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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
堪えきれない答えに応える章
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休章 印象

「大丈夫かなぁ、姫ちゃん」

コーヒーを呷った捌尽は吐息とともにそう吐き出した。

あれこれの事情は理解したし了解した。黄炬にかかるプレッシャーを想像して苦い気持ちになった。

「珍しいですね。捌尽が誰かの心配をするなんて」

不思議なこともあるものだ。水葉が紅茶に砂糖を落としながら呟いた。霜弑至上主義の捌尽が霜弑以外を心配するなんて珍しいにすぎる。明日は槍でも降るだろうか、と揶揄すれば捌尽は肩を竦めた。

「戦力に数えられてない可哀相な姫ちゃん。無茶して壊れないといいなって。それだけだよ」

もし死んでしまったとしたら、その時は上司である霜弑が後処理をしなければならない。捌尽は自分以外のことで霜弑の手が煩わされるのが嫌なのだ。だから霜弑の手が煩わされることを心配している。黄炬自体はそれほど重要でもない。

「いや、姫ちゃんが死んだら僕たちも殺されるルールですよ」

トリガーである黄炬が死んだからといって、やすやすと殺される気はないが。

一応、ルール上はそうなっている。黄炬が死んだら霜弑の手が煩わされるも何も、その前に断頭台に首が並ぶのだ。

「あぁうん、そうだったね。どうしようか」

死にさえしなければいいのだから、半殺しにして動けなくさせて前線に飛び込んでこないようにすればいいか。半殺しにして転がしたら瑶燐あたりに守らせればいいだろう。その間に自分が敵を皆殺しにすれば勝ちだ。

そんな物騒なことを考える恋人の腕におさまりながら、霜弑は小さく嘆息した。怪我をしたらしたで、死亡とはまた別の後処理が必要になるのだが。

「……負傷は負傷で治療の手続きが必要になるぞ」

「あ、そっか」

忘れていた。報告書に被害状況を書くために怪我の具合やら何やら医務室に尋ねなければならないのだ。その役割は上司である霜弑に降りかかることとなる。

霜弑の手間を最小限にするためには、黄炬は無傷でいてもらわなければならないということか。面倒な。

「面倒なのは同意です。まぁでも、僕はハンデみたいなものだと思ってやりますけど」

わざとハンデを背負って戦う。そうでなければ対戦相手との実力の溝は埋まらない。

捌尽が胸のうちにしまっている狂暴性を発揮するだけで肉片と化す相手だ。わざわざ一級の前線部隊全員でかかることはない。黄炬(ハンデ)があるくらいがちょうどいい。

否、黄炬(ハンデ)を背負ってもまだ隔たりはうず高く積まれているのだ。

「そう言いつつ姫ちゃん気に入ってるのは誰なんさぁ?」

ひょこり、と名無しの彼が割り込んだ。今ちょうど通りすがったからちょっかいをかけに来たという雰囲気で会話に交ざる。

奴のことだ。割り込むタイミングを見計らっていたに違いない。そう判じて水葉は剣呑な視線を名無しの彼に送る。

「何の用ですか、無名」

「おっと。今は"(えつ)"さぁ」

「はいはい」

心底どうでもいいという顔で彼の名乗りを聞き流す。どうせ数秒後か数分後か数時間後には別の名乗りになっている。ころころ変わる名乗りにいちいち律儀に付き合ってやる気など水葉にはない。

「無名が来たので僕は離れてますね」

追い出すために言葉をかけるのも面倒だし億劫だ。それなら自分がいなくなった方が早い。

水葉は談話室のソファから立ち上がって素早く部屋を出ていった。すれ違うついで、名無しの彼の脛を蹴った。

「やれやれ。相変わらずだね」

仲良くしてもらえると僕の仕事が減って楽なんだけどな。一級を管轄する捌尽がぼやいた。一級が面倒を起こせばその始末は捌尽に来る。仕事を減らすためにも大人しくしていてほしい。

仕事を減らすといえば。話を最初に戻す。黄炬の扱いはどうするか。前線に並べるという案は捌尽の頭にない。それどころか他の一級でさえ不要だと思っている。敵などすべて自分が斬殺すればいいのだ。

「……リーダーの意図を読むとするなら」

白槙が黄炬を配置したその意図を読むならば、黄炬をきっかけにして一級に協力ないし連携をしてほしいのだろう。その意図に反するワンマンショーなど繰り広げたらきっと苦い顔をするはずだ。

黄炬を前線に並べ、それを守る形で共闘するというのが白槙の理想のはず。問題は、その理想をどこまで叶えるかだ。

霜弑にとっては連携をするというのはやぶさかではない。やれと言われたらやる。同僚の能力も部下の能力も知っているからそれに合わせるだけだ。

問題の焦点は瑶燐と捌尽、そして水葉と無名だ。彼らは非常に仲が悪い。共闘するという選択肢など絶対に考えない。そこをどうするかだ。白槙の理想のために我を抑えるのか、我を貫いて理想を破るか。

そこは本人たち次第だろう。霜弑がどうこう言ったところで素直に聞くとは思えない。言うだけ無駄だし、無駄ならば言わない。

「そっちは姫ちゃんについては?」

「あん?」

胡乱げな声で名無しの彼は捌尽を振り返った。

目深にかぶったニット帽で表情がうかがえない彼に、捌尽は再び同じ言葉を口にした。

「だから、姫ちゃんをどう思ってるの、って」

ここで捌尽が問うているのは、黄炬についてどうするかではなくどう考えているかだ。瞬きの間に正反対の意見を口にする彼のことだ、黄炬を前線に並べるか並べないか聞いたところでその時になったら意見が変わっているはずだ。

だから問うのは黄炬をどう思っているかだ。他人に抱く印象ならば多少変化することはあっても真逆になることはそれほどないはずである。彼のことだからそれすらも翻るのかもしれないが。

「あー…姫チャンねぇ……まぁ嫌いじゃねぇさぁ」

好きでもないが。いじれば良い反応をするのでいじりがいがある玩具だとは思う。それだけだ。死んだら死んだで玩具が壊れた程度の感慨しか抱かない。

「そう言うそっちはどうなんさぁ?」

「うん? 僕? 僕と僕の霜弑の間に入らなければ何でも」

つつけば良い反応をして、その反応をきっかけに霜弑の意外な反応を引き出すことができるので霜弑のリアクション誘発機くらいには思っている。

くつくつと喉を鳴らして笑う捌尽の腕の中で霜弑はそっと嘆息した。

「……はぁ…」

ろくでなしに好かれて可哀想に。




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