第29話:怪魚との決戦
アタシは腰に痛みを感じ、目を覚ます。
周りを見ると木で出来ていると思われる壁や大量のベッドがあり、潮の香りを感じた。どうやらシップジャーニーまで戻ってきていた様だ。
腰を抑えながら体を起こし、近くにあった棚の上に置いてあった紙袋と手紙を取る。
「……?」
手紙にはこの紙袋に入っているものが痛み止めであるという事が書いてあった。
「おい……誰か居るかー?」
アタシはなるべく傷が痛まない様に声を出したが返事は返ってこず、一人空しい気持ちになるだけだった。
「ンだよ……居ねェのかよ」
何故誰も居ないのだろうか。普通は怪我人が居るとなれば、一人位は看病する人間が居てもいい筈だが。
そんな事を考えていると、突然何かがぶつかったかの様に部屋が大きく揺れ、ベッドから投げ出されてしまう。
「痛ッ!?」
まだ傷がふさがっていない様で、腰がジクジクと痛む。
「クソ……」
アタシは腰を押さえながら痛みを抑え、立ち上がる。
このままここに居ても仕方が無い。一旦外に出るしかないだろう。さっきの衝撃からして、何かヤバイ事が起きている事は間違い無い様だ。
アタシは近くに置いてあったロープを肩に掛け、ふらつきながら扉を開け、外へと出て行った。
外に出てみると廊下があり、ここがあの巨大船の一室であった事に気付いた。
だとしたら丁度いい。ここがあの船ならヴィアベルの婆さんかヴォーゲが居る筈だ。あの二人なら話がスムーズに進むだろう。
アタシがヴィアベルの婆さん達を捜して歩いていると、ペスカが向こうから走ってくるのが見えた。
「き、キセガワさん! 良かった……起きてたんだね!」
「オイ、あんまりデケェ声出すなよ……まだ痛むんだ……」
「ご、ごめん……!」
アタシは傷口を擦りながら尋ねる。
「何があったんだ。何か揺れたが……」
「そ、そうそうそれなんだよ! 前にさ、スバルと釣りした時に急に大きい引きがあったの覚えてる?」
そういえばそんな事もあった。あいつとはアレを釣るのを手伝うって約束もしてたっけか。
「ああ。覚えてる」
「その時の引きがまたあったんだ! 今網を引っ掛けてて、可能な限り皆で引っ張ってるんだ!」
またアレが来たって事か。思いの外早い再戦になったな。
アタシは手首を回し、関節を解す。
「どこだ? アタシも行く」
「え? いやいや、私はキセガワさんを非難させに来たんだけど……」
「あ? 何で非難すんだよ? ちょいと痛むが体は動くぜ?」
「……キセガワさん。三日位意識戻らなかったんだよ?」
何? 今何だって……? 三日も意識が無かった? 冗談だろ?
「オイ待て。あれから三日も経ってんのか……?」
「うん。レーメイさんとオーレリアさんがレナスから連れて帰ってきた時にはもう意識が無くて、ここで働いてる船医のおっちゃんに治療してもらってたんだよ?」
そうか……そんなに経ってたのか。だとしたら心配掛けちまったな……。
「そうだったか……悪い」
「いやそれはいいんだけどさ、早く非難しないと! アレは抑えるので精一杯なんだ! 私はスバルを止めに行かなきゃいけないし……」
やはりあいつは親父の仇を取るつもりなのだろう。それはご立派な考え方だが、同時に阿呆な考え方でもある。
「一緒に行くぜ。あいつとは約束してんだよ。あのデカブツ一緒に捕まえるってな」
ペスカは何とも言えない表情をした後、諦めた様に溜息をつく。
「……分かったぁ……どうせ止めても聞かないんでしょ?」
「おう。賢いじゃねェか」
アタシは腰を押さえながら、ペスカの後に付いていった。
船の外に出ると、他の船達が網を一点に向かって伸ばし、何かを引っ掛けているのが見えた。
「こっちこっち!」
アタシはペスカの後に続いて、以前ペスカ達と釣りをした場所まで辿り着いた。
そこには今にも海に飛び込みそうになっているスバルとそれを必死になって抑えているレーメイとオーレリアの姿があった。
「退け」
アタシは二人を引き離すとスバルを掴み、引っ張る様にして後ろへと放った。
「き、キセガワさん!」
「お目覚めになられましたか」
二人はアタシの登場に驚いている様だった。レーメイに至っては泣きそうになっている。
「悪ィな。迷惑掛けた」
「も、もう大丈夫なんですか!?」
「大丈夫じゃねェ。だが今はそれどころじゃねェだろ」
アタシは腕を横に伸ばし、レーメイ達が海に落ちない様に下がらせる。
その後ろでスバルが吼える。
「おいっ! 邪魔すんな! オレがあいつを仕留めるんだ!」
「まァ待てよ。無計画に行っても勝てる相手じゃねェぞ」
「テメェ……!」
アタシに掴み掛かろうとするスバルをペスカが抑える。
「スバル、今は待とうよ」
「うるせぇんだよ! オレは……あいつを倒さなきゃいけないんだよ!」
こいつの気持ちは分かる。実の親を殺されてるんだ。落ち着けって方が難しいのかもしれない。だが、こんな頭に血が上ってる状態じゃまともに倒せるとは思えない。
アタシは網が伸びている先を見る。
網が引っ掛かっているのは確かな様だが、深い所に居るのか本体の姿は確認出来ない。今は何とか抑える事が出来ているが、このままでは被害が出るのも時間の問題だろう。
「あれはどんな見た目してんだ」
「はい、キセガワ様。私が確認した限りですが、頭部は一般的な魚類の物と同一だと思われます」
「他は見えなかったか?」
「はい」
どうやら魚である事には違いないらしい。アレが変わった力でも持ってないなら、何とかなるかもしれない。
アタシはペスカとスバルの方を向く。
「婆さんはどこに居んだ」
「提督なら甲板に居るけど……」
「おい逃げんのかよ!」
スバルは相変わらず吼える。
「……逃げねェよ。約束しただろうが」
「……じゃあ提督に何しに会いに行くんだよ」
「あいつを倒す方法だ」
アタシはスバルに近付く。
「……何だよ」
「お前ェ、銛は使えるか?」
「あ……? まあ使えるけど……」
「じゃあ取って来い。甲板で待ってる」
アタシは必要な事だけを告げ、甲板へと歩き出した。
レーメイとオーレリアは後ろからついて来ながら質問をしてきた。
「どうするんですか……? あんな大きいの……」
「アタシが助けてくれって言ったら助けてくれるか?」
「は、はい! もちろんです!」
本当は自分の力で何とかしたかったが、こればっかりは助けが必要そうだ。
「なら今の内に説明しとくぞ? まずアタシがスバルを抱えてあの網のど真ん中に飛び込む。その時に……」
「ちょちょ、ちょっと待ってください!」
突然レーメイが止める。
「あ? 何だよ」
「いや……今飛び込むって……」
「ああ。そのためにあいつに銛を取りに行かせた」
オーレリアが口を開く。
「その作戦は無謀だと思うのですが、どのようにお考えなのですか?」
「もちろんそのまま行っても無駄なのは分かってる。そこでお前ェらだ」
そう……ここでこいつらが必要になってくる。アタシには出来ない事をこいつらなら出来る。
「オーレリア、お前ェあの電撃みたいなのを銛にくっつける事は出来るか?」
「ええ。可能です」
「よし、それならいい。次にレーメイだが、お前ェこう……物を浮かばせる様な魔法とか使えるか?」
「物をですか? えぇと……そういうのは……無いですかね」
流石にそこまで都合良くは行かないか。まァ、別に他の方法があればいいだけだ。
「じゃあ水を操る様な事は出来るか?」
「はい! それなら出来ますよ! あ、でも……」
「何だ?」
「あんまり得意じゃなくてですね……細かい調整が利かないと言いますか……」
「人間を二人位持ち上げられりゃあそれでいい」
「た、多分凄い勢いで水が動くと思いますよ?」
「持ち上げられりゃあいいんだ。どうなんだ?」
「一応出来ます……」
よし、これならアタシが考えた作戦で上手く行きそうだ。
「急ぐぞ、細かい説明は後にしよう」
アタシは痛みを忘れ、甲板に走り出した。
甲板に着くと、ヴィアベルの婆さんとヴォーゲが居た。
「おや、目ぇ覚ましたかい」
「ああ。ここまでうるさけりゃあ死人も目を覚ますだろうぜ」
「ハッ! そりゃ景気がいいねぇ!」
婆さんは豪快に笑う。
こういう状況でもこうやって余裕そうな人間が一人でも居ると大分気持ち的に楽だな。
「で? 何しに来たんだい?」
「あのデカブツを仕留める」
その言葉を聞いた婆さんは顎を触り始める。
「……策はあるんだろうね?」
「ああ。アタシと銛を持ったスバルがそこにある後ろのマストに登る。次にオーレリアが銛に電撃魔法を付ける。スバルを抱えてロープを使って飛び降りる。銛を突き刺す。最後にレーメイが魔法を使ってアタシらを持ち上げて船に戻すって寸法よ」
「……失敗した時はどうすんだい」
ヴィアベルの婆さんの瞳が力強くアタシを捉える。彼女にとってここの人間は家族も同然だ。そういう心配をするのもおかしい事ではない。
「心配すんな。スバルだけは何があっても死なせねェよ」
「あんたは?」
「……アタシは失敗したらお陀仏かもな? まァ、その時は甘い計画を練った自分を呪うさ」
本当は死にたくはないが、もしかしたらまたあの神とか言うクソジジイが出てくるかもしれない。そうなれば一発ぶん殴れば元の世界に戻れそうだ。
婆さんが何か反論をしようと口を開くが、丁度その時スバルが到着する。
「キセガワ! 持って来たぜ!」
「おう早かったじゃねェか。じゃあ行くか」
「待ちな!」
婆さんが怒鳴る。
「正気かい? 下手すりゃ死ぬよ」
「キセガワさん、私としても賛同は出来ません……」
婆さんの隣でヴォーゲも不安そうな声で止めようとする。
「心配すんなよ。刺されて生きてたんだ。今更ちょっとの事で死ぬかよ」
するとヴィアベルの婆さんはヴォーゲを軽く小突き、アタシの側へと向かわせてきた。
「……マストの登り方は知ってますか?」
「いや、この横から出てる出っ張り使うんだろ?」
ヴォーゲは静かに増すとの根元の部分を指差した。
そこには車輪のような物に巻きつけられたロープとレバーの様な物があり、そのロープは上へと伸びていた。
「緊急時ですから、この昇降機を使った方がいいでしょうね」
何となくだが、使い方は理解出来た。結構単純な仕組みの様だ。
「おう分かった。悪いな」
「いえ。……御武運を」
アタシはロープを掴みスバルの腰に手を回し、しっかりと引き寄せた。
「おい、ちゃんとお前ェも掴んどけよ?」
「ああ。……それよりどうやってあいつを仕留め……」
アタシはスバルが掴まったのを確認すると、質問を聞き終える前にレバーを足で蹴った。するとアタシ達の体は凄まじい勢いで空中へと引っ張られ、途中で何か石の様な物とすれ違った。しかし、そんな事を気にする暇も無いまま、マストの展望台へと到着した。
アタシは落ちない様に足がついたのを確認した後、ロープを離した。
「ななな、きゅ、急にやるなよ!?」
「急ぎなんだろ? 文句言うなよ」
アタシは下を覗き、オーレリアに手を振る。
するとスバルの持っている銛の刃の部分が電気を帯び、光り始めた。
「うおっ!?」
「いいか手短に話すぞ? 今からアタシがお前を抱き抱えてここからあのデカブツの所まで飛び降りる。後はお前ェがそれをあいつに投げ付ける」
「ちょ、ちょっと待てよ! 飛び降りるだと!? これ雷みたいなの帯びてんだろ!? オレ達諸共死ぬじゃねぇか!」
「何今更ビビってんだよ。お前ェ最初は刺し違えようとしてただろうが」
「それは漁師としての話だろ!? こんなの漁師がやるやり方じゃねぇぞ!」
やれやれ、あーだこーだとうるさい奴だ。だがまぁこいつの言いたい事も分かる。要は漁師としてのプライドがあるって事だろう。
「四の五の言ってられねェぞ。相手は見た目こそ魚かもしれねェが、実際は違うかもしれねェンだ。バケモンを相手してるんだと思え」
スバルは顔に冷や汗を浮かべ、少し戸惑いを見せたが、自らの頬を叩くと口を開いた。
「あー分かったよ! オレだって一丁前の漁師なんだ! 昔親父が言ってたぜ! 漁師には覚悟決めなきゃならねぇ時があるってよぉ!!」
どうやら決心はついた様だ。なら後は実行に移すだけだ。
アタシはレーメイが甲板の一番後ろに移動し、いつでも魔法が使える位置に居るのを確認すると、ロープをマストの支柱にしっかりと結び付け、スバルの腰に右手を回し、左腕にロープを巻き付けたまま抱き寄せた。
「行くぜ?」
「……いつでも来いっ!」
アタシは足場を蹴り、空中へと飛び出した。
アタシ達の体は重力に引っ張られる様に落下し、巻き付けていたロープのおかげでガクンと止まった。
「こっからどうすんだよ……」
「お前ェは銛刺す事だけに集中しろ。他の事はアタシがやる」
アタシは空中を蹴る様にして体を揺らし、振り子の要領で体を少しずつ前へと移動させ始めた。
「これ大丈夫なんだろうな……?」
「うるせェなお前ェは。さっき覚悟決めたんなら細かい事ごちゃごちゃ言うな」
十分に勢いがつき、船の外に身を投げ出すのが可能になる事を確認したアタシはロープを掴んでいた左手を離した。
巻き付けていたロープが左腕から離れ、アタシ達の体は完全に空中へと投げ出された。
落下していく中、真剣な表情をしているレーメイとすれ違う。
下を見ると、明らかに普通の大きさでは無い魚が顔を水面から覗かせた。
アタシはスバルを力強く抱き締める。
「行けッ!!」
「食らえぇぇぇぇええええッ!!!」
スバルの声が轟き、その手から銛が放たれる。
放たれた銛は雷の様な音を放ちながら落下し、ものの見事に怪魚の頭部に突き刺さった。
それと同時に真下の水面から大量の海水が爆発する様に浮き上がり、アタシ達を呑み込んだ。
アタシは海水のせいで傷が痛んだが、スバルを落とさない様にしっかりと抱き締めた。
少しすると、アタシ達は甲板に叩き付けられた。
「っぐ!?」
スバルを怪我させない様に自分の体を下にしたためか、体にもろに衝撃が走った。
「す、すみませんキセガワさん! 大丈夫ですか!?」
レーメイが慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。
アタシはスバルを離し、口に入っていた海水を吐き出した。
「……大丈夫じゃねェよ。それよりどうなった?」
レーメイがその質問に答える前にそこら中から歓声が上がる。
「……大丈夫みてェだな」
「ですね」
アタシはレーメイの肩を借りながら立ち上がり、あのデカブツを覗く。
明らかに異常な大きさだ。普通の魚ではない。アタシが知らないだけかもしれないが、少なくともアタシが住んでいた世界ではこんな生物は確認されていなかった。
シップジャーニーの漁師達は網を外し、ロープをあの巨体に巻き付けていた。恐らくこの船の上に持ち上げるつもりだろう。
アタシは座ったままのスバルに声を掛ける。
「オイ! ガキ!」
「あ、あ? 何だよ?」
「何だよじゃねェよ。お前ェの手柄だろうが。さっさと他の奴等手伝ってやれよ」
スバルは少しふらつきながら立ち上がると、返事もせず甲板から走り去っていった。
これであいつとの約束も果たす事が出来た。大分大仕事だったが、悪くない達成感だ。
そんな事を考えていると、ヴィアベルの婆さんがこちらに近寄ってきた。
「やるじゃないか」
「どうだ? 言っただろ? あいつは絶対に死なせねェってよ」
婆さんは小さく笑う。
「……全く大した奴だよアンタは。出来そうも無い事をやってのけちまう」
「やったのはスバルだぜ? 褒めるんならあいつを褒めてやれよ」
アタシは再び引っ張り上げられている巨大魚の方を向き、一生懸命ロープを引いている今回の英雄を心の中で称えた。




