第3話:荒くれ者達との出会い
「キセガワ様、お時間です。起きてください」
アタシはあの少年の声で目を覚ました。もう、そんな時間か。
アタシは体を起こすと、その場でうんと背伸びをした。アタシは寝起きのこの感覚があまり好きではない。何とも言えない気だるさがあって、いまいち調子が出ないからだ。
「お嬢様がお待ちです」
アタシは頭を掻きながら立ち上がり、牢屋の鍵を開け、外に出た。
「ん、待たせたな」
「行きましょう。私に付いてきてください」
そう言うと少年は歩き始めた。アタシはポケットに手を突っ込み、後に付いていった。
牢屋から出てしばらく歩くと、通路の先に衛兵が見えた。どうやら見張りをしている様だ。正直、牢屋の前を見張ってないのは職務怠慢だと思うのはアタシだけだろうか?
少年とアタシは近くにあった木箱の裏に隠れ、対策を練る事にした。まァ、アタシは既に一個考えていたが。
「キセガワ様。どのように致しましょうか」
「お前ェ、考えてなかったのかよ? アタシはもう考えてあるぜ」
「どのような方法でしょうか?」
「まァ見てろ」
アタシは中腰のまま木箱の裏から出ると、そのままの姿勢を保ちながら背後から衛兵に近寄った。そして、目の前まで近寄ると、首に腕を回し、力の限りに絞め落とした。
衛兵は声を上げる間もなく意識を失った。アタシは衛兵の体を支え、音を立てないように静かに床に寝かせた。
それを見ていた少年がこちらに歩いてきた。
「流石です。キセガワ様」
「あ? 流石? お前ェ、もしかして、あの時アタシが衛兵共ぶちのめしてたの見てたのかよ?」
「はい。見事な腕前でございました」
こいつ、あの時いたのか。だからアタシが牢屋に居る事知ってたンだな。
アタシは腰を上げ、少年に尋ねる。
「まァいい。で? こっからどう行きゃいいンだ?」
「はい。道案内を再開します」
そう言うと少年は再びアタシの前を歩き始めた。アタシはその後を追うことを再開した。
それから少しの間歩いていると、僅かではあるが波の音が聞こえてきた。そろそろ外が近いのだろうか? そんな事を考えていると、少年がある扉の前で立ち止まった。
「こちらでございます」
「やっとか。この先に、そのお嬢様とか言うのがいるんだな?」
「はい。待っておられます。行きましょう」
少年は扉を開け、中に入った。アタシも続けて中に入る。
扉の先はすぐ海が広がっており、そこには小船が一隻浮かんでいた。
船にはいかにもお姫様といった風貌の少女がちょこんと乗っていた。年齢は、アタシの妹弟子の小幸と同じ位、16歳ほどだろうか。
アタシがそんな事を考えていると、少年が船へと乗り始める。アタシは少し小走りに近寄り、尋ねた。
「オイ。お前ェも行くのか?」
「はい。お嬢様の側に居る。それが私の使命ですから」
何だかよく分からないが、ともかく一緒に来るみたいだ。正直なところありがたい。見知らぬガキの面倒見ながら旅とかしんどいからな。
すると、アタシの方を見ていた少女が口を開く。
「あなたが、キセガワさんですか?」
「あ? おお。お前ェは?」
「これは失礼致しました。私はレーメイです。レーメイ・トワイライト」
なるほど。こいつはある程度礼儀を弁えてるみたいだな。あのクソとは違うみたいだ。
「レーメイか。アタシは下の名前は雅ってンだ。好きな方で呼べばいい」
「分かりました。ではよろしくお願いします。キセガワさん」
そう言うとレーメイは深く頭を下げた。アタシもちょっと考えを改めないといけないかもな。金持ちは皆偉そうでクズみたいな奴ばかりだと思っていたが、こういう奴もいるんだな。
アタシ達が自己紹介を済ませると、少年がアタシに話しかけてきた。
「行きましょう、キセガワ様。バレない内に」
アタシはオールを手にし、船を漕ぎ始める。正直面倒くさいが、こんなガキに漕がせる訳にもいかない。ここは一つ年上らしくしないとな。
漕ぎ始めてからどの位経っただろうか? レーメイは少年の膝の上で横になって寝息を立てていた。アタシは少年に尋ねる。
「そういやァ、お前ェの名前聞いてなかったな。なんてんだ?」
「私は、オーレリアと申します」
オーレリアか。何かいまいち、男っぽくない名前だな。とはいえ、そういう事を口に出すのは粋では無いので黙っておく事にした。気にしてるかもしれないしな。
アタシは船を漕ぎながら再びオーレリアに質問した。
「で、結局のところ、あの国が衰退するってのはどういう事なンだ? アタシもあの町の城下町を見たが、そんなに変な感じは無かったぜ?」
「……本来ならお嬢様がお話しするのが良いのでしょうが、寝ておられるようなので私から説明致します」
オーレリアは少し姿勢を正し、話し始める。
「まず最初に、私共が住んでいる国は、トワイライト王国と呼ばれております」
「ああ、そいつの苗字と同じだな」
「はい。あの王国が栄える事が出来たのには、ある理由があるのです」
「何だよ。その理由ってのは」
「はい。あの王宮内には、太陽を司った魔術道具が置かれていたのです」
置かれていた……過去形か。
「『黎明』、『黄昏』の二つがございました。しかし、その内の一つ、『黎明』が盗まれたのです」
「片方じゃ駄目なのかよ?」
「はい。『黎明』は物事の始まりを、『黄昏』は物事の終わりを示しています。片方だけではお互いの強力な力を抑えきれないのです」
何となくだが理解してきた。片方、つまり『黄昏』しか残ってないから、あの国は終わりに向かって行ってるって事か。
「要は、その『黎明』を取り返せばいいンだろ?」
「はい。ですが、どこにあるのか全く分からないのです」
オーレリアは全く表情を変えないまま、少し落ち込んだ様に顔を下げた。
アタシは少し気まずさを感じながらも船を漕ぎ始めた。やれやれ……面倒くせェ事になったな……。
それからしばらく漕いでいると、少し離れた場所に大きな船が見えた。マストのてっぺんにはこれ見よがしにドクロの旗がはためいている。随分と分かりやすい海賊だ。
アタシは少し考えた。こんな小さな船で漕いでいても、いつ陸に着くか分からない。だったら、あの船を乗っ取って使った方が早いんじゃないか?
船を海賊船まで近づけたアタシはオーレリアに声をかける。
「おいガキ、起きてるか?」
「何でしょうか?」
「ちょっとオール持ってろ」
オーレリアにオールを渡したアタシは立ち上がり、声を張り上げる。
「おおーーーーーーーい!!! 助けてくれーーーーーーーーっ!!!!」
アタシの声を聞いてか、何人かが甲板から顔を覗かせた。
それから少しすると、甲板から縄梯子が下ろされた。これを使って乗れという事らしい。
アタシはオーレリアの方を向き、これからの事を話した。
「いいかガキ。今からアタシがこの船登るから、アタシがいいぞって言ったら、そいつ連れて上がって来い。いいな?」
「申し訳ありませんが、どういうおつもりですか? 私の目には、あの船が海賊船に見えるのですが」
「なァに、ちょっくら挨拶に行ってくるだけさ。お前ェらはここで待ってろよ?」
アタシは縄梯子に手足を掛け、上っていく。下からオーレリアの止める声が聞こえるが、そんなものは無視をした。
甲板まで上がったアタシを待っていたのは海賊の群れだった。どいつもこいつも汚らしい、ちゃんと風呂に入ってるのか?
海賊達のリーダーと思しき男がアタシの前に現れる。
「よう嬢ちゃん。海の上で迷子か?」
「まァ、そんなとこだな」
「良かったらいいとこに連れてってやろうか?」
男が気持ちの悪いニヤニヤ笑いを浮かべる。
「そうだな。じゃあ、連れてってもらおうか」
そう言うと同時に、アタシは後ろから近寄ってきていた海賊の顔に裏拳を叩き込んだ。裏拳を食らった海賊は小さく悲鳴を上げ、尻餅をついた。情け無い野郎だ……。
アタシの行動を見てか、海賊達が少しどよめく。
「どーしたよ? いいとこに連れてってくれるんじゃなかったのか? それとも、お前ェらだけ『いいとこ』行くか?」
アタシが挑発すると、ナイフを持った海賊が突っ込んできた。
アタシは素早く後ろに飛び退き、近くにあったロープを拾うと、輪が出来るような形にしたロープを相手の首に投げて引っ掛け、ロープを持ったまま船から飛び降りた。
相手は甲板の欄干部分に頭を押さえつけられ、更にロープによって首が絞められていた。
流石に殺すのは少し可哀想かと思い、手に持っていたロープの端を近くにあった縄梯子に結びつけ、そのまま縄梯子を上って甲板に戻った。
数人の海賊たちを助けようと必死にロープを切ろうとしていた。そんな者達を尻目にリーダーがこちらを睨む。
「随分とふざけたことしてくれるな」
「そうか? ちょっとしたお遊びじゃねェか。そんなカッカすんなよ」
アタシは会話をしながら、ゆっくりと操縦桿へと近付く。こっちの方がやりやすいからだ。
相手もこちらを追ってゆっくりと近付いてくる。さて……最後の挑発を仕掛けてみるか。
「オイオイオイ。そんな犬みたいな顔すんなよ?」
「……俺の顔が犬みたいだって言いてぇのか?」
「いんや? 誰もあんたが犬に似てるなんて言っちゃいないぜ? 犬があんたに似てるんだ」
その言葉を聞いた瞬間、海賊のリーダーが飛び掛るように襲い掛かってきた。狙い通りだ。単細胞は操りやすくて助かる。
アタシは相手の腕を掴み、足を引っ掛けながら腕を引っ張った。すると、相手は滑り込むようにして、操縦桿の持ち手と甲板の床の間に挟まった。
アタシは近寄り、操縦桿に手を掛ける。
「さて、長い長い船旅でもしようか? 地獄のように長いかもしれねェけど」
そう言うと、リーダーは慌てた様子で声を上げた。
「止めろ! 分かった! 降参だ! 言う事聞くから止めてくれ!!」
本当に情け無い奴だ。こんなのが海賊をやってるのか。アタシが昔潰した珍走団の奴らの方がずっと根性あったぞ。
アタシは操縦桿から手を離し、リーダーの体に蹴りを入れ、襟元を掴んで立ち上がらせた。
「オラ! 立て! アタシの仲間が下で待ってる。今からそいつらとアタシを近くの港まで運んでもらう。いいな?」
「わ、分かった……」
アタシは手を離し、甲板から下を覗きこみ、オーレリアに声を掛けた。
「おいガキ! そいつ起こして上がって来い! もう大丈夫だ!」
そう言うと、オーレリアはしばしの沈黙の後、レーメイを起こした。
二人は甲板に上がってくると、アタシの方に近寄ってきた。
「キセガワさん。これは、どういう……」
「あ? ちょっとお話しただけだ。なァ?」
アタシはリーダーと肩を組み、足を少し踏みつけた。
「いっ……え、ええまあ、ハハハ……」
オーレリアが無機質な目でこちらを見る。
「あ? どーした?」
「……いえ、何でもございません」
何だよ、変な奴だな。
アタシはレーメイの方を見て尋ねた。
「で、まずはどこへ向かうんだ?」
「そうですね……まずは近場から探しましょうか。グリンヒルズはどうでしょう?」
「どうでしょうと聞かれてもアタシはあんま詳しくねェンだよ」
アタシがそう応えると、オーレリアが話しに入ってきた。
「私はお嬢様に賛成です。そこが一番近いかと」
まァ、こいつが言うんならそうなんだろう。
アタシはリーダーの体から腕を離し、レーメイに見えないように軽く背中を小突いた。
「ほら、グリンヒルズだってよ。さっさと向かえ」
「あ、ああ……」
リーダーは渋々といった感じで操縦桿に手を掛けた。
アタシはレーメイとオーレリアを連れ、船内へと入っていった。
船内には大量の樽やら木箱やらが置かれており、船室や厨房も存在していた。
アタシは近くにいた海賊を捕まえ、尋ねた。
「オイ。空いてる船室はあるか?」
「あ、ああ。一つ空いてるのがある」
海賊は先程のアタシの暴れっぷりを見てか、少し恐縮した様になっていた。女相手に情け無い……。
「おう、じゃあ案内しろ。しばらく借りるぜ」
「……分かった。付いてきてくれ」
アタシは二人を引き連れて海賊の後を追っていった。
案内された部屋は小さい物だったが、一応三人はギリギリ寝れるスペースはあった。まァ、船の中だしこんなもんか。
「悪いな。ここ借りるぜ」
「あ、ああ。それじゃあ、俺はこれで……」
アタシは離れようとする海賊を呼び止め、警告をした。
「オイ」
「何だ……?」
「間違っても、寝込みを襲おうなんざ考えるなよ? もしそういう事があったら、お前ェの大事なタマがお魚さんの餌になるぜ?」
「……するわけないだろ」
そう言うと、海賊はそこから去っていった。普段はあそこまでは言わない様にしているが、相手が相手だし、まァいいだろう。
アタシがベッドに腰掛けると、レーメイが尋ねてきた。
「あの、キセガワさん? 先程の大事なタマとはいったい……」
「あ? あー……ガキにはまだはえーよ。知らなくていい」
「……お嬢様、お疲れでしょう? まだ、朝まで時間があります。少し、仮眠をとられては?」
オーレリアが助けに入る。他の言い方を考えた方が良かったかもしれないな……。
「いえ、大丈夫よ。それよりも、先程のは……」
しつこい奴だ……。アタシはそのままベッドに寝転がり、背を向ける。
「あーうるせェうるせェ! アタシは寝るぜ? ずっと漕いでたんだからな」
アタシは後ろでしつこく尋ねてくるうっとおしい声を無視しながら、目を閉じ、そのまま眠りに入っていった。