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落伍者とお姫様 ~異世界の冒険~  作者: 鯉々
第6章:ニキタマ国への旅路
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第30話:心の救済

 シップジャーニーの船員達によって引き上げられた巨大魚は船の甲板に寝かせられた。

 アタシはその姿をよく見るために近寄る。

「何だよ……こりゃあ……」

 その姿は今までアタシが見た生物の中でもかなり異質なものだった。

 胴体や頭部は大きさ以外は特に違和感の無い魚類なのだが、臀部に明らかに違和感のある枝分かれしている突起が生えていた。

 スバルが銛で突起を突付く。

「何だ、これ?」

「お前ェも見た事ねェのか」

「ああ。こんなの付いてる魚なんているのか……?」

 どうにもおかしい。この大きさもそうだが、この突起は何に使うんだ……? それに何で枝分かれしてる? そうなる理由は何だ?

 アタシはオーレリアに尋ねる。

「なァ、お前ェは何か知らねェか? 何かこう……これに関するデータとか持ってねェのかよ?」

「そうですね。……私の中にある記録が正確なものであるならば、これは恐らく『ポリプ』というものではないでしょうか?」

「ポリプ?」

「はい。私の情報は完全なものではございませんが、クラゲという生命体はこの『ポリプ』というものから生成されるそうです」

 アタシはこういう生き物には詳しくないが、こいつが言ってる事が正しいとしたら、この魚は自分の体から自分の子供を生成しているという事だろうか?

「ポリプには管状に伸び、上から一枚ずつ剥がれる様にしてクラゲになる種とこの様に枝分かれして、その先端から球体状のクラゲを生成するものの二つが現在のところ確認されています」

「……何だかよく分からんが、こいつは後者の方って事か?」

「この生物が既存の生物と同一の生態であるかはまだ分かりません。それ故に、ポリプであるという断定は出来ません」

 まあ確かにこんなデカブツは見た事が無いしな、完全な新種の可能性が高いか。しかし、もしこの突起がこいつの言っている様なポリプだとしたら、かなりマズイんじゃないか……?

 アタシはヴィアベルの婆さんに話し掛ける。

「なァ」

「ん? どうしたんだい?」

「今後も気を付けた方がいいかもしれねェぞ。オーレリアが言ってた事が本当だとしたら、こいつの子供がそこら中に居るって事になる」

「……なるほどね。こいつがどういう生物なのか分からない以上、警戒するに越した事はないね」

 恐らくだが、こいつらを完全に駆除する事は出来ないだろう。あの様子だと、恐らく繁殖しているというよりも増殖しているという感じだ。だとしたら、つがいが居なくても数を増やせるという事だ。

「それよりアンタ、もう傷は大丈夫なのかい?」

 そう言われた途端、突然傷が痛み出す。

「……あんたが言わなきゃ痛くはならなかっただろうよ」

「そんだけ嫌味が言えりゃあ大丈夫だよ。後はあたしらがやっとくから、部屋でゆっくりしてな。ニキタマ国に向かえばいいんだろ?」

「ああ。それじゃあ頼む……」

 アタシは傷口を押さえながら部屋へと歩き出した。

 さっきまでは痛くなかったというのに急に痛み出した。恐らくだが、さっきまではアドレナリンが出て、痛みを抑えてくれていたのだろう。そのままでいてくれれば一番良かったが……。

 アタシを心配してか、レーメイが不安そうな顔をする。

「だ、大丈夫ですか?」

「ああ。別にお前ェが心配する様な事じゃねェよ」

「で、でもあの時、結構な勢いで打ち上げちゃいましたし……」

 確かにこいつが言っていた通り、結構な勢いで水がぶつかってきたな。別に怪我をする様なものではなかったが。

「……まあ多少は海水飲んじまったがどうって事はねェよ。生きてるだけ儲けもんだ」

「で、ですが……」

 ……本当に面倒くさい奴だ。

「お前ェもオーレリアもよくやったよ。ただそれだけのこった。お前ェらガキが心配する様な事じゃねェ」

 そう言われるとレーメイはそれ以上は何も言わなくなった。

 こいつは必要以上に心配し過ぎだ。この旅が終わったら、いつしかあの国の女王になるんだろうに……こんなんで大丈夫なんだろうか。

 しかし、思ったよりも傷が痛む……こんな事ならあの痛み止めを飲んでおけば良かった……。

 アタシはオーレリアの方を向く。

「なァ、悪いが一つ頼まれてくれるか?」

「何でしょう?」

「アタシが寝てた部屋の棚の上に痛み止めがあった筈だ。それを部屋まで持ってきてくれるか?」

「畏まりました。すぐに取ってまいります」

 命令を受けたオーレリアは小走りで先に廊下の奥へと走って行った。それを見送ったアタシは再び足を動かす。

「なァレーメイ……お前ェ、この旅が終わったらどうすんだ?」

「え? どうするって……」

「お前ェも分かってるとは思うが、アタシは元々牢屋から出してもらう代わりに一時的に旅に同行するって形だったんだ。あの『黎明』とやらを取り戻したら、お前ェらとはそれでさよならだ」

 その言葉を聞き、レーメイはあからさまに動揺し始める。

「そ、それはそうですけどっ……あの、それからも一緒にっていうのは……」

「駄目だ。アタシにも戻らなきゃならねェ場所がある。……あっちに手間の掛かる馬鹿が残ってんだよ」

「じゃ、じゃあその人も一緒に暮らしましょう! それなら……!」

「……レーメイ、お前ェ今年でいくつになる?」

「え? 17歳ですけど……」

「……お前ェもそろそろ甘えるのをやめなきゃならねェ年頃だ。本当は分かってんだろ? 自分が言ってのが我が儘だって事くらい」

 部屋の前に到着したアタシは返事を返さないレーメイを背に部屋の扉を開ける。

「別にすぐに別れって訳じゃねェ。だがな、いつかはその時が来るって事は覚えとけ」

 部屋に入ったアタシはゆっくりとベッドに腰掛ける。一方、レーメイはアタシと同じ様に向かいのベッドに腰掛けた。

 波の音が静かな部屋の中に流れる。


 それから少し経ち、オーレリアが薬を持って戻ってきた。

「お待たせしました。これで宜しいですか?」

「ああ、悪いな」

 アタシは薬を受け取り、喉の奥に粉薬を無理矢理流し込む。本当は水を使った方がいいのかもしれないが、そんなものを用意するまでの時間がうっとおしい。さっさと痛みを止めたかった。

 薬は意外なほど早く効き、痛みはみるみる引いていった。

 すると黙っていたレーメイが口を開いた。

「キセガワさん、ちょっと聞きたい事があるんですが……」

「あ? どうした?」

「キセガワさんが刺される前、何か大切な話をするって言ってましたよね? あれって何なんですか?」

 そういえばそうだった。これからニキタマ国に向かう以上もう隠し通せないと思い、本当の事を言おうとしていたんだった。

「……あれか。じゃあ今話すが、多分突拍子も無い話で信じられんと思うぜ?」

「大丈夫ですよ。キセガワさんは今まで悪意を持って嘘ついた事無いですもん」

「……どうだったかな。まあその……あれだ。アタシはな、元々この世界の人間じゃないんだよ」

 場の空気が固まるのを感じる。

「……え、ハハハ……面白いですねキセガワさん? 凄く面白い冗談だと思います!」

「……冗談じゃねェよ。アタシはニキタマ国の生まれでもねェし、この世界のどこの生まれでもねェ」

「う、うん? えっと……すみません、意味がよく分からなくて……」

 正直、これが正しい反応だと思う。アタシだって他人からこんな事を言われたら、つまらない冗談だと思うだろう。だが、これが事実なのはアタシが誰よりも知っている。

「……初めから言った方がいいか。今から言うのは全部真実だからな」

「どうぞお話下さいキセガワ様。可能な限りで理解してみます」

「……まずアタシは元の世界では日本って所で生まれた。多分だが、今向かってるニキタマ国って所によく似た国だ」

「『ニホン』……。私の記録にはそのような名前の国は登録されていませんね」

「だろうな。でだ、お前ェらには言ったと思うが、アタシは実の親をこの手で殺した。当然殺人だ。逮捕された。だが日本では少年法ってのがあってな、そこまで思い罪には問われなかった」

 レーメイは相変わらず困惑した表情のまま尋ねてきた。

「あの……それじゃあキセガワさんは牢屋に入ってた事が昔もあったって事ですか?」

「いや、アタシは少年院て所に入れられた。アタシみたいに問題がある奴らが入れられる場所だ。そこでしばらく過ごしてた」

「その後はどうしてたんですか……?」

「3年位経って、アタシは外に出る事になった。……お前ェらなら分かるだろ? アタシに身寄りなんて無かった。何せ自分で肉親を殺したんだからな。そんな奴を引き取ろうなんて親戚はいなかった」

「で、でもキセガワさんは自分の身を守ろうとして……!」

「ああ。だが、真実がいつも正しく見られるとは限らねェ。他の奴から見りゃあ、アタシは親を殺すキチガイだ」

「そんな……」

「だが、いつでも救ってくれる人間てのは居るもんだ。アタシは身寄りの無い子供を引き取ってる養護施設へ入る事になった」

 レーメイはいまいちピンと来ていない様だった。

「あの……養護施設というのは?」

「今言ったみたいな身寄りの無い子供を育てる所だ。こっちにはねェのか?」

 オーレリアが口を開く。

「あります。お嬢様がご存じないだけです」

「ちょ、ちょっと……!」

「別に知らなかったんなら、これから知ってけばいい。それで、だ。アタシはそこに入る事になったんだが、結局上手くいかなかった」

「それは、どういう……」

 アタシは自分の中に溜まった何かを吐き出すように溜息を吐く。

「……アタシは大人になれなかったんだよ。癇癪起こして他の奴殴ったり、仲良くしようと近寄ってきた奴にも冷たくして……結局アタシもあいつと同じクズの血を引いてたって事さ」

「それは、大丈夫だったんですか?」

「そこの管理人は表向きは優しくしてたが、裏じゃアタシを嫌ってたのが分かったよ。あいつ自身は隠し通せてると思ってた様だが……」

「キセガワ様、それでは……」

「ああ。出て行ったよ。それからは路上暮らしさ。ゴミを漁ってその日を凌ぎ、場合によっちゃあチンピラ相手に金巻き上げる様な事もしてた」

「なるほど。あなたの強さの理由はそこでしたか」

「……そうだな。不器用なアタシなりの精一杯の生き方さ。だが、そんな人生がある日を境にガラッと変わったんだ」

「ど、どう変わったんですか?」

「その日は雨だったよ。いつもみたいにチンピラぶちのめして金を巻き上げてる時だった。後ろから声掛けられたんだ。……60位のジジイだったよ。荒れてたアタシはその人にも食って掛かった。だが……無駄だった」

 アタシはシーツを握る。

「……勝てねェンだ。殴りかかっても蹴っても、当たりゃあしねェ……。しばらくはそうやってたんだが、ついにアタシは動けなくなっちまった。しばらく食ってなかったからな、それが祟ったんだろうよ」

「その方はキセガワ様にあの芸を教えた方でしょうか?」

「……そう。アタシが初めて信頼出来た大人だ。あの人は倒れたアタシを抱えると、そのまま家へと連れて帰った。そこであの人は……着替えも飯も、全部用意してくれた」

「良い人も居るものですね」

「ああ。だがアタシは信じられなかった。『どうせこいつもアタシを嫌う。どうせ傷付ける』ってな。怒鳴りもした。……だが、そこでもアタシは勝てなかった。あの人とアタシとじゃあ器が違い過ぎた」

 胸の辺りが苦しくなってくる。

「あの人はこう言った。『お前がワシをどう思っていようが構わん。だが、子供は子供らしく笑って生きるべきだ』とな……。全く驚いたさ。あんな真っ直ぐな目で言われちゃあ、もう何も言えなかったよ」

「……それが今のキセガワ様を作ったのですね」

「かもな……。それからアタシはその人の下で修行を始めた。あの人がやってた『落語』って芸の修業をな。自分でも驚く位みるみる上達していったよ。……そんな中、あいつが来たんだ」

「えっと……それってさっきキセガワさんが言ってた人ですか? 手間が掛かるって……」

「ああ。そいつはあの人の孫だった。何でも事故で親を亡くしたらしくてな。それでやってきたらしかった」

 アタシはあの二人としばらく会ってない寂しさからか、少し目元が潤んできたのを感じた。

「アタシとは正反対だったよ。臆病で、泣き虫で、心配性で、でも……どこかほっとけない。そんな奴だった。あいつはすぐにアタシに懐いた。どこが気に入ったのかは知らんが、いつもアタシの後を付いて回った」

「なるほど。つまりキセガワ様にとっては妹の様な存在であったと」

「そうかもしれねェな。アタシもまあ悪い気はしなかったし、結構楽しかった。その後にまた弟みたいなのも出来たしな。だが、そこに来てあの事件だ……」

 アタシは涙を見せないために立ち上がり、窓から外を見る。

「買い物に出掛けてる時だった。近くで『ビル』っつうデカイ建物建ててたんだ。そん時に……上から建築に使う資材が落ちてきたんだ。ただの偶然さ。それこそ神のいたずら……」

 レーメイが立ち上がる。

「ちょ、ちょっと待ってください! そ、それじゃあまるでキセガワさんが死ん……」

「そう。死んだんだ。あの痛みは今も覚えてる。間違いなく死んだ筈なんだよ」

「……何があったのですか?」

「気が付いたら、変な場所に居た。気色悪い位に真っ白で、何にも無い所だ。そこであの野郎に会った」

 心の中で怒りが沸々と沸き上がる。

「白い髭生やしたいかにもなジジイさ! 『ある世界に行って危機を救って欲しい』だのなんだのと理由を付けて、アタシをここに送りやがった!」

「キセガワ様、一度冷静になった方が宜しいかと」

 そう言われ、アタシは深呼吸をする。

「……すまん。とにかくアタシはそうやってここに来た。あの変なジジイのせいでな」

 オーレリアは視線を右上に動かした後、質問をしてきた。

「その方はどのような見た目でしたか?」

「あ? どのようなって……いや、今言ったみたいな白髭のジジイだ。それ以外は特に変な感じは無かったが……」

「……そうですか」

「オイ、何か知ってんのか?」

「いいえ。少し気になっただけです」

 そう言うと、オーレリアはそれ以上は何も聞いてこなかった。

「あの……キセガワさん」

「……何だ」

「本当に今まで聞いた事も無い様な話で、びっくりしちゃいましたけど……でも、私はキセガワさんを信じます! キセガワさんはそんな嘘つく人じゃないと思いますし!」

 どこまで本気で言ってるんだろうか。こいつは空気の読み方を知ってる。アタシに気を遣っているだけなのかもしれない。だが、今はどうでもいい。話したお陰もあってか、ほんの少し気持ちが楽になった。

 アタシはベッドまで戻り、レーメイの頭を撫でる。

「……ありがとよ」

 それだけ言うと、アタシはベッドに入りシーツで体全体を覆い、誰からも顔を見られない様にした。

「おやすみなさい、キセガワさん」

「ごゆっくりとお休みくださいませ、キセガワ様」

 ……今日位は、泣いてみるのもいいだろう。

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