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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
堪えきれない答えに応える章
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休章 選出

「……それで、なんで俺……」

もっと他に適任者がいるはずだ。黄炬は眉を下げた。征服者(ヴィクター)の襲撃による死傷者はそれなりにいるが、だからといって戦力がないわけではない。一級以外にも二級だっている。黄炬よりも強い人間などヴァイスにはいくらでもいる。

それなのに、なぜ自分なのだ。黄炬自身も疑問だし、他の連中だって納得できないだろう。決闘のルール上、黄炬が死ねば一級は皆全滅するのだ。瑶燐や捌尽たち前衛部隊も処刑されるし、後衛部隊の代理である以上忸王や玖天たちだって処刑される。黄炬の死が一級全員の死に繋がってしまっているのだ。

そんな重要な席である代理人になぜ黄炬が選ばれたのか。ひたすらに黄炬は疑問である。

「なぁに、簡単だ」

通信機越しの黄炬の疑問にあっさりと白槙は答えた。

曰く。黄炬の実力自体に期待はしていない。所詮三級だ。重要なのは、一級の連中がそこそこ黄炬を気に入っていることである。

自分たちの命を握る重要な位置に明らかな足手まといが置かれたという状況に置かれた時、一級の連中は真っ先にその者を行動不能にしてから安全な場所に隔離するだろう。その手順に慈悲はなく、行動不能になるなら命に別状がない程度に両手足を折るくらいわけがない。面倒な荷物は邪魔にならないように端に避けておくということだ。

しかし、その位置にそこそこ気に入っている人間が置かれたとなればどうだろうか。ただのオブジェクトのように扱いはしないはずだ。特に瑶燐は身内には甘いタイプだ。戦力が劣っていても頭数に数えるし、隣に立って守るだろう。両手足を折ってどこかに隠しておくなんてことはしない。

それは水葉や霜弑、無名だって思い入れの程度は違えど少なからずある。霜弑至上主義の捌尽ですら黄炬を弄り甲斐のある玩具だという認識だとはいえ気に入っている。お気に入りの玩具が壊されるのを嫌う捌尽や無名は黄炬を守るはずだ。

理由は違えど、一級全員が黄炬を守りにかかるという目的が同じになるということだ。目的が一致するなら、協力し合わない道理はない。

つまり決闘に黄炬を加えることにより、問題児だらけの一級の連中に協力という概念を教えてやるのだ。

「要するに、餌だ」

特に壊滅的に仲の悪い捌尽と瑶燐に協力と連携と相互理解というものを教える。黄炬はそのための餌であり歯車である。

「…さいですか…」

そこはなんか、こう、黄炬の隠れた才能がどうとか期待しているから取り立てたのだとかそういうことを言ってほしかった。それがまさか餌だの歯車だの。

ただそこにいればいいだけで、個人の実力は期待されていないわけである。がっくりと肩を落として黄炬は質問を切り上げた。聞くんじゃなかった。

「あぁいや、誤解するなよ。お前の実力をふんでないわけじゃない」

「……というと?」

その言い方はちょっと期待してもいいのだろうか。思わず黄炬の声が上ずった。

「あちらの残存戦力がどれくらい強いかという情報を玖天に調べてもらったんだが」

データにある征服者(ヴィクター)の勢力、そして拠点襲撃で殺害した数、敗走した数、それらを合計して割り出した残存戦力はおよそこちらに一矢報いることはできないほど少なく、弱いものだった。

ヴァイスの等級に当てはめると、ちょうど三級か四級がいいところ。平たく言えば烏合の衆の雑魚なのだ。

そんなものに二級を出すのは勿体無い。一級ですら大盤振る舞いだ。烏合の衆の雑魚の相手なら三級でちょうどいい。ということで三級である黄炬を選んだわけである。

「それに、お前には成果を作ってもらわないと困るんだ」

「……はい?」

思わぬ言葉に黄炬は目を瞬かせた。

白槙が言うには、一級の連中が黄炬を気に入っていることが許せない奴らがヴァイス内にはそれなりにいるらしい。一級の目にとまって出世をするために自分はこんな努力しているのに、ただ弄り甲斐があるというだけで一級の人間に気に入られているのが憎いと。そういう妬みの感情を黄炬に向けている連中がいるのだそうだ。

自分が気に入っている黄炬が害されるのは気にくわないとして、そういった連中は瑶燐たちによって影で葬られるのだが、それがまたそういった連中の嫉妬を煽るのだ。

なので黄炬にはしっかりと成果を出して、そういった連中を黙らせるようにしてもらいたいのだ。一級とはいわずとも二級に並び立てるだけのある程度の成果さえあれば不満も多少は静まるだろう。

「それって……成果になるよう用意したとか贔屓だとか言われないですか」

「言われるだろうな」

それは当然。だが"一級の連中に気に入られている"という他の誰にもできない理由で黄炬は取り立てられたのだ。それは黄炬の実力であるといってもいい。文句があるなら一級の連中に気に入られてみろと言い返せばいい。

「他の誰でもない、お前だから頼んでいるんだ。……と、すまない。仕事だ」

また捌尽が霜弑関連で暴れたらしい。玖天からの報告を受けた白槙は通信を切り上げようとする。すまないと言い添える白槙に黄炬は首を振った。たかが三級の黄炬の質問に白槙自ら答えてくれただけでもありがたい。時間を割いてくれてありがとうございました、と礼を述べて通信を切る。これから白槙はきっと捌尽に説教をかますのだろうなと思うと少しおかしくて笑ってしまった声が向こうに聞こえてないといいが。

通信を切ったばかりの通信端末を眺め、さて、と先程までの言葉を反芻する。

餌だの歯車だの扱われたことはとりあえず置いておく。それよりも色々な新事実を知ってしまった。

一級がやたら絡んでくると思っていたが、気に入られていたとは。黄炬だって一級の連中以外に知り合いがいないわけではない。三級や四級の同年代の男とか、世話好きの隣室の青年とか、友人や知人と呼べるものはいる。そういった彼らに一級は雲の上のような人間だと聞かされている。それくらい隔たっているものなのだと言われていたのに一級の連中が気安く話しかけてくるのは何だろうと疑問に思っていたが、まさかそういう理由か。

そして、ほんの一部の連中からそれを理由に妬まれているとは。

ヴァイス内に友人や知人がそこそこできて円満な人間関係を築けつつあると認識していたのだが。

言われないと気付かないものである。

「………と、言われてもなぁ……」

だからどうしろとはできない。一部の人間から妬まれるから絡んでくるなと一級の連中に言えるはずもなく。そもそも黄炬だって一級の連中のことは嫌いではない。捌尽からたまに冗談じゃないレベルの殺意を向けられることもあるが、だからといって捌尽が嫌なわけではない。霜弑さえ絡まなければ捌尽は普通の穏和な男性だ。たぶん。

一級に気に入られていると鼻にかけるつもりもないし、嫉妬を向けてくる奴らに対抗してどうこうするつもりもない。

知ったところでどうしようもない情報が2つも手に入ってしまった。とりあえずこの情報は受け取っておいて、心の中で消化しよう。

さて、と気持ちを切り替える。決闘の面子に選ばれてしまった以上はそれに専念しなければ。

白槙は黄炬自身の実力に期待していないとは言ったが、だからといって何もせず決闘の日を待つのも性に合わない。

修行というか、少しくらいは力をつけておきたい。成長して白槙の鼻をあかしてやりたいではないか。

そうと決まれば鍛練場だ。黄炬は立ち上がった。

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