第10話:海の一族
ヴィアベルの後に付いて行ったアタシ達は港に見えていた大きな船へと向かっていた。
港に停められている船にはそれぞれ次の船へ渡るための足場が用意されていた。
「なァ、普段から足場で繋げてんのか?」
「そんな訳ないだろう? こうやって停めてる時だよ」
まァ、船で暮らしてるんだったらそうでもしねェとお互いに移動出来ないもんな。しっかし、こいつら不便じゃねェのか?
「キセガワ様。足元に気を付けて下さいね」
「お前ェ舐めてんのか? この程度どうって事ねェよっ!?」
クソが……言った側から踏み外しちまった……。思ってた以上に不安定だな……。あのヴィアベルとか言う婆さん、よくあんなぐんぐん進めるな……。
「大丈夫ですか?」
オーレリアが手を伸ばす。
「アホ。ちょっと踏み外しただけじゃねェか。どうって事ねェよ……」
アタシは少し恥ずかしさを覚えつつも、何とかよじ登った。
クソ……右足が濡れちまった……。
顔を上げると、ヴィアベルがこちらを見ながら立ち止まっていた。
「気にしない方がいいよ。慣れない内はそんなもんさ」
……言うんじゃねェよクソが。別に気にしてねェって……。
それにしても、レーメイの奴、やけに静かだな。いつもだったら、下ろせだの何だの言うだろうに。
「なァ。レーメイの奴、妙に静かじゃねェか?」
「はい。お嬢様は恐らく怖がっておられるのでしょう」
怖がる? 海の上を?
「おかしくねェか? 船ならここまでにも乗っただろ?」
「いえ、そういう意味ではなく……人に抱えられて不安定な足場の上を移動するという状況に恐怖しているのだと思います」
なるほど、そういう事かィ。確かに、こんな不安定な足場の上で自分の足で動けてないってのはァ、怖いかもな。
「納得したよ。そりゃ怖いだろうな」
「はい。それ故に、私共は幸運とも言うべきであり……っ!」
……今度はこいつが踏み外しやがった。
「オイ大丈夫か?」
仕方が無いので手を伸ばす。さっきと逆の状況だな。
「……ご心配なく。問題ありません」
「つってもその体勢じゃ上がれねェだろ? 無理すんなよ」
アタシは無理やりオーレリアの腕を掴み、引っ張り上げた。
オーレリアは少しの間濡れた足を見ていたが、やがてこちらを向いた。
「申し訳ありませんでした。以後、気を付けます」
「おう、そうしてくれ。アタシもそうする」
アタシ達は先程よりもやや慎重に足場を進み、大きな船へと向かっていった。
やがてアタシ達は目的地に辿り着いた。
やはり近くで見ても馬鹿馬鹿しい程にデカイ船だ。他の船と同じ様に木で出来ているが、ここまでデカければ、多少の攻撃を食らっても大丈夫そうだ。
ヴィアベルは歩みを止め、レーメイを下ろすとこちらに振り返った。
「さて、ここがあたしらの組織の中心さ」
「随分と馬鹿デケェな」
「そりゃそうさ。海の上には海賊共もいるしねぇ。これだけデカくなけりゃあやってけないさ」
そうかもなァ。デカイってだけで威圧出来るし、実際頑丈そうだ。
レーメイはふらつきながらこちらへ戻ってきた。
「おや、お嬢ちゃんにはちときつかったかい?」
「い、いえ……お気遣いなく……」
こりゃ大分やられてんな。まっ、しばらくは静かになりそうでありがたいが。
ヴィアベルと話していると、船の奥から一人の男が歩いてきた。
グリンヒルズ市長のマカイと比べても負けない位の大男で、それ以上にがっしりとした体格をしている。まさに海の男って感じだ。
「母さん。こちらの方々は?」
「おや? 居たのかい。この子達はトワイライト王国から来た子達だよ」
こいつはヴィアベルの息子か。確かによく見てみれば、目元が少し似てるか。
レーメイが頭を下げる。
「初めまして。レーメイ・トワイライトと申します」
「それではあなたは……」
「はい。父、ヒーノィリ・トワイライトの娘です」
「そうでしたか! 母が失礼な事をしませんでしたか……?」
「いえいえ! その様な事は……」
レーメイの目があからさまに泳ぐ。嘘つくのが下手過ぎるだろ……。
そんな事を思っていると、ヴィアベルの息子はホッとした様子だった。
「そうでしたか……それなら良いのですが……」
こいつ大丈夫か? こんな嘘見破れねェでどうすんだよ。
これからしばらく世話になるってのに、不安だぜ……。
一応アタシも挨拶はしとくか。ヴィアベルの息子だし、溜め口でいいか。
「おう、アタシらも忘れんなよ」
「こ、これは失礼しました!」
「別にそんな畏まらなくてもいいぜ。アタシはただの付き添いだ。喜瀬川雅。よろしくな」
「キセガワさんですか。もしや、ニキタマ国の方ですか?」
また出たなこの名前。やっぱり、日本によく似た国があるって事なのか? 気になるところだが、下手に本当の事を話してもややこしくなるだけだな。
「……ああ。ニキタマの人間だ」
「そうでしたか! 実際にニキタマの方に会うのは初めてですよ!」
「そうかい。興奮してるところ悪いんだがな。こいつの紹介がまだ終わってねェぞ」
アタシはオーレリアの肩に手を置く。
「す、すみません。悪い癖でして……」
「宜しいですか? 私の名前はオーレリアです。どうぞ気楽に『オーレリア』とお呼び下さい」
オーレリアは相変わらず深々とお辞儀をする。この丁寧さは仕込まれて出来るようになったんだろうか。それとも生まれつきか?
「オーレリアさんですね。それでは私も自己紹介させて頂きます!」
そう言うと、ビシッと背筋を伸ばした。
「私はヴォーゲ・マールシュトローム。シップジャーニーの副官をやっております!」
なるほど。つまりヴィアベルの婆さんの次に偉いのがこいつって事か。
「ヴォーゲな。よろしく」
アタシは軽く握手を交わすと、レーメイに話題を振る。
「おし。それで、どうすんだ?」
「まずはヴィアベルさん達の行き先を教えて頂けると……」
レーメイがそう言うと、ヴィアベルは顎を触りながら答えた。
「そうだねぇ……近々、トゥーリバーに向かおうと思ってるんだよ。あそこも一応調べる価値はあるかもねぇ」
また知らねェ名前だな。
アタシは少し屈み、こっそりオーレリアに尋ねた。
「……オイ。どんなとこなんだ?」
「……トゥーリバーは大きな川が二つ流れている村です。魚料理が美味しいと言われています」
村か。という事は、グリンヒルズとかと比べると小さいって事か?
「……実際どうなんだ? ヴィアベルの婆さんはああ言ってるが」
「……私も調べる価値はあるかと思います。そんなに人が多い訳ではありませんので、むしろ何かを隠すには好都合かと」
聞きたい事が聞けたアタシは元の姿勢に戻り、レーメイに尋ねる。
「どうする? 調べるか?」
「……そうですね。念のために調べておきましょう」
「決まりだな。そんじゃあヴィアベルの婆さん、よろしく頼むぜ」
アタシは右腕を前に出す。
「ああ。任せな」
ヴィアベルがその手を握る。
ここでふとアタシは気付いた。
どこで寝りゃいいんだ?
「オイ。寝る場所とかはあるか?」
「あ、それでしたらこちらへ」
ヴォーゲが案内してくれる様だ。まァ、無い訳無いよな。海の上で暮らしてるんなら、当然あるだろうな。
アタシ達はヴォーゲの後に付いていった。
デカイ船の中をしばらく歩いていると、ヴォーゲが一つの扉の前で立ち止まった。
「こちらです」
「おう、悪かったな」
「ありがとうございます」
「ご案内頂きありがとうございました」
アタシ達が礼を言うと、ヴォーゲは頭を下げ、廊下の奥へと歩いていった。
さて、折角だし入ってみるか。
ノブを掴んだアタシは扉を開いた。
部屋は今までこちらで過ごして見てきた部屋とは比べられないほど広かった。高そうなテーブルや椅子、遠目から見てもふかふかだと分かるベッドなどが置かれていた。
「意外といい感じじゃねェか。悪くない」
「船そのものが大きいだけありますねぇ……」
アタシとレーメイが部屋を見回していると、オーレリアが机の上を触りだした。
「オイ。どーした?」
「いえ。埃などが付いていないかチェックしていただけです」
まるで姑だな。もしかしたら今までの召使い生活でそういうのが染み付いてるのかもしれねェけど。
「多少はあるだろ。あんまし気にすんなよ」
「そういう訳にはいきません。快適に過ごせる様に常に目を見張らせなくては」
そう言うとオーレリアは部屋の中を歩き回り、あちこちの埃を調べ始めた。正直気にしすぎだと思うが、どうせ止めても聞かないだろうしなァ……。
さてと、まだ出発まで時間もあるだろうし、ちょいとばかし他の船も見て回るか。
アタシはレーメイに話しかける。
「なァ、悪ィがちょっと他の船見てくる」
「あっ、だったら私も行きます」
どうやらこいつも行く様だ。まァ別に問題無いか。
オーレリアに声を掛ける。
「オイガキ! 他の船見てくるがお前ェも来るか?」
アタシの声に反応して、オーレリアがこちらを向く。
「お二人が行かれるのなら私も行きます」
よし、決まりだな。
アタシ達は部屋の外へ出ると、この馬鹿デカイ船から一旦出るために歩き始めた。




