第26話:レナスの狂犬
三人で歩いていると、石で造られた橋が見えてきた。その向こうには高い壁が見える。
ハッキリとは言えないが、恐らくあの中に街があるのだろう。
アタシ達は門の前にいる兵士達を視界に入れながら橋を渡る。恐らくだが、先程逃げた兵士達が応援を呼んだのだろう。
だが、問題ない。アタシ一人でも倒せるし、この二人もいる。
「そこで止まれ!!」
門の前に辿り着くと、兵士達の戦闘に立つ銀髪の女が声を上げる。
「……アタシらか?」
「そうよ。他の奴らから話は聞いた。あの城塞を壊したそうね?」
「……ありゃあ不幸な事故だったな? 偶然ってのは怖いもんだな?」
アタシが軽く挑発すると、その女は小さく足を動かし始めた。明らかにイライラしているのが分かる。
どうやらこいつは煽り耐性が低い様だ。このまま挑発を続けて冷静さを奪った方が良さそうだ。
「まァ気にすんな。あそこは川だ。そういう事もあるだろうさ」
「……黙りなさいよ」
「オイオイオイオイ。髪が白くなってんぜ? どうした? 随分ストレス溜めてんだな? 若いのにカワイソーな奴だ」
アタシがその言葉を発した瞬間、女は懐から何やら小瓶を取り出し、蓋を開け、中から錠剤を数粒出すと一気に呑み干した。
恐らくあれは救心か何かだろう。水も使わずに呑んだ事を考えると、普段から呑み慣れているという事だ。
「ハァ……ハァ……よくも……殺す……」
どうやら完全にキレたらしく、懐から小刀を取り出した。
「……それ出したら、もう後戻りは出来ねェぞ?」
「こっちは雇われでやってんのよ……! 生活が掛かってんの……!」
雇われか……確かに言われてみれば、他の兵士達が鎧着てるのに対して、随分と薄着だな。
アタシは後ろの二人に話し掛ける。
「……あの女はアタシがやる。お前ェらは他のをやれ」
「ど、どうしてですか? 魔法とかで一気にやった方が……」
「アホ。お前ェそれやったらすぐにへばるだろうが。アタシらの目的はあくまでここの国王だ。そこまで辿り着けなかったら意味ねェだろ」
「キセガワ様。お嬢様は私が見ているので大丈夫です。御自分の事に専念して頂いても問題ありません」
流石のオーレリアだ。こういうところは頼りになる。
「……頼んだぞ」
アタシは静かに構える。それと同時に眼前の兵士達もゆっくりと武器を構えた。
「殺せるもんならやってみろ。ただし……アタシの首は安くはねェぞ」
その言葉を発した瞬間、女はまるで犬の様な唸り声を上げながら跳び込む様にしてアタシの懐へと入り込んできた。
この動きは完全に予想外だった。軽装だから素早いとは思っていたが、いくらなんでも度が過ぎる。完全に人外の速度だ。
アタシは咄嗟に後ろの二人を突き飛ばす様にして飛び退いた。
「いたっ!?」
「……悪い。だが、こいつ……」
アタシの頬に血が伝っているのが分かる。今のは完全に殺しに来た動きだった。
こいつは危険だ……殺しに何の躊躇も無い。油断したら、本当に死ぬ……。
「よく避けたわね……」
「へっ……蚊が飛んできたのかと思ったぜ? そんなもんかよ?」
アタシは後ろの二人に軽く触れる。
レーメイはその意味を理解してない様だったが、オーレリアはしっかり理解してくれた様だった。
オーレリアはレーメイの腕を掴み、そのまま門前にいる兵士達の下へと走っていった。
どうやら上手くいったらしい。この女はアタシに意識が集中しているおかげであの二人の行動に気付いていない様だった。
この女の実力を考えると、ロープを振り回すとかは通用しないかもしれない。純粋な実力で倒すしかなさそうだ。
立ち上がり、構えをとる。
「……来い」
「……ええ」
女は返事をすると共に首を狙って小刀を振り抜いてくる。
体を後ろに逸らし、かわしながら脇腹に蹴りを入れる。
相手の体が少しぐらついたのは確認出来たが、あまり効いている風では無い。
アタシは不安定な姿勢のまま後ろに飛び退き、距離をとる事にした。
こいつの戦い方を考えると、距離をとれば一気に近付いてくる筈だ。もしさっきの様に一直線に近付いてくるのであれば、対処が出来る筈だ。
「遅ェよ……本気で来い」
「……っ!」
やはりだ。ちょっと挑発してやれば簡単に乗ってきた。
移動ルートさえ分かっていればどうと言う事は無い。簡単だ。
アタシは真正面に右ストレートを叩き込んだ。
手には確かな手応えがあったものの、相手がかなりの速度で突っ込んできたからか、腕に負荷が掛かってきているのが分かる。
アタシは少しでも自らのダメージを和らげ、相手へのダメージを増やすため、素早く腕を引いた。
銀髪の女は拳が鳩尾に入った影響からか、後ろにふらつきながらこちらを睨んでいる。
「……っ……っ」
どうやら呼吸も苦しい様だ。このままにしとくのも後々面倒くさい事になりそうだし、楽にしてやろう。
「お前ェは頑張ったよ。悪いが、こっちにも事情があンだよ」
アタシはもう一度鳩尾に拳を叩き込んだ。
女は肺の中の空気を全て吐き出してしまったらしく、そのまま無抵抗に倒れこんだ。
少しばかり可哀相ではあるが、こいつは厄介な相手になりそうだし、ここに置いといた方がいいだろう。
門の方を見ると丁度向こうも終わった様だった。
少し心配していたが、どうやら二人とも怪我は無い様だ。それに兵士達にも怪我の様なものは見られない。ただ気を失っている様だ。
アタシは門の向こうへ入るため、二人の方へ近付く。
「よう。終わったみてェだな」
「あっ! 大丈夫でしたか?」
「問題ねェよ。まァ、あいつもなかなかやる奴だったが……」
さて、どうやってこの門を開けるか? 恐らく鍵が掛けられているだろう。こちら側から開けるのは難しいかもしれないな。
仕方が無い……力技で行くか……。
「なァ、この門……お前ェら開けれるか?」
「それは、魔法を行使して開けられるかという意味でしょうか?」
「ああ。これ鍵掛かってンだろ?」
「……可能だと判断しました。しかし、門の爆破を行った場合、エネルギーの一時的消費が発生します。宜しいですか?」
エネルギーの消費……多分前になったみたいな感じか。
「オーレリア、それやったら前みたいになっちゃうんじゃない?」
「いいえ。以前は体内の活動用エネルギーを使用したため、一時的な機能不全に陥りましたが、今回使用するのは余剰エネルギーです。ですので、仮に無くなっても一時的に魔術が使えなくなる程度のものです」
どうやら、あの時程の事では無いらしい。それなら、こいつに任せても大丈夫かもしれない。
「頼めるか?」
「畏まりました。実行に移るので、お二人は安全圏へ非難して下さい」
「あ、安全圏ってどの位?」
「予想ですが、5メートルは離れて頂ければ良いかと」
「分かった」
アタシはレーメイと共に付近の兵士達を非難させ、オーレリアが開錠準備に入るのを見守った。
オーレリアが両腕を前に伸ばすと、その体は発光を始めた。
アタシは近くに倒れているあの女を見る。
相変わらず気を失っており、動く気配は無かった。だが、どうにも気になる。何故かは分からないが、この女には違和感がある。さっき触った時に上手く言い表せないが、違和感があった。
試しにしゃがみ込み、仰向けにさせた後、観察をする事にした。
顔には何もおかしな所は無い。整った綺麗な顔をしている。正直、戦いの場に身を置かなくても、看板娘としてでも稼げそうではある。
服装は軽装ではあるが、やはりおかしな所は無い。……そう。服装はおかしくは無い。だが……。
「キセガワさん? どうしたんですか?」
「……なァ、レーメイ。魔法には身体能力を上げる様なのはあるのか?」
「身体能力ですか? うーん……母様から教えてもらった限りでは聞いた事は無いですね」
「そうか……」
やはり違和感はそこにあるか。こいつの体を見て思ったが、こんな細腕で小刀を振り回したり、更にはあんな速度で動き回れるとは思えない。何かで強化してるのかと思ったが……。
「妙な奴だな……」
「あの、キセガワさん? あんまり触ったら起きちゃうんじゃ……?」
……それもそうか。この近距離で動かれたら対応出来るとは思えない。この辺りで止めておこう。
立ち上がり門の方を見ると、閃光と共に炸裂音が響き渡った。
突然強烈な光が発生したせいで、思わず顔を背けてしまう。
「お、終わったみたいですね」
「……ああ。大分派手にやったな。こりゃ中の奴にもバレたな」
アタシ達は目的を遂げるために門の方へと歩き出した。
「お待たせしました。作業完了しました」
「ああ。危うく目をやられるところだったよ」
「キセガワさん急ぎましょう!」
「……そうだな。他にも兵士はいるだろうし、さっさと終わらせるか」
アタシ達は門に開いた穴を通り、レナス王国へと入った。
中は特に変わった所の無い街並みだった。アタシがこの世界に来た時に居た、あのトワイライト王国と同じ様な感じだった。
壁には恐らくレンガが使われており、道は綺麗に舗装されている。そこそこ発展しているのは間違い無い様だ。
だが、やはりというか、人の姿は見えなかった。
まァ当たり前かもしれない。これだけド派手に正面から来たんだ。普通は国民の非難をさせるだろう。してなかったら大問題だ。
「人いませんね?」
「家の中には居るだろ。用事があるのは国王だけだ。他の奴らはいい」
とはいえ、この国に来たのは初めてだ。どこに何があるのか分からないままウロウロしていても、無駄に体力を消耗するだけだ。
アタシは情報収集をするため、辺りを見回す。
「何を探しておられるのですか?」
「酒場とか飯を食う所だ。ああいう場所は情報が集まり易い。それに、この緊急事態に咄嗟に数人が非難するには持って来いじゃねェか?」
「なるほど。でしたら、あそこではありませんか?」
「あ?」
指差された方向を見てみると、一見他と見分けが付かない建物があった。
「あれか? あんまりそんな感じはねェぜ? 看板もねェし」
「キセガワ様。これは私が聞いた話なのですが、この国は軍事力に力を注いでいる様なのです」
それはそうだろうな。あんな城塞を建てる位だ。兵士達の錬度はともかく、力を入れてるのは伺える。
「それで?」
「この国では軍事力に力を注ぐ余り、国の上層部は他の仕事などにはあまり関心が向いていない様なのです」
「……それで?」
「はい。ですので、看板を出す費用も管理する費用も無いのではないでしょうか? それにあそこに置いてある木箱は恐らく飲料水を入れていたものの筈です」
なるほど。本来なら国の上層部は色んな国民や仕事に目を向けるべきだが、ここではそれが疎かになっているという事か。それなら都合がいい。
「お前ェの言いたい事は分かった。試しに行ってみよう」
「はい」
「気をつけましょうね……!」
アタシは周囲に兵士が居ないことを確認しながら建物の前に移動し、ドアノブに手を掛け、少し押してみた。すると意外な事に簡単に扉は開いた。
「っと……鍵掛かってないのか?」
「どうやらその様ですね」
そのまま扉の奥に入ると、オーレリアの予測通り、酒場の様な場所だった。
椅子には住人と思われる人々が座り、まるで何事も無かったかの様に酒を飲んだり、食事をしていた。
「どうもいらっしゃい。旅の方ですか?」
カウンター越しに声を掛けてきたのは初老の男だった。服装からしてこの酒場のマスターだろう。
「……肝が据わってンだな?」
「はて? 何の事ですか?」
「とぼけてんじゃねェよ。あんたら、分かってんだろ? 今の街の状況……」
マスターは微笑む。
「ええ。分かっていますとも」
「それにしちゃおかしいだろ? アタシらは侵入者だぞ? 殺されても文句言えねェ」
「それがお望みで?」
「違ェよ。ただ、もっとこう……騒いだりとか、敵対的な態度とられると思ってたんだよ」
「……まあお座りになって下さい。お話はゆっくりとしましょう」
マスターは手でカウンターに座るように促してきた。
話を聞くため仕方なく、アタシ達は促されるがままに座った。
マスターはコップに入れた水を三杯分用意してくれた。恐らくレーメイ達が未成年の可能性があったからだろう。
「……さて、何故我々があなた達に敵対的な反応をしないのか、でしたね」
「ああ。どういう事だ?」
「それは……この時を待っていたからですよ」
レーメイが困惑した表情を浮かべる。
「待っていた、ですか?」
「はい。御覧の通り、この街は力に支配された国です。兵士になればエリートとして崇められ、給料も嘘の様な金額が払われます。ですが……そうなれなかった人間はこの有様です」
マスターの視線の先には他の客達が居た。
どれもこれも酒を飲んでくだらない話をしたり、下手糞な歌を歌ったりしていた。
「……なるほどなァ、そういう訳か」
「ええ。彼らは上の人間達からは馬鹿にされ、実力では勝てないばかりに酒に溺れてしまいました」
「……あんたは何でマスターなんてやってんだ? 他の奴みたいにはならないのか?」
「…………酒は、時に救済をしてくれます。どうしようも無い時、酒だけは話を聞いてくれます。私は、彼らを少しでも助けたかったのです」
確かに酒はストレス発散にも使える。だが、ここまで飲んでしまっていては、最早ただの危ないクスリだ。
「……逃げてるだけだろ」
「ええ。ですが逃げなければいけなかった。そうしなければ生きていけなかった」
「それで? お前ェはどうして欲しいんだよ? 大方、アタシらがこの国のお偉方をぶちのめすのを期待してるんだろ?」
「本音を言うとそうです。このままでは、本当にこの国は終わってしまう。それだけは避けなくてはならないのです」
「……分かった。いずれにしてもアイツは捕まえるつもりだ。アイツにはまだ、ケジメつけなきゃならねェ相手がいるからよ」
アタシはコップに口を付け、水を飲み干す。
乾いた喉に冷えた水が通り、心地良い感覚を覚える。
その瞬間、店の扉が勢いよく開いた。
「見つけたわよ……っ!」
振り向かずしても分かった。
入ってきたのは、さっきの銀髪の女だった。




