第24話:戦いの幕開け
部屋に入ると、既に二人が部屋に戻ってきていた。
机の上には二人が買ってきた物と思われる袋が置かれていた。恐らくあれに薬などが入っているのだろう。
「あっ、キセガワさん。おかえりなさい」
「お戻りになられましたか」
「おう、待たせたな」
レーメイはアタシが持っているロープを見て不思議に思っている様だった。
「それ、何に使うんですか?」
「あ? 何にって……そりゃあ武器にだろ」
「ぶ、武器に……?」
どうやら彼女にはロープを武器に使うという発想は無い様だった。
まあ、当たり前と言えば当たり前かもしれない。
普通、武器と言えば剣だとか槍だとかだ。ロープなんて武器に使う物ではない。
「ああ。これを振り回しゃあ牽制に使えるし、この硬さなら手に巻いて殴ればそこそこの威力にもなる筈だ」
「そ、そうなんですか……?」
「キセガワ様。私が言わずとも分かってらっしゃるとは思いますが、ロープはその様に使う物では御座いません」
流石にレーメイに引かれてしまった。挙句の果てにオーレリアには正論を吐かれる始末だ。
だが、アタシにとってはこれが使い易いのは事実だ。他のいかにも武器といった物よりも、こういう物の方がアタシにとっては取り扱い易い。
「アタシにはこれがいいんだよ。……ところで、お前ェらは何買ったんだ?」
「私達は薬とかですね。武器の使い方はよく分からないですし」
なるほど、賢い考え方だな。自分達の使えそうにない物は無理に買わず、使える物だけを買った訳か。
「そりゃいいな。準備が出来たんなら、行くぞ」
アタシは準備を終えた二人を連れてヴィアベルの婆さんの所へ向かった。
広間に着くと、先程までいたビーバー達は居なくなっていた。
「来たかい」
「ビーバー達はどうした? 姿が見えねェ様だが……」
「あいつらなら先に向かったよ。こっちが合図を出せばいつでも作業に移せる様にね」
なかなか行動が早くて助かる。すっとろいのが苦手なアタシにとってはありがたい話だ。
「そうか。こっちも準備は出来てる。そろそろ実行に移そう」
「……そうだね。鉄は熱いうちに打つべきだ。ヴォーゲ、火船の準備は?」
「出来てる。既に川の上流に配置済みだ」
「仕事が速いじゃないか。流石あたしの息子だ」
この親にしてこの子ありと言ったところか、ヴォーゲも行動が早くて助かる。
「それじゃあ、あんた達がやるべき事を教えるよ。まずは……」
アタシは、作戦を頭に叩き込むために耳を傾けた。
作戦を実行するために、アタシ達はレナス城塞に近付いていた。
婆さんが言っていた作戦はこうだ。
まずはアタシ達が城塞に近付き、戦闘を開始する。それを合図にビーバー達が足場を崩し始める。それが終わると、合図を元に火船が放たれる。
アタシ達はただ時間稼ぎをすればいいので、そんなに難しい作戦ではない。
「……いよいよですね」
「ああ。怪我はなるべくしないようにな」
レーメイやオーレリアが怪我をするのではないかという不安があるにはあったが、恐らく大丈夫だろう。
薬も買っていたし、それにこいつらもそこそこ強い。信頼しても大丈夫だろう。
「……気ィ引き締めろ。着くぞ」
目の前に見えてきた城塞を前にアタシは息を飲む。
別にこの木で出来た城塞を崩す事自体はそんなに難しくは無い。ビーバー達の助けもあるし楽勝だ。
だが、こういう経験は今までには無かった。アタシが住んでいた世界では城攻めなんて時代錯誤にも程がある。
アタシ達に気付いた兵士の一人がこちらに近付いてきた。
「申し訳ないが、ここから先は立ち入り禁止だ。引き返してくれ」
「……そうはいかねェな。その先に用があるんだ」
アタシはなるべく平静を装いながら、兵士の観察を行う。
背中にはボウガンを背負っており、腰には剣を差している。鎧を着けてはいるが、あまり上質な物には見えない。一般的な兵士といった感じだ。
接近戦に持ち込んでしまえば大した相手ではなさそうだが、ボウガンには気を付けた方が良さそうだ。あれで撃たれれば、確実に負傷は免れない。
相手は一人、倒すのは簡単だが、この位置からだと他の兵士の視界にも映ってしまう。そうすれば、あっという間にボウガンで蜂の巣だ。
「用があるなら遠回りしろ。ここは通れない」
「冷てェ事言うなよ。な?」
「私からもお願いします! どうしても通りたいんです!」
「何度言われようと駄目だ。引き返せ」
なかなか厄介な相手だ。あの城塞の上に移動出来れば楽なんだが……。
……仕方がない。こういうのは気持ち悪いからあんまりしたくなかったんだが……。
「……レーメイ、オーレリア。ちょっとだけ離れててくれるか? それと、少しの間薬草でも探しててくれ」
「え? キセガワさん……?」
「……分かりました。行きましょうお嬢様」
戸惑うレーメイの手を引きながら、オーレリアはその場から離れていった。
恐らくあいつはアタシが何をしようとしているのか分かっている訳ではないのだろう。だが、こうやって何も聞かずに従ってくれるのはありがたい。
「何だ……おい、怪しい動きはするなよ」
兵士が腰の剣に手を掛ける。
「まぁ待てよ。そんな殺気立つな」
アタシはゆっくりと近付き、兵士のすぐ側まで近付く。
「……な? これでいいだろ?」
アタシは上着を少し捲り、腹の辺りを見せる。
「お、おいどういうつもりだ……」
「言わなくても分かんだろ……な?」
簡単な話、色仕掛けだ。
こう言っちゃ何だが、アタシはどちらかというと美人の部類に入るのだと思う。自分ではそうは思わないが、昔っから妹弟子の小幸がよくアタシの容姿を褒めてきたのだ。
まァ仮に美人じゃないにしても、普通位だとは思う。それだとしても問題はないだろう。
アタシの想定だが、こいつは多分……そういう経験が無い。
いや、もしかしたら恋愛経験すら無いのかもしれない。
さっきからこいつはアタシ達と話している時、ちょくちょく目線をずらしていた。女慣れしてない奴はこういう反応が出易い。
アタシは更にズボンに手を掛け、少しだけ捲る。
「な……? 頼むよ……」
「う……わ、分かった……つ、付いて来い」
……空しいもんだな。結局の所、人間もただの動物って事だな。
しかしレーメイやオーレリアが離れてくれて良かったぜ……こんなもんは教育に悪過ぎる。
アタシは兵士に付いていき、思いの外容易く城塞に侵入出来た。
城塞に特に変わった所は見られず、外から見えていたのと同じだった。
ほとんどが木で作られているが、それにも関わらず頑丈な作りらしく、全く軋む様な音が聞こえない。
周りの兵士達は場違いなアタシに気付き、こちらを観察している様だった。
だが、誰もアタシを止める者がいない事を見るに、普段から女を連れ込んではこういう事をやっているんだろう。そうでなければ、普通は止める筈だ。
「こ、ここに入れ」
「……ああ」
アタシは案内されるままに普段兵士達が休憩に使っているであろう小屋に案内された。
小屋も木で出来ており、ベッドや机、椅子などが確認出来る。
ふと見ると、アタシを案内した兵士が扉の内鍵を掛けているのが目に入る。
これは好都合だ。やるならこのタイミングだな。
アタシは鍵が掛かる音がした瞬間、肩からロープを取り、相手の首に巻きつけ、そのまま背中合わせになり、前傾姿勢になる。
何と言う技なのかは知らないが、これが一番締めやすい。
「なっ……!? ぐっ……!?」
「悪いが大人しくしててくれねェか? 命までは取らねェからよ……」
そのまま数秒締めていると、背中から伝わってきていた振動がピタリと止んだ。どうやら気を失って抵抗出来なくなったらしい。
ちょいとばかし可哀相ではあるが、兵士をその場に放置し、アタシは窓から顔を出しながら下を確認する。
すると、そこに一匹のビーバーの姿が見えた。アタシの知らない顔だが、恐らくあのロッジの奴だろう。
「おい……おい……喜瀬川だ。始めてくれ……!」
「……了解」
アタシの声を聞くと、そのビーバーは水中に潜り、姿を消した。後は任せても大丈夫だろう。
アタシは内鍵を開け、丁度視界の先にいた兵士に向かってロープを振るう。
兵士が気が付いた時にはもうロープが到達しており、抵抗する間もなく、その顔にロープが叩き付けられた。
それと同時に他の兵士達も異変に気付き、周りに集まって来た。
「な、何なんだお前!」
「あいつはどうした!?」
「……アタシを案内してた奴か? あいつなら今いい夢を見てるぜ」
少し視線をずらし、最初に兵士に止められた時の場所を見ると、既にレーメイ達が戻ってきていた。こちらを見て何とも間抜けな顔をして驚いている。
これは都合がいい。最高のタイミングだ。
「お前ェらも見てみるか? まだ昼間だが、たまにはお昼寝も悪くねェだろ?」
「捕らえろ! 捕らえろぉ!!」
兵士の一人が上げた怒声を合図に一斉に武器を抜く。
だがよく見ると、一人だけボウガンを抜いている奴がいる。
他の奴は皆剣を抜いているというのに、こいつだけ経験が浅いのか? こんな距離で飛び道具使うのは相当難しいぞ。
だが、これも都合がいい。よりにもよって一番近くだ。ここから踏み込めば十分に間に合う距離だな。
視界の端ではレーメイが慌てている姿が映る。
レーメイが走り出すのとほぼ同じタイミングで、アタシはボウガンを抜いた兵士に一気に踏み込み、左手でボウガンを掴んだ。そのまま射線を逸らしながら、相手の右目の横辺りに手刀を叩き込み、ボウガンを奪い取った。
これであいつはしばらく右目にダメージが残るだろう。戦闘も困難になる筈だ。
アタシの足元から軋む様な音が響く。
「さぁ! 覚悟決めた奴だけかかって来いっ!!」
アタシは、怒声を轟かせた。




