幕間小話 魔識
魔力というものは人によって差異があり、相手の強さを感じる感覚も個人差がある。無意識が感知した魔力をどういう感覚でもって表現するのかは人による。
皆はどうやって感じ取っているのだろう。不意の雑談の折に、たまたまそんな話になった。
「私は気配…みたいなもので知るわね」
人の気配に薄くベールがかかっているようなものだろうか。うまくは言えないがそういう感じがする。
暗殺という薄暗いことを担うからだろうか。気配を読むために発達した感覚が魔力を察知するのだと瑶燐が答えた。
「僕は熱かな」
あたたかいものを目の前にした時に似る。魔力を火の勢いに変換した焚き火と対するようなものだ。魔力が強い者がいれば灼熱の炎と対峙したように錯覚する。逆に魔力を持たない相手はくすぶりもしない燃焼不良の薪だ。
そう説明した捌尽は隣にいた霜弑を抱き寄せる。相変わらず霜弑は顔色が悪かった。
「僕の霜弑は逆。寒さ、冷たさだよね」
「…そうだな」
それなりの相手を前にした時、無意識に寒いと思ってしまう。あの"灰色の賢者"と相対した時は心臓が凍りつくかと思った。
恋人同士なのに感覚がまったく逆なのだ。面白いことに。
「対になっている感じが恋人らしいよね、やっぱり運命なんだ」
「…そうだな」
愛してるよ、と囁く捌尽をあしらう霜弑。その様子を瑶燐が顔を歪めて見ている。毒舌が飛び出す前に忸王がそっと茶菓子を出しながら回答する。
「私は音ですね」
魔力の気配を無意識が捉えた瞬間、きん、と硬く鋭い音が一瞬する。魔力が強ければ強いほど高音で、音量も大きい。実際にそんな音がするわけではないので鼓膜は無事だ。ただその"音が鳴った"という感覚の感触がするだけだ。
「俺っちはノイズかなぁ?」
いつの間にいたのか、会話に割り込んできた名無しの彼がそう言った。忸王のように短い高音が1回鳴るのではない。ざざざざ、と砂嵐のような音だ。その音は時に聴覚を塗り潰すほどだ。
そう説明した名無しの彼に向けられるのは、この場一同の冷ややかな視線だ。瞬きの間に主義主張が変わる彼の言うことなど信用に値しない。ノイズが聞こえると今答えたが、再び別の機会に訊ねればまったく別の答えが返ってくるのだろう。
「俺っち、嘘は言わねぇさぁ」
あえて言葉を控えて言わないことは多々あるが、嘘をついたことはない。そう弁解した彼は肩を竦める。嘘は言わないと言ったがそれも何処まで本当なのやらと疑いの目を向けられる。
なんとかこの自分に集中する冷ややかな視線を誤魔化そうと彼は話題を換えることにした。
「そういやぁ、リグ姉サンは結構面白ぇ感じ方をするって知ってるさぁ?」
「へぇ?」
気配。熱、冷たさ。音。ときてリグラヴェーダはなんだろう。続きはあまりにも意外なものだった。
「味」
魔力を味覚で判ずるのだという。強ければ味が濃く、弱ければ薄い。若ければできたての料理のように感じられ、老いた人間の魔力は何日もテーブルの上に置いて冷めた料理のようだという。
しかも甘さ苦さといった味そのものの種類は人によるらしい。リグラヴェーダ曰く、白槙は程々に甘く無名の彼は酸っぱいのだそうだ。ちなみにリグラヴェーダは甘い味を好む。自身の味の好みと白槙から感じられる魔力の味が一致するのでヴァイスに身を置いているらしい。首領が変わって"味"が変われば、口に合わなければ去るのだろう。
「じゃぁ、だったら世界の何処かに一番旨い魔力のやつがいるんだろうな」
これだけ人間がいて、これだけ魔力持ちがいて。それらには千差万別の味があるとするならば。
時代のいつか、世界の何処かに1人くらい最も甘美な魔力の人間がいたっておかしくはない。出会うのは奇跡的な確率だろうが、長き時を生きるリグラヴェーダならいずれは会うかもしれない。
「選ばれたらどうする?」
「嫌だねぇ。リグ姉サンに気に入られたら何に巻き込まれるか」
最も美味な魔力を持つからといって何をされるやら。魔力は生きている限り生産され絶えることはない。リグラヴェーダが美味な魔力を摂取するために機械や薬で無理矢理延命して永遠に生かされるかもしれない。
リグラヴェーダならやりかねない。あの魔淫の女王はそういうことを平気でしてみせる。
「あら。そんな事する筈が無いでしょう?」
「うわ」
まるで蛇が物陰から忍び寄ってきたかのように。するりと現れたリグラヴェーダは好き勝手に喋っていた無名の彼の肩に手を置く。長くすらりとした指が彼の喉を撫でた。ぞくりと背筋に寒いものが走った彼が身構え、その慌てっぷりにふっと微笑んで手を離す。
「大丈夫よ。そんな人間はもうこの世には居ないんだから」
おかげで何を食べても満たされることはない。永遠の枯渇を知る魔淫の女王は少し寂しそうに笑った。




