ネオ陰陽師~決戦ッ! セイメイVSドーマン~
――二十一世紀末、京都。
『不夜城』の異名を持つ、世界屈指のメトロポリス平安京は、夜闇を暴く百万ドルの燈籠の光と、静寂を破るハイブリッド牛車の爆音に溢れ返っている。
寸分の狂いもない、機械の如き精密さで敷設された、碁盤目状の片側四車線道路をひた走る、一つの人影があった。
身長優に一八〇センチを越える、筋骨隆々の屈強な体躯。一分の乱れもない美しいフォームは、時速一〇〇キロで飛ばす牛車をも軽々と追い抜く速度を叩き出す。風を切り裂き、暗闇を走る狩衣に烏帽子姿の男――名を、アベ=セイメイと言う。セイメイは陰陽師であった。
この若き陰陽師の瞳には、使命、任務の決然たる光の中に、熾火のような復讐心が灯っている。敬愛する師を無惨に殺した、仇敵の抹殺任務。朝廷より直々の下命を胸に掻き抱き、セイメイは夜の都を突き進む。
燃える視線の先に映るは、交差点の青信号。一切走行速度を落とす事なく、そのまま通り過ぎる――
瞬間ッ! 横合いから大型二トン牛車現るッ! その時速は一五〇キロ、明らかな速度オーバーッ! 明らかな信号無視ッ!
車内で和歌をしたためていた運転手の顔が、交差点中央のセイメイの姿に気付き驚愕に引きつるッ! 急ブレーキの蹄に抉られるアスファルトッ! 『ンモオオオオオォォォオッ!!』と鳴り響くクラクションッ! 大惨事一歩手前ッ! 短歌運転事故の元ッ!!
「トォォオッ!!」
しかし、ああ見よッ! セイメイは猛々しいシャウトと共に高々と跳躍ッ! その高度、実に十メートルッ! 眼下で二トン牛車が、交差点に侵入したタンクローリー牛車の横合いに衝突ッ! 響く轟音ッ! ひしゃげる屋形ッ! 放物線を描く車輪ッ! 爆発、炎上するタンクローリー積載の照明油ッ! 後続車両をも巻き込み、なお被害拡大中ッ! 両運転手始め、死者多数ッ!
人々の阿鼻叫喚が上がる中、炎は更に燃え盛り、焼肉の匂いが充満する。京の都の日常的風景である。混乱の巷と化した交差点を背後に、セイメイは空中三回転の後に見事着地。通報は騒ぎに気付いた野次馬達に任せ、振り返る事無く、一切の速度を落とす事無く走り去って行く。
反閇、即ち高度な危機回避能力を得る事が出来る、陰陽師のリズミカルステップのお陰だ。使用には正確な足捌きが要求されるが、セイメイはこれ程の走行速度を出しながらも見事に反閇ステップを決めている。この若き陰陽師の実力が如何程のものか、窺えると言うものだ。
数分後、セイメイは目的地である竹林公園へと到着した。事前に設定した到着予定時刻から、万分の一秒も狂いは無い。セイメイの漏刻――己の勘で時を計る術は精緻極まる。
繁茂を極める竹林の中へと、竹垣で区切られた石畳の歩道が伸びている。逸る気持ちを押さえ、セイメイは慎重に歩を進めて行く。随分と年季の入った石畳らし
く、所々で足裏に、竹の根で形成されたと思しき僅かな凹凸を捉えた。
開けた空間が見えて来た。公園の中央広場だ。セイメイは軽やかな動きで竹垣を越え、音も無く茂みの中へと身を隠す。
そっと、広場の様子を窺う。……思わず、眉をひそめる。
月光の下に、十体程の死体が転がっていた。胸や腹、額から血を流し、恐怖と苦痛の表情が張り付いた物言わぬ男達の周囲には、大量の違法カレンダーが散乱している。恐らく、交渉が決裂した末の惨事であろう。
酸鼻極まる中央広場に、一人の男が立っていた。間違い無い。彼こそが今回のターゲット、アシヤ=ドーマンだ。
彼は元々、ブラジリアン仏道の求道者であった。将来を渇望される若きエースであった彼は、しかし二十年前突如として出奔。国家からの認可を受けない私渡僧として、非合法活動に手を染める。更には違法的手段とは言え仮にも仏道に身を置きながら、同時に陰陽師を名乗り陰陽道を悪用すると言う、筆舌に尽くしがたい暴挙にまで及んだ。
いわゆる、法師陰陽師である。
ドーマンは一年前、セイメイの師であるカモ=ヤスノリを殺害し、逃亡。行方をくらました。セイメイは朝廷にドーマンの危険性を訴え、追討令を乞うたが、貴族達の目はあまりに暗く、腰はあまりに重かった。
そして半年前、再び姿を現したドーマンは、日本国のプレジデント、フジワラ=ミチナガに対し暗殺を試みるも失敗。代わりに、三名の殿上人と五名の陰陽師が殺害された。
事ここに至ってドーマンの脅威を認識した朝廷は、彼の行方を捜索。そして先日遂に、彼が関わる違法カレンダー密売計画の情報を掴んだのだ。朝廷はドーマン追討の命を、セイメイに下した。
仏道と陰陽道、二つの道を汚し、師を殺した憎き仇の姿を目にし、セイメイの血液は沸々と静かにたぎる。かと言って復讐心に駆られ、無策で飛び出す愚を犯す程セイメイは直情ではない。あくまでも冷静に追い詰めねばなるまい――
「ハアァーーーーッ!!」
突如、竹林にドーマンのシャウトが響くッ! セイメイの潜む茂みへと向けて、右手を一閃ッ!
「トオォッ!!」
危機を察したセイメイは、瞬間的に跳躍ッ! 直後、衝撃波で竹林がなぎ倒されるッ! 竹の断面、鋭利な刃物で斬られたが如しッ! 間一髪ッ!
そのまま空中で三回転し、セイメイは広場中央に着地。ゆっくりと身を起こし、ドーマンへと向き直る。
「何ぞ気配がするとか思えば、貴様は陰陽師か。察するに、朝廷の放った刺客と見た」
「アシヤ=ドーマン。貴様は朝廷よりの認可を受けず勝手に陰陽師を名乗り、違法カレンダー密売に関わり、あまつさえプレジデント・ミチナガの命を狙い、官民問わず数多の者を殺害した。もはや生かしてはおけん。今宵、貴様に誅を下す」
「我の命を取りに来たのが若造一人とはな。随分と舐められたものだ――」
ドーマンは何かに気付いたように目を凝らし、セイメイを眺めた。
「クッ……ハァーーハッハッハッハッ! 何ぞ見覚えのある若造かと思えばッ! 貴様ヤスノリの弟子かッ! 師の敵討ちと言う事かッ!」
ヤスノリの殺害時、セイメイは現場に居た。ただの一撃で戦闘不能へと追い込まれた彼は、薄れゆく意識の中、ドーマンの拳がヤスノリの胸を貫く光景を見てい
た。自身が止めを刺されなかったのは、単に相手にされなかっただけだ。脅威と見なされなかっただけだ。……怒りと屈辱をこらえ、セイメイは静かに口を開く。
「……何故だ。何故、我が師ヤスノリを殺した。陰陽の技は天下の秩序を保ち、民に安寧をもたらす為に振るわれるべきものだ。師はこの悪徳の蔓延る世紀末にあって廉潔を保ち、太平の志のみに生きた。その方を――その御方を貴様は無残にも殺した。志を踏みにじった。如何なる理由があれば、左様な非道を働ける?」
「青い……青いな若造。それとも、朝廷に巣喰う老害貴族共に毒されたか?」
ドーマンは鼻で笑った。
「如何に言葉を繕おうとも、陰陽道の本質は戦の技よ。卜占も漏刻も暦も天文も、本来は敵の殺戮を目的とする。戦の技は人を殺めるために振るわれてこそ。我が求めるは幾千の血と幾万の屍の先にある、修羅道の頂。我が拳の前に生が散る度、我が技の前に命が砕ける度、我が美名は天下に輝くのだ」
「美名。美名と来たか」と、セイメイ。
「悪名の間違いであろうよ」
「我にとっては同じ事」と、ドーマン。
「恐怖、憎悪と共に人々の口の端に上るが我が至上の喜び。……とは言え、そこらの下らん通り魔風情と同列視されるのも業腹だ。些か不本意ではあるが、名は売らねばならぬ。故に、表世界で名の知れた貴様の師を殺し、ミチナガの命を狙った」
「……その邪悪なる心魂。貴様はここで討つ。討たれねばならぬ。覚悟せよッ!」
「のぼせ上がるな。貴様の如き若造、我が相手するに及ばず」
瞬間、セイメイは側転ッ! 遅れて一瞬後、セイメイの立っていた空間を、弾丸が貫くッ!
(これは呪詛か……ッ!)
セイメイが気付くと同時に、茂みから現れる黒服の男達ッ! その数二十ッ!
男達のスーツの胸元には『式神』の刺繍――然り、彼らはドーマンが雇った式神部隊ッ!
「やれいッ、式共よッ!」
『『『ヤッチメーッ!!』』』
ドーマンが命じると同時に、式神達の呪詛が一斉に火を噴くッ!
呪詛とは、薬室内で発生したプラズマの膨張圧力を利用して弾丸を発射する、陰陽道の武器である。牙を剥く呪詛の雨を、セイメイは華麗なる身のこなしで見事回避ッ! セイメイの反閇、ここに極まるッ!
「トォォオッ!!」
セイメイはシャウトと共に、反撃開始ッ! 身体を独楽のように高速回転、伸ばした右足で式神達を薙ぎ払うッ!
『『『シンダーーッ!?』』』
さながら電動草刈り機に巻き込まれたが如く、式神五名の首が次々刈り取られて行くッ! 断面から鮮血を吹き出し絶命ッ!
『『『ヤッチメーッ!!』』』
なおも襲い掛かる呪詛ッ!
飛び交う呪詛を掻い潜りセイメイは接近、右の陰陽ストレートパンチッ! 一名死亡ッ! 左の陰陽ローキックッ! 一名死亡ッ! 陰陽一本背負いッ! 投げられた一名、巻き添えを喰った二名、計三名ミンチッ! 嵐の如く荒れ狂うセイメイの技が、式神達を蹂躙するッ! 一名、また一名と鮮やかな血の花を咲かせる式神達ッ! 嗚呼、嗚呼、圧倒的陰陽道ッ!
『ヤッチメッ!!』
セイメイから見て八時方向、竹垣の裏に潜んでいた式神からの呪詛ッ! 完全なる奇襲がセイメイを襲うッ!
「トォオーーッ!!」
慌てず騒がず、セイメイは振り向きざまに右手を一閃、弾丸を掴み取るッ! そのまま勢いを殺さず高速回転、今しがた掴んだ弾丸を投げ返すッ!
『シンダッ!?』
式神の額を貫通、即死ッ! 攻防一体、これぞ科学世紀が生み出した稀代の若手天才陰陽師が誇る反閇ッ! これにて式神全滅ッ!
「まあまあ……と言ったところか」
戦況を座視していたドーマンは、眉一つ動かさず、静かに口を開いた。
「この一年、技を磨いて来た。貴様を討つためだ、ドーマン」
「我が手に掛けるに値する腕前のようだ。……良かろう。相手をしてやる」
無言で構えるセイメイ。官人と法師、二人の陰陽師の間に緊張が走る。吹き抜ける風に竹林がざわめき、流れ雲が満月に薄衣を纏わせる。
夜風に舞った笹の葉がひらひらと二人の間に落ち、
「ハアァァァァアッ!!」
「トオォォォォオッ!!」
響くシャウトッ! 二人同時に動いたッ! 放たれた拳と拳が、陰陽的に接触を果たすッ! まともに喰らえば陰陽師とてただでは済まぬ圧倒的、破壊的な衝撃はしかし、相殺ッ!
「ハァッ!」
「トォッ!」
短く叫び、両者は矢継ぎ早に技を繰り出すッ!
陰陽パンチッ! 陰陽キックッ! 陰陽チョップッ! 陰陽エルボーッ! 陰陽ラリアットッ! 陰陽ブローッ! 陰陽ニーッ! 陰陽アッパーカットッ! 陰陽ローリングソバットッ! 陰陽ハンマーフィストッ! 陰陽ヘッドバットッ! 陰陽ショルダータックルッ! 陰陽フライングクロスッ! 陰陽サマーソルトッ!
互いに交わし合う、力と力ッ! 技と技ッ! 殺気と殺気ッ!
「ハァアアッ!!」
「トォオオッ!?」
しかし戦況、セイメイ不利ッ! ドーマンの拳に吹き飛ばされ、竹垣を突き破
り、竹を次々へし折り、地を転がるッ! ようやく止まったセイメイは吐血ッ!
如何に違法の法師陰陽師と言えど、その技の冴えは達人級である。口の端を流れる血を拭いつつ、セイメイは何とか立ち上がる。無視出来ぬダメージに、足はよろめいていた。
「思ったより愉しませてくれる」
ドーマンが言った。
「しかし、そこまでだ。あの世で師と存分に語り合うが良い。我に殺された恐怖と悔恨を」
ドーマンが一歩、また一歩と近付いて来る。止めを刺すつもりだ。
しかし――しかし。
この状況下、セイメイの顔に浮かんでいたのは恐怖でも悔恨でもなかった。
笑みだ。不敵な笑みだ。ドーマンは怪訝に思う。
「……絶望の余り狂いでもしたか? それとも、師に会うのがそんなに嬉しい
か?」
セイメイは答える代わりに、陰陽ファイティングポーズを取る。
「まあ良い。これで終わりだ――」
「――確かに、貴様の技の冴えは恐るべきものだ」
唐突に、セイメイは言った。
「しかし、貴様は失策を犯した。陰陽道の戦闘的側面にのみ傾倒し、道そのものの研鑽を怠った事だ。精々、糊口を凌ぐための違法カレンダー製作位か。その傲慢、その油断のために今、貴様はここで断罪を受けるのだ」
「……無駄な心配を掛ける余裕はあるようだ」
ドーマンが陰陽予備動作。これが最後。両者に確信的な予感がよぎる。
「ハアァァァァァァァアアッ!!」
「トオォォォォォォォオオッ!!」
渾身のシャウトと共に突進ッ! セイメイとドーマン、両者が交差ッ!
――一瞬の静寂ッ!
「トオォォオッ!?」
セイメイが地に膝を付くッ! ではドーマンはッ!?
「ハアァアァァァアアァアッ!?」
激しく吐血ッ! どさり、と地に伏すッ! 見るからに致命傷ッ!
ふらつく身体に鞭打って立ち上がり、セイメイはドーマンへと歩み寄る。
「……成程な……」ドーマンが言った。
「……忌方か……」
「左様」セイメイが見下ろす。
「陰陽道における禁忌の方角。今宵は乾――北西の方角よ」
北西。すなわち、ドーマンが先程まで立っていた方角である。セイメイが激しい攻防の中、常に北西の方角を意識した立ち回りを行っていたのに対し、ドーマンは一切気に掛ける事無く動いていた。結果、ドーマンは迂闊にも不吉な方角にその身を置いた――それが、最後の交差で致命的な差となって現れたのだ。
「貴様の悪行、精々地獄で悔いるが良い……」
「……我の思うがまま、望むがままに業を重ねた。地獄に墜ちるは望むところ
よ……」
ドーマンの口から、ごふっ、と血が溢れる。
「……死んだ」
そう呟いたきり、ドーマンは動かなくなった。
(我が師カモ=ヤスノリよ。仇は取りました)
セイメイは瞑目し、胸中で呟いた。
(あなたのお志は、必ずやこのセイメイが成し遂げて見せます。どうかこの不肖の弟子の行く末、あの世でお見守り下さい)
流れ去る雲から満月が姿を現し、穏やかな光を竹林に落とした。
都の燈籠は夜闇に抗うかの如く煌々と灯り、牛車の音は静寂を拒むかの如く殷々と響く。王道を征く者、邪道を選ぶ者。大義を抱く者、欲得を貪る者。正邪、貴賤。秩序、混沌の別無く抱き込む、ここはメトロポリス平安京。
碁盤目状のハイウェイを駆ける、一つの人影――狩衣に烏帽子の佇まい。名を、アベ=セイメイと言う。
この若き陰陽師の戦いは、果てるとも無く続いて行く。師より受け継いだ志を成す、その日まで――
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