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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
堪えきれない答えに応える章
89/112

無章 健在

名前がない。ならば開き直ってしまえばいい。名が無い。だから、何者にもなれない。故に、何者にもなれる。"Nothing"ではなく"ALL"だ。そう達観して開き直ってしまえばいいのに。

名前があるという結論ありきで遠回りをする彼の足掻きを見、リグラヴェーダはそう思う。故郷である集落を出る時には共通の仮名を名乗るという風習のある彼女にとって名前というものはあまり重要ではない。名前などなくても個を判別する方法はある。それは容姿であったり通称であったり魔力の波長であったり様々だが、個を判別する符号は名前以外にもあるのだ。だからリグラヴェーダは名前というものに頓着しない。意識して呼ばなければ忘れてしまうほど希薄だ。

人間はややこしいものだな、と人間でないリグラヴェーダはぼんやりとそう思った。呼びようがなくても、そこに存在するならばそこに"在る"。それでいいではないか。それをそれと認識できるのならば指示語で結構。

「理解し難いわね」

「そりゃ人間の台詞さぁ」

超然とした規格外め。彼女の物事の視点ははるか高いところにあって、人間の価値観とは大いに異なる。

名前は個を示す最小単位だ。それがないというなら個が存在し得ないことになる。言葉遊びの屁理屈だがそうなる。だからこそ名前というものにこだわっているというのに。

「はーぁ…リグ姉サン、なんか楽しいこと知らないかねぇ?」

「ないわね」

人間の視点では。心の中でリグラヴェーダはそう付け足した。征服者(ヴィクター)との抗争はこれでひとまず落ち着いた。はずだ。頭目は白槙が殺したし、開発者は我々が始末した。各地の残党や襲撃の際の内通者のあぶりだしなどの後処理を淡々とこなすのみである。

魔淫の女王はもはや何をするまでもない。否。

「……あれは何処から出てきたものなのかしら」

否。まだ残っている。リグラヴェーダがやるべきことはある。

"零域"そのものが。正確には、それを記した調合書が。あれを処分しない限り、ヴァイスに反目する何処かしらの集団が必ずそれを求める。あれを処分しなければならない。そして、その元となった伝承の記録も。

そうでなければ彼女の種族を引きずり出そうとする手は断ち切れない。知を追求する手を断たなければ。同胞の安全を確保しなければ自らも危うい。

同胞はこのことに気付かないわけがないだろう。少し考えればわかること。だがあの場ではあえて開発者である男だけを処断した。色々巻き込んだが。しかしそれより先のことは何も言わなかった。調合書の処分の話もだ。

あえて何も言わず、リグラヴェーダが自らの思考で到達して実行することを待っている。同胞はその役をリグラヴェーダに求めている。もし仮にリグラヴェーダが気付かない愚者であったならば処断すると。

白槙もまた調合書の行方を追うことを後始末のひとつとして数えているだろう。それをうまく言いくるめてその役を引き受けなければならない。

リグラヴェーダ自身が手を下さなければ同胞は認めてくれないだろう。掟の遵守の義務を怠った愚者として処断される。あの破滅の鐘の対象は自分になるし、リグラヴェーダと深く関わったヴァイスもまた闇に消される。

「面倒臭いわね」

「後始末ってのはいつでも面倒なモンさぁ」

それにまだ後始末するものが残っている。征服者(ヴィクター)の手引きをした伯珂の存在だ。今、彼は瑶燐による手厚い"待遇"を受けている。見せしめも兼ねて皆の前できっちり処分を言い渡したいので殺すなと言われているらしいが、狂信者たる瑶燐にそれは難しいだろう。ひとつ間違えばヴァイスを壊滅させていたかもしれない相手を前に狂信者が加減できるとは思えない。

早くこちらも対処しなければならないだろう。まったく、後始末というものは面倒だ。だがそういう面倒なものに心煩わせるのもまた一興。こうでなければ悠久の生など面白くない。

「さて、どうしようかしら…」

行方を追うということは直接前線に出るのか。考えあぐねているリグラヴェーダの手元と、それを見つめる名無しの彼のポケットから同時に警告音が鳴り響く。

ヴァイスのメンバーなら必ず支給されてい通信端末が緊急連絡の通知を示す。送付された通知を読み上げ、リグラヴェーダはほんの少し目を瞠った。

通知は要旨だけが短く書いてあるだけだった。"征服者(ヴィクター)の内通者が逃亡した"と。

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