炬章 暴露
転移装置で尋問室まで移動した瑶燐は、気絶したままの伯珂を審問椅子に縛り付けた。その顔は以前伯珂に向けていた優しい顔ではなく、ヴァイスに害をなす敵を見る冷たい目だった。
「それにしても無名、あんたよくそんな録音持ってたわね」
「ん?」
拠点襲撃の際、姿が見えなかったがこういうことをしていたのか。怪しいと思った伯珂をつけてこの音声を入手していたのか。だとすれば相当聡い。
素直に褒める瑶燐に彼は首を振る。
「いんにゃ。捏造さぁ」
適当に作り上げた合成音声だ。どういう反応を見せるか試してみたかっただけ。しれっと答える彼に瑶燐は肩を竦めた。褒めて損した。無名のくせにさすが、と見直した自分が少し恥ずかしい。
「さぁて、瑶燐姉サンのお手並み拝見」
えげつないと評判の彼女の拷問だ。凄惨に尽きる。瑶燐はヴァイスに仇なす者に一切容赦しない。必要なことを聞くまで、死なないぎりぎりをついて苛め抜く。時にやりすぎて自白前に殺してしまうのだが。
「起きなさい」
伯珂の頬を引っ叩いて強引に目を覚まさせる。おはよう、と言ってもう一打。
「あんたが征服者のスパイだったなんてね」
「…はん、オレはヴァイスが嫌いなだけだ」
「そう」
冷静に返した瑶燐は爪剥がし器を手に取る。てこの原理で爪を引き剥がす拷問器具だ。
それを見、伯珂は首を振る。ことが露見した以上、隠し立てすることもない。問われるままに答えよう。義理立てする征服者はもう潰れたのだから。
「ヴァイスは歪んでる。組織だけじゃない、お前らも、全員」
征服者の間で囁かれていた噂だ。
武具を集め、その術者である魔力持ちを探すため、ヴァイスは時に非道な手段を取るという。魔力が武具との接触によって目覚めるというなら、あえて武具を各地にばら撒けばいい。撒いた武具の行方を監視しながら泳がせる。撒き餌だ。そしていつか偶然、適合する者との接触が訪れる。武具と術者は呼びあうものだ。そして覚醒の衝撃が起きたら回収する。そうすることによって効率的に集めることができる、と。
伯珂の目覚めもまた、そうやって仕組まれたことだった。撒き餌のために伯珂は妻と子供を失った。ヴァイスがこんなことをしなければ、伯珂の幸せは崩れることはなかった。
「どうせ黄炬もそうなんだろう」
あの362-5区も撒き餌のひとつだ。あえて荷馬車から持ち主のいない武具を落とし、その行方を監視しながら適合する魔力持ちが現れるのを待つ。意外にも早くかかったので回収は容易だったろう。
指摘する伯珂から瑶燐が目を逸らす。正解だった。
「お前らみんな歪んでるんだよ」
伯珂が吐き捨てる。その撒き餌のためにどれだけ死んだと思っている。どうせ取るに足りないと切り捨てているんだろう。ひとりの術者の覚醒のためなら地区ひとつ消し飛んでもかまわないと思っている。それをしてもヴァイスの人間はなんら心を痛めない。それが歪んでいるというのだ。
「知ってるわ」
瑶燐が苦々しく返す。撒き餌の提案をしたのはリグラヴェーダだったか。彼女の価値観で打ち出された計画なので人の犠牲など斟酌しない。瑶燐もまた、それで手間が省けるならと提案に賛成した。
「歪んでる。結構よ」
撒き餌などすればどうなるかなど知っている。作られる犠牲の量を知っている。だがもう今更止めるわけにはいかないのだ。犠牲を積み重ねてでもやらなければならないことがある。
ヴァイスのためにやらなければならない。その目標の達成のために。おびただしい犠牲を積み重ねてでも。
「でなければこんなセカイ、生きていけナイヨ」
妙な片言が割り込んだ。瑶燐ははっとして振り向く。成り行きを見守っていた名無しの彼も、驚愕で表情がほんの少しだけ固まっている。
「"灰色の賢者"…」
「ドーモ。白槙の取りこぼしがあるって聞いて覗きに来たヨ」
取りこぼしというか後始末というか。"灰色の賢者"は軽く片手を挙げた。その笑顔は凄惨な尋問室に似つかわしくない。まるで友達の家を訪ねる時のような。
神出鬼没は相変わらずか。瑶燐は肩を竦めた。外見上は似た年齢だが中身は数百年単位で差がある彼女は、こうしてどこからともなくやってくるのだ。瑶燐が幼少の頃からそうだ。彼女はいつだってこの外見のままだしこの立ち振舞いのままだ。
「はん、これだけの犠牲を積み重ねてまでやらなきゃいけない大義ってのはなんだ」
伯珂が"灰色の賢者"を睨む。ささやかな幸せをいくつも轢き潰してまでなさなくてはならないこととは。単純に武具と術者を集めることか。
「キミには教えナイ…と言いたいケド、トクベツネ」
聞いたってどうしようもないことだ、と普段なら切って捨てるが教えてやろう。そうでなければ伯珂も納得しないだろう。聞いたところで納得するかは置いておいて。
一級なら全員知っていることだ。武具と術者を集めて何をなすか。何のためにヴァイスは結成されたのか。
「遺物を遺物にするために…」
武具というものを完全にこの世界から消す。そのためにヴァイスは武具を集めている。全回収した後に葬るために。
「武具はあっちゃイケナイ。術者…というより魔力も、ネ」
あってはならない。遺物が現代に出張るべきではないのだ。過去のものとして葬る。魔法のない、あるべき姿に戻すのだ。そのためにヴァイスは結成された。"灰色の賢者"の要請で。
「ゼンブ壊して、無くして…過去の遺物にしナイと、セカイは前に進めナイ」
いつまでも遺物にとらわれてはいけない。忘れ去らねばならない。武具も、魔力も――"灰色の賢者"も。
「ボクが死ぬために、キミたちはギセイになるんだよ」
不死である彼女はそう言った。




