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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
堪えきれない答えに応える章
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蛇章 化者

からん、と鐘の音が聞こえる。気がする。

征服者(ヴィクター)から逃げ延びた科学者の男は長い息を吐いてこめかみを押さえた。どうも数日前から鐘の音が聞こえる気がするのだ。からん、からん、と遠くから鳴り響いてくる。

あの征服者(ヴィクター)の拠点から逃げ延びた後、適当な組織に声をかけ、そこに落ち着くこととなった。なにせあの征服者(ヴィクター)の重要なポストについている科学者だ。引く手は無数にあった。"零域"を対価に加入を許された彼は、与えられた部屋に研究機材を運び込んだ。

そして研究を再開してからというものの異変を感じるのだ。からん、からん、と鐘の音が何処からともなく聞こえてくる。

気のせいだとして片付けるにはやけにはっきり聞こえてくる。まるで扉一枚隔てただけの距離で鐘が鳴っているような。しかし、この音を聞いているのは自分だけなのだ。他の誰も鐘の音など聞いたことがないと首を振る。

どういうことなのだろう。幻聴が聞こえるほど自分は疲れているのか。否。体調には人一倍気を使っている。少しの不調が手元を狂わせるかもしれないからだ。手元の狂いは実験の失敗につながる。だから体調管理には厳しいつもりなのだが。

ならばつまりどういうことなのだ。その原因を調査したいところなのだが、それよりも目の前の研究の完成を優先したい。あと一歩なのだ。あと一歩で研究が完成する。古代の伝承に残された、国ひとつ飲み込んだ化物の伝説。あれの正体に迫れるのだ。

「あとちょっと…」

"獣王の角"と呼ばれるその伝説まで、あと少し。

からん、とベルが鳴った。


掟に触れる者がいる。看過されてきたそれがついに核心に触れてしまうかもしれない。

その知らせがリグラヴェーダのもとにもたらされたのは、今手がけている薬の調合が済んだ時だった。からん、からん、と風に乗って鐘の音が聞こえる。この鐘は同胞を呼ぶ音だ。同時に人間へ厳罰をもたらす葬列の鐘でもある。

厳罰の葬列に加わらなければいけない。行かなければならない。リグラヴェーダは黒い外套を手に取った。

ちょうどいい。今しがた出来たばかりの薬を試そう。呪物に相当するその薬は嘆きと呪いを吸ってその効力を増すものだ。使えば使うほど、効果を発揮すればするほど強力な劇薬になる。

からん、からん、と鐘を鳴らす葬列はリグラヴェーダを待っている。同胞であるというのなら来い、と。同胞でないのなら、むやみに薬学知識を広めた罪で掟に触れる者として処分する。

今行くわ、と何処へともなく呟き、薬局を出た。


「少し出かけたいのだけれど、良いかしら?」

珍しくリグラヴェーダが外出を申し出てきたことに白槙は目を瞬かせた。いつも薬局にこもって何やらしているリグラヴェーダが、である。人外の彼女は薬局から出ることすら稀だ。それが薬局から出るだけではなく拠点の外まで出るとは。

驚く白槙だが、この引きこもりが外に出たいと言うのだからその意志を尊重しよう。理由はあえて問わないことにした。あのリグラヴェーダが外出したいと言うのだから相当な理由なのだろう。それにたかが人間が口を出してはいけないような気がした。

「……ありがとう」

理由を訊くことは彼女の種族の掟に触れること。本能的に危険を回避してあえて問わない白槙に微笑む。

すぐに戻るわ、と言い残し、リグラヴェーダは黒い外套を身にまとった。

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