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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
堪えきれない答えに応える章
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断章 悔恨

これはただの懐古と悔恨の話なのだ。


やれやれ、タイヘンだネェ。誰に言うまでもなくそうごちた。声は誰に聞かれるでもなく空に溶けて消えた。

ここはヴァイスの拠点、その屋上である。屋上というよりはテラスというべきか。白槙のいる最上階がこの上にある。最上階へは転移装置でなければ行けないようになっており、ここは最上階に接続される柱と非常階段のみがある。

大きなビルの上階に設置された吹き抜けのようなものだ。上階に吹き付けられる風を逃がすために途中階にテラスを設けてある

程よく高さがあるせいで自殺にもってこいだというテラスは人生に絶望したヴァイス団員の自殺の名所、兼、自殺に見せかけた他殺の名所となって閉鎖された。

その立ち入り禁止の札を無視してあがりこんだ"灰色の賢者"は眼下を見た。成程これは自殺にもってこいの高さだ。ここから落下すれば間違いなく死ぬだろう。

眼下では襲撃の後始末や通常業務であれこれ動き回る人々が豆粒ほどの大きさで視認できた。

「タイヘンだネェ……」

もう一度、眼下へと呟いた。視線の先には同年代の男たちに羽交締めにされつつ悪ふざけをしている黄炬の姿が見えた。

やけにはしゃいでいるように見えるのは先の襲撃の余韻やこれからの不安を払拭するためだろう。気持ちはわかる。あまり羽目を外しすぎると減給になるから気を付けてネ、と付け足した。

ヴァイスと征服者(ヴィクター)の生き残りをかけた決闘の話は白槙から聞かされている。細かいルールも教えられた。どうやら黄炬は一級の後衛部隊の代表代理として引きずり出された挙げ句、さらにその首に前衛部隊の首も乗せられたという。後衛部隊の代表代理ゆえに黄炬が死ねば後衛部隊はまとめて首をはねられるし、その首に前衛部隊の首が乗せられたゆえに黄炬が死ねば前衛部隊の首もまとめてはねられる。結果的に黄炬の死で一級の10人が死ぬことになったのだ。

それは相当なプレッシャーだろう。かかる負担は相当なのに、それでいて黄炬自身の力量は戦力に数えられていない。守られるだけのお荷物だと示されたのだ。その扱いに反発して躍起になっているがそれも成果が得られない。

「…若いってイイネェ…」

若さゆえの勢いでがむしゃらになる姿が眩しい。そんな若さなど1000年ほど前に置いてきた。あの頃は自分も直情的で、思い立ったらすぐ行動していた。

今はもうそんな元気もない。老いさばらえた精神は怠惰に横たわっているだけである。老人は昔を懐かしむというが、その懐古さえとうに過ぎて風化した。感情や感慨は風化してしまって、今は記憶を頼りに過去の自分の言動を再生しているにすぎない。こうして存在する自分は人間らしい精神を保てているのか、それさえも"灰色の賢者"には自覚できなかった。

「リグみたいだナァ……」

長い年月のあまり感情や感慨が風化した自らを振り返り、"灰色の賢者"はそう呟いた。彼女がリグラヴェーダと呼ぶ存在は2ついるのだが、指しているのはヴァイスの薬局にいる魔淫の女王だ。

彼女は気が遠くなるほどの年月を生きているという。"灰色の賢者"でさえ1000年と100年足らず。だがあの魔淫の女王はそのはるか昔から生きている。万か十万か百万か。まさか億や兆に届きはしないだろうが、どれにしろ途方もない。

そこまで生きているせいで価値基準はヒトを超越している。自分はまだ彼女のように超然としていられない。ということはまだ人間らしい情緒があるということだろうか。

「ボクがセシルみたいになるなんて、ネ」

1000年前に殺した人間を思い出して自嘲する。人工的に造られた人間であるそれは何の感情や感慨もそなえず、ただ自分の役目に忠実に行動していた。

かつての仇だったそれと同じようになってしまうとは皮肉なものだ。

「あぁ、ホント……イヤになっちゃうヨ…」

愛おしく呪わしいこの世界め。低く低く吐き捨てた。

世界は壊れなかった。世界というものを劇にたとえるならば、"大崩壊"は舞台どころか劇場ごと破壊した。だというのに、劇は終わるどころかその瓦礫の上で再開されたのだ。瓦礫を片す労働ですら演目の一部にして世界は続いたのだ。

いっそ壊れてなくなってしまえば苦しむこともなかったのに。

だから決意した。中途半端に残ってしまったものを完全に過去にすることを決めた。世界を狂わしたものを完全に亡き者にして無き物にするのだ。それはつまり、すべての武具の破壊と技術の喪失である。

あんなもの、なくていいのだ。災いしか呼び寄せない。武具も魔力も魔法も神秘も神もなくなれば、災いは二度と起こらない。

かつて人間は神と契約で結ばれていた。人間は神を敬い、神は信仰に応じて恩恵をもたらす。古の関係は武具というものでまだつながっている。武具がなくなれば人間と神は断絶する。そうすれば神に愛された地の悲劇は二度と起こらない。

「早くコロシテ……」

そうして遺物を完全に無き物にして。亡き者にして。

終わらせて。終わらせて終わらせて。終わらせて。終焉を。終端を。成し遂げて。仕上げて。成し終えて。完了を。完成を。閉幕を。終結を。


何を。


――この身のモノガタリを。


"灰色の賢者"は地平を眺める。

そこには、愛おしく呪わしい世界が広がっていた。

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