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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
堪えきれない答えに応える章
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賢章 検算

「検算を始めましょうか」

つい、とリグラヴェーダは指を滑らせ黒檀の机の上に地図を広げた。この国だか大陸だか国家だか街だかよくわからない荒廃した地が記録された地図だ。

「かつてベルミア大陸と呼ばれた地よ。……"大崩壊"以後、俯瞰で見るのは初めてかしら?」

「いや、そうでもナイケド……この土地が、ナニ?」

地図なんて持ってきて何の話だろうか。"大崩壊"以前、この地はベルミア大陸と呼ばれ、4つの国が共同して統治していた。ノーブル・コンダクトと名付けられた統治者たちは"大崩壊"を受けて安全な場所を求めて直接的な統治を放棄してまで避難した。現在では壁と呼ばれる堅牢な外壁の中に引きこもり、壁の外についてはその時代の支配者に任せている。

それがこの土地の歴史だ。"大崩壊"の後、その形態でこの地は営まれてきた。現在、代理統治者として秩序維持を委託されているのがヴァイスだ。

「ええ。正解」

これはただの前提条件。"灰色の賢者"が現状をどう認識しているかのテストだ。本題はこの先。

「本来ならこの大陸は消え去るべきだった。そういう運命だった」

「ソレを覆した結果の帳尻合わせだってコトも知ってるヨ。……ナニが言いたいのサ」

この地にかつて破滅の一撃が落とされたことがある。それをなかったことにしてやり過ごしたという話など、当事者である"灰色の賢者"はよく知っている。その時は強引に凌いだが、絶大的に濃密な魔力の衝撃によって滅ぶという運命は回避できずに"大崩壊"によってこの地は滅んだ。ぎりぎり生き残った人間たちが身を寄せあって復興に励んで今に至る。

そんな事件など今さら持ち出して何が言いたいのだろう。あの時の当事者である"灰色の賢者"を糾弾したいのか。リグラヴェーダの真意がわからずに剣呑な目を向ける。

刺さるほど痛い視線に構わず、涼しい顔でリグラヴェーダは検算を続けた。

「そして"大崩壊"。……引き金となった貴女は以後、武具を過去に葬ることを決めた」

"大崩壊"は武具によって引き起こされたものだ。直接の原因ではないが、"大崩壊"の災禍の一端を担った。

それを見て、"灰色の賢者"は武具を過去のものとすることを決めた。武具を遺物とし、完全に葬り去る。武具そのものをなくし、魔力持ちさえ消す。そうして"大崩壊"の引き金の自分も消える。それが"灰色の賢者"の生涯の目的である。

武具によって悲劇が起きる。小さなものでは魔力持ちの覚醒による周囲の消失。大きなものでは"大崩壊"。大なり小なり撒き散らされる惨禍をなくすために"灰色の賢者"は生きている。

「そうだネ」

言葉にして確かめなくても知っているだろうに。"灰色の賢者"はさらに視線に棘を込めた。こんな話をするために呼び出したのか。

「いいえ。その覚悟はいいの」

なんとも健気な美談だ。さて、あと一言で検算は終わる。ここまでの話は最後の一言のための前提条件だ。

ずいぶん苛つかせてしまったが、そう結論を急ぐこともないだろうに。お互いに"大崩壊"以前から現在まで生きているほどの長命なのだから、冗長な前置きを聞かされたくらいで焦れなくてもいいだろうに。

恒久の時を生きる魔淫の女王は"灰色の賢者"を眺めた。この一言で状況がどう動くかを予想して楽しみながら。

「貴女にとって、完全に葬り去って過去にすべきものが1つあるということよ」

それが何であるかは言わない。秘密主義者は答えを氷の中に閉ざして笑う。

しっかり検算ができていればわかること。仮にわからなくても、これから目にするだろう。痛いくらい身にしみて否応なしに理解させられる。

「残念。意味深な会話で煙に巻こうって無駄。ボクだって、刈り取り忘れてるモノがあるのは知ってるヨ」

答えをはぐらかし、右往左往する人々を眺めて笑うのがリグラヴェーダだというのはこれまでの交流でとてもよく知っている。それに乗せられてやるほど親切でもない。リグラヴェーダが何を言いたいのか、検算によって何を導き出そうとしているのか"灰色の賢者"には理解できていた。

かつて起きた運命の帳尻合わせの中で、ひとつだけ帳尻が合わさっていないものがある。それが何であるか理解しているし、その片付けも"灰色の賢者"の存在理由のひとつだ。

こんな、検算といって煙に巻くような意味深な会話でわざわざ言われなくたっていいのだ。

だというのはあちらもわかっているだろう。だから"灰色の賢者"はそのひとつ先を読む。その検算の答えをもってして何をしたいのか。

単に帳尻合わせの忘れ物があることを指摘したいわけではないだろう。その話を今持ってくることの意味を推測する。

存在を思い出させることでこれから起きる事態への警告とするのが妥当なところであろう。例えば、帳尻合わせの忘れ物が近いうちに目の前に現れるだとか。

「どうでしょうね」

そこは氷に閉ざしておくとしよう。レースのついた長い袖をぞろりと揺らしてリグラヴェーダは微笑んだ。

その答えなど、どうせすぐ目の前に現れるのだが。

そう。魔淫の女王はこれからのことを予見している。何が起きるかを知っている。決闘の場である444地区の主が誰かを知っているが故に"灰色の賢者"に起きる精神的動揺を知っている。だから警告をしようと思ったのだ。

1000年を生き、感情すら風化してしまったと信じて超然としたふりをしている哀れな娘のために。憎しみの炎を熾し、感情など風化していないということを教えてやろうと思ったのだ。

その動揺を眺めて笑うとしよう。魔淫の女王は運命を翻弄される娘を俯瞰した。

はるかなる高み。超然とした視点から。

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