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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
堪えきれない答えに応える章
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休章 友宜

「それで怪我してたらどうしようもないでしょう」

呆れたような苦笑いのような溜息を吐いて梠宵は薬棚から消毒液の瓶を取り出した。ガーゼと包帯は必要ないだろう。先の襲撃で大いに消費したせいで在庫が少なく、この程度の傷に使うには勿体ない。

骨折はしていないからそれでいい。ほんのかすり傷だ。ただし梠宵基準での。

そう判断した梠宵は目の前の怪我人に最低限の治療だけすることを決めた。

「…ごもっとも…」

診察用のベッドにとりあえず転がされた黄炬は小さく唸って返事をした。ぐうの音も出ない。

「このお馬鹿さん」

鞭でしばいてやろうか。

黄炬をここまで担いできた二級の男性曰く。強くなって鼻を明かそうと意気込んだ黄炬は格上である二級相手に手合わせを挑んだらしい。しかも1対複数で。その意気を買った彼らは黄炬をこれでもかと弄んだようだ。擦り傷や切り傷ですむ程度に手加減しつつ攻撃をすべていなして地面に何度も転がしてやったという。

粋がる若造に身の程を知らしめてやるのも年長の役目だからなぁと老爺に足を突っ込んだ年齢の彼はそう笑い、老いて衰えかけた身体にも関わらず片手で黄炬を担いできた。黄炬を梠宵に預けた彼はそのまま飯を食いに食堂へと足を向けて去っていった。

「くそー……あとちょっとだったのに」

「片手でぶん投げられておいて何を言うのかしらね」

片手でいなされておいて何があと少しなのだか。身の程知らずめ。

傷口を拭いた脱脂綿をゴミ箱に放り込んで梠宵は溜息を吐く。自らの力量を把握していない若造ほど怖いものはない。そういう若造はたいてい驕って道を誤る。実力以上のことをやろうとして失敗するのだ。

「焦るのはやめておきなさい」

できないことはやらないのが吉だ。力量以上のものに挑戦することも大事だが、それをしていい時としてはいけない時がある。今の黄炬は後者だ。鼻を明かすためにと無理な修行をすれば必ずつけがくる。その時に後悔したって遅いのだ。

「えぇー……だって」

「私の仕事を増やすような真似をしたら四肢をもぎ取るわよ」

「ごめんなさい」

梠宵の冷たい目線に思わず声が出た。反射的に謝罪の言葉を口にしてから、はたと考える。無理をして梠宵の仕事を増やすなら四肢をもぎ取るというが、もぎ取ったらそれはそれで仕事が増えるような気がする。

矛盾しているような気がするが、まさかとは思うが。

「もぎ取った場合のアフターケアは…?」

「ないに決まってるでしょう」

やっぱり。


「あはは。まぁ、梠宵さんはそういう人だからね」

過激な女医とのやり取りの話を忸王は朗らかに笑い飛ばした。

いつもの昼食の時間に少し遅れてやってきた黄炬が傷だらけなのを心配して事情を聞いたらこれである。傷口を脱脂綿で消毒しただけでガーゼや包帯を使っていないようだが、梠宵が処置をしたそうなので心配はないだろう。安静にしていれば化膿してひどくなることはないはずだ。

しかしまぁ比較的優しく処置されたものだ。叱りの内容だとはいえ、手当てされながら言葉を交わしていたのだから。喋る余裕もないくらい、わざと傷口にしみるように処置だってできただろうにそれをしなかったのだ。忸王にとっては驚きのことである。

それはつまり、過激で苛烈な女医も手心を加える程度には黄炬のことを気に入っているということだ。

形や程度は違えど、一級の人間は黄炬のことを気に入っている。異性としてではなく人間としてだが、忸王も黄炬のことを好いている。それは一級だけでなく、黄炬と関わりのある人間誰もだ。

そこにいるだけで人を惹き付け、無条件に好かれる才能が黄炬には備わっているのだろう。そういう人間はたまにいる。

黄炬。黄は物事の中心を、炬はかがり火を意味する。その字義の通り、中心に立って人々を導くことができる素質を備えているということだ。

「でも梠宵さんの言うことに私も賛成かな。あんまり無茶はしないでね」

大事な仲間が欠けるのは寂しい。これ以上誰もいなくならないでほしい。忸王はそう言って眉を下げる。たとえ誰を犠牲にしても楽園が犯されるわけにはいかないのだという言葉は飲み込んだ。

「よーぉ黄炬!!」

「なぁに忸王ちゃんを独り占めしてるんだよ!」

「あっ、お前ら!」

がっしりと黄炬の首に腕が回される。絞めあげるように羽交締めにしたのは黄炬の友人である。寝泊まりする部屋が程近く、年齢も近いために自然と打ち解けこの仲に至る。

伯珂がいた時はここまで親しい相手はいなかった。誰かと会話を交わすことはあるが、こうして羽交締めにして揶揄する悪ふざけをしてくる相手などもっぱら伯珂だった。

それは伯珂が巧妙に黄炬から周囲の人間を遠ざけていたからだと気付いたのは、伯珂がいなくなってからだ。雑談をしにも飲みに行くにも飯を食いに行くにも伯珂が先に黄炬の横にいたから誘いづらかったのだと聞かされたのはついこの前のことである。

伯珂の先取りもなくなったことで、こうして気兼ねなく声をかけられるようになった。そうして悪友と呼ぶべき関係が彼らの間で構築されたのである。

「食堂のアイドル独占反対ー!」

「そうだぞ。ほら行くぞ黄炬。むさ苦しい俺たちと飯を食うぞ!」

「むさ苦しいって言うなよ! くそ、力強いな!」

羽交締めにされているせいで振りほどけない。悪友たちにずるずると引っ張られていきながら、黄炬は忸王を振り返った。お残しは許さないからね、と天使が微笑んで手を振っていた。

「忸王ちゃんー!」

「あ! はーい! 今行きますね!」

引っ張られていく黄炬を見送り、忸王は厨房からの声に応じて業務に戻っていった。

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