつ奥へと進んでいった。後ろから気配がする。
「……何で付いてくんだよ」
「こ、この状況は協力するべき、でしょ……?」
「驚きだな。お前ェからそんな言葉が出てくるなんてな。夢でも見てんだろうかな?」
アタシのちょっとした挑発にリオンは何も反応を示さなかった。今までのリオンなら間違いなく殺しに掛かってきただろうに、最早それだけの余裕も無いという事なのだろう。
「い、いい? 私が持ってるこのブレードはまだ壊れてない……動物を捌いたりするのに使えるわ……」
「そいつは心強いな。間違ってアタシを捌くなよ」
「……っ……分かってるわよ」
仕方が無い。この状況、こいつと協力するしかないのだろう。まあ少しすれば迎えが来るだろうし、のんびり待つとしよう。どうせ一人じゃ満足に移動出来ねェンだし。
こうしてアタシとリオンの共同生活が始まる事になった。
共同生活が始まってから、アタシ達は食料を確保しながら島の中を探索して周った。
島の中にはいつ造られた物なのかは分からないが、何かの遺跡の様な物があった。随分古い物なのか所々破損しており、近くには小さな滝つぼが存在していた。遺跡の内部からは見た事も無い器具やフラスコを思わせる器具が見つかった。試しにリオンに聞いてみたりもしたが、何に使われていた遺跡なのか知らないとの事だった。
それ以外には特に怪しいものは見当たらず、生物もアタシが知っているものからかけ離れているものは居なかった。問題なく、狩猟出来る生物達だった。
しかし、最初は何とか共同生活が上手くいっていたものの、遭難5日を過ぎた辺りからリオンの様子が段々おかしくなっていった。
アタシがいつもの様に海岸で蟹を獲っていると、後ろからリオンが近付いてきた。そして近くに置いていたアタシが獲っておいた貝を抱える様に奪い取った。
「……リオン、またかよ」
「だ、だだ、黙り、なさい! こ、これは私のなの! 私、の!」
アタシは溜息をつきながら立ち上がり、リオンの方に振り返る。
「食いもんなら、他にいくらでも見つかる」
「う、嘘よ! あなたが獲り過ぎてるから、わ、私のが、無いんだ!」
酷い言いがかりもあったもんだ。一応今までも獲った食料は分けてやってた筈だ。独り占めした事なんて一度も無い。
「今なら気の迷いって事で許してやる。早くそれ返せ」
アタシが手を伸ばしながら近付くと、リオンは近くに落ちていた流木を掴み、投げ付けてきた。
当たらない様に顔を傾ける。
「離れろっ! わ、私の! 私のなの! お、おお、追ってきたら、ころ、殺す、からっ……!」
リオンは貝を抱えたままフラフラした足取りで林の奥へと走っていった。
もうこれ以上はリオンも限界なのかもしれない。今までは何とかやってこれたが、これ以上はもう良好な関係は築けそうに無い。
アタシはリオンの暴走を止めるべく、後を追って走り出した。
後を追っていると、突然踏み出した右足が少し沈みその直後足に蔦が絡まり、転倒してしまった。
これは小動物を狩るために作っておいたくくり罠だろう。とりあえず、あり合わせの材料で作ったため構造は単純でそこまで締める力は強くないが、今みたいに見えにない場所に置かれていると反応が遅れてしまう。
「あの野郎……こういうのを仕掛ける知性はまだあるんだな……」
独り言を言いながら何とか罠を外す。もしもこれがワイヤーを使ったくくり罠だったら、今頃足に大怪我を負っていただろう。
「オイ! 隠れてねェで出て来いよ! まだ許してやる!」
声を張り上げリオンを呼んでみたものの返事は無く、鳥達が羽ばたく音が響くだけだった。
「クソ……助けようと思ったのが間違いだったか」
アタシはあいつが恐らく向かったであろう遺跡へと向かう事にした。あそこなら雨風が凌げるし、隠れる場所が多い。拠点としても使っていた事から考えて、あそこ以外に向かうとは思えない。
アタシはポケットに入れておいた小さな木の実を食べつつ、歩き出した。
遺跡周辺に辿り着き、前に進むもうとすると突然足元に矢の様な物が刺さる。
咄嗟にアタシはボロボロになっている遺跡の柱へ隠れる。
「キセガワァーー!! それ、それ以上、近寄るなぁ!」
少し顔を出し確認してみると、リオンは木を削って作ったと思われる弓を持っており、背中には矢の入った矢筒まで背負っていた。
どうも最近一人でどこかに行ってる事が多くなったと思っていたが、なるほどそういう事か……。ただおかしくなってただけかと思っていたが、どうやらそれよりも厄介みたいだな……。
「オイ、リオン! さっきも言ったがな! それ下ろせ! 今なら許してやる! なぁ!」
「黙りなさい!! あんたの指図に従うのはもう懲り懲りなの! わ、わたし、私達がこうなったのも全部あんたのせいじゃないの!! あんたが居なければ! あ、あんた、がレナスで死んどけば! 私があいつに雇われる事も無かった! 全部! 全部! 全部あんたの、せいじゃないのっ!!」
責任転嫁まで始めやがった……。こりゃよっぽど追い詰められてるな……。
このままここでジッとしていても仕方ない。動かなければあいつを止められない。
アタシは覚悟を決め柱から飛び出し、近くにある別の柱へと飛び込む。その直後、柱に矢が当たる音が聞こえる。
どうやらリオンは弓の腕もそこそこ立つらしい。何も武器を持ってない今のアタシにとってはかなり不利な相手だ。
「動くなっ!!」
「そうはいかねェよ! 動かなきゃお前ェをぶちのめせねェだろ!!」
流石に殺すつもりは無いが、一発位はぶん殴らないと気が済まない。錯乱してるとしてもやっていい事には限度がある。
ここからはもう柱が無い。あるのはもうこの遺跡だけだ。入り口まで走るしかない。
アタシは柱の影から跳び出し、遺跡上部に陣取っているリオンを視界に収めながら入り口に向かって走る。その途中、リオンが矢から手を離すのが見え、アタシは横へ跳び、回避しようとした。しかし、足が地面に着いた瞬間に足の自由を奪われ、転倒してしまう。
「っ!?」
足を見てみると、ここに来る時にも仕掛けられていたくくり罠が巻き付いていた。相変わらず締め付けは弱いものの、行動を一時的に制限するには十分だった。
リオンを見ると、こちらに狙いを定めているのが分かる。今から解いても間に合わないだろう。ここから脱するには多少の無茶をする必要がある。しかし、タイミングを間違えたら恐らくお陀仏だろう。あいつの腕は馬鹿に出来ない。
リオンの矢を持つ手が離れると同時にアタシは上体を動かし、矢をすんでのところで回避した。矢は頭を掠め、地面に着弾した。
アタシは素早く矢を引き抜き、先端部分でくくり罠を切断した。
「動くな!!」
リオンが叫びながら矢を構えている隙に地面を転がりながら遺跡入り口へと入った。
遺跡内部は外よりも気温が低く、体が少し震える。さっきから体を動かし続けていたせいで体温が上がっているのだろう。
しかし、ここからどう動くべきか。上に行く方法は当然分かっているが、リオンが大人しく待っているとは思えない。あいつの今の精神状態なら何をしでかしてもおかしくは無い。
とはいえ、ここで止まっていても仕方が無いので遺跡内部の階段へと向かい、そこから上る事にした。
意外な事に三階まで上ってもリオンが何か仕掛けてくる様な事は無かった。しかし、この上、つまり屋上にはリオンが確実にいる。ここから上に上るには注意しなければならない。
アタシは壁に手を当て、いつでも退避出来る様に慎重に階段を上り、ついに屋上に到着した。アタシは物陰から顔を覗かせ、リオンが居た場所を確認する。
しかし、先程まではそこに居た筈のリオンの姿はどこにも無く、代わりにリオンが使っていた弓矢が置かれていた。
「……リオン?」
アタシは恐る恐る近付き、確認する。
見たところ木で出来ている弓矢で、弦の部分は木の繊維で作っている様だった。これ事態には特におかしい所は無く、下の滝つぼを覗いてみてもリオンの姿は無かった。もしここから姿を隠すとしたら、ここから飛び降りるしかない筈だが……。
その瞬間、突然自分の体に影が掛かった事に気が付き、後ろを振り返り上を見ると、そこにはこちらへと飛び降りてくるリオンの姿があった。その左手からはあのブレードが飛び出しており、完全に殺す気の様だった。
アタシはとにかく刃が刺さらない様に左腕を押さえつつ堪え様としたが、リオンの体重と落下エネルギーに耐え切れず足を踏み外し、滝つぼへと落下を始めた。
「このっ……!」
このまま落下した場合、確実に負傷すると考え、そのままリオンに抱き付きながら体勢を変え、自分の体は上になる様に組み伏せる。
しかし、リオンは自分の身を守るため、着水する寸前にアタシの体を蹴り飛ばし、お互い離れた状態で着水した。
リオンに途中で蹴られた事によって落下エネルギーが軽減され、何とか怪我はせずに済んだが、いつまでもここに居る訳にはいかない。アタシはまだあいつの水中での戦闘力を知らない。相手の力が分からない場所で戦うのは得策ではないだろう。
アタシは何とか滝つぼから脱出し、顔を上げる。
そこには水浸しになったリオンが立っており、こちらを見下ろしていた。その目は完全に正気を失った顔であり、正常な判断力を持っているとは思えなかった。
「リオン……まだ、やるのか……?」
「あな、あなたが死ねば私が酷い目に会う事はもう無くなる。だ、だから殺すのよ……」
アタシが立ち上がると同時にリオンは殴りかかってきた。その速度からしてあの能力を使っている様には見えなかった。もうそれを使うという判断も出来なくなっているのだろう。
アタシはリオンの攻撃をかわしながら反撃を繰り出していたが、リオンは全く怯む様子は見せず、黙々と攻撃を繰り出し続けていた。
攻撃は激しさを増し、やがて反撃も出来ない程の猛攻になっていた。その最中、とうとう痺れを切らしたのかリオンは隠しブレードを出し、こちらの喉元へと突き出してきた。
アタシはこれ以上のリオンの行動を抑えるため右足で後ろ回し蹴りを放ち、そのまま膝裏でリオンの左腕を挟み込んだ。
その結果リオンは回転しながら転倒し、何とか動きを抑える事に成功した。
「……これで、終いだ……」
リオンは瞳孔が開き切った目でこちらを睨み、唸り声を上げている。まるで犬の様だ……それも恐ろしく凶暴な……。
リオンが何とか脱出しようと暴れたため左手で首を絞め、リオンを気絶させた。
「……やっと終わったか……」
アタシはリオンの左腕の袖を捲くり、その下に装着していたブレードの付いた篭手を外し、自分の左腕に付けておいた。
このブレードは見たところ、ワイヤーの様な物が付いたリングを小指にはめて引っ張らない限りは機能しない様だ。これなら自分で付けておいた方が安全だろう。
アタシはリオンを背負い、ヴィアベルの婆さん達の到着を待つために砂浜へと移動した。
砂浜に着いたアタシは流石にそのまま寝かせるのは気道が確保出来ずまずいと思い、リオンを膝枕する様な形にして寝かせた。
側には島で拾った木の枝を置き、火を焚けるようにしていた。
その時、願いが通じてか、遠くにシップジャーニーの船団が見えた。どうやら無事だったらしく、船体の傷も多少は修復されている。
アタシは隠しブレードのリングを小指にはめ、見様見真似でブレードを出し、島内で拾ってきていた石に何度も擦らせて火花を散らし、木に着火した。
上着を脱いで手に持ち、必死になって振っていると、こちらに気が付いたのかシップジャーニーの船団はこちらに動き始めた。
「……ようやくか」
アタシは息をつき、こちらに向かってくる仲間をのんびり待つ事にした。




