第1話:喜瀬川の死、喜瀬川の怒り
よく知った声が聞こえる。アタシの……知り合いだ。
アタシの体に妹弟子の小幸がすがり付く。止めろ……泣いてんじゃねェよ……。
体を動かそうとするが、指一本動かない。クソが……今まで生きてきて、その最期がこれかよ……。
とうとう意識がもたなくなる。アタシは力を抜き、目を閉じた。まァ……こいつを守れたってのは、アタシの人生で唯一褒められるところかな……。
アタシは気が付くと見知らぬ場所にいた。周りは不気味なほどに真っ白で、何も遮蔽物が無いにも関わらず、地平線はどこにも見当たらなかった。
後ろから人の気配を感じ、振り返る。目の前にはいかにもといった風な老人が立っていた。
「おい。ここァ……どこだ?」
「ここか? ここは、言うなればあの世じゃな」
は? あの世?
アタシは事態が飲み込めなかった。確かにアタシはあの時、小幸を庇って命を落とした。それははっきりと覚えている。アタシは間違いなく、鉄骨の下敷きになって、死んだんだ。
「オイオイオイ。ちょっと待ちなよ爺さん。あの世? 悪ィけど、アタシそういうのは信じない質なんだよ。ほら、さっさとホントの事言えよ。ここはどこなんだ?」
「例え君が信じなくても事実じゃよ。さて、ワシがこうしてここに現れた理由じゃが……」
このジジイ……勝手に話進めんなよ……。
「オイ。現れた理由だァ? 死んだ人間に何させようってンだよ?」
「その実は、じゃな? 君にはある世界に行ってもらって、その世界の危機を救って欲しいんじゃよ」
……オイまさか、アタシこういうの何かで聞いた事あるぞ……アタシそういうのは好きじゃねェンだよ……。
「断る。他の奴にやらせろ。アタシがその世界とやらを救う義理は無ェ」
「いいや。君なら任せられる。現に君の死因が物語っておる。君はそんな態度をとっとるが、本当は優しい人間なんじゃろ?」
うぜェな……知った風な事を言いやがって……。アタシの事をよく知ってるのは獏昇師匠か小幸か、もしくは弟弟子の一八ぐらいだ……。
「オイジジイ。いい加減にしねェと、アタシもキレるぜ? そんなに気の長い方じゃないんだからよ」
「……悪いのぉ、もう決定事項じゃ」
老人がそう言うと同時に、アタシの足元に穴が開き、真っ暗な空間に投げ出される。アタシは重力に引っ張られながら、先の無い闇へと落ちていった。
だが、アタシは諦めるつもりは無い。こうなったら意地でも帰ってやる。そして、あのクソジジイをメタクソにぶん殴る……! そう決めたアタシは目を閉じ、次に起こる事態を受け入れる準備をした。