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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
堪えきれない答えに応える章
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炬章 虚偽

そのまま墓前で他愛もない話をしていた。話題は自然と死んだという伯珂の妻と子供の話になっていた。

「オレの魔力の目覚め…覚醒には物理的な衝撃を伴うんだが…それに巻き込まれてな…」

覚醒の際、内に閉じ込められていた魔力が解き放たれる。厳重に閉ざされた扉を開け放つようなそれは物理的な衝撃を伴う。炎のない爆風のようなものだ。それは内に秘めた魔力が豊富なほど規模は大きくなる。

その衝撃に伯珂の妻と子供は巻き込まれたのだ。爆発のほぼ中心地。綺麗なアクセサリーね、と微笑んだ妻は目の前で。

文字通り消し飛んだ。遺体さえ見つからなかった。遺品もない。伯珂だけが残された。

「…気分が萎えるな。うまいモンでも食いに行こうぜ」

そろそろ飯時だ。随分長いこと墓碑前にいた。こんな辛気臭いところなど脱して、活気あふれた食堂で忸王が提供する食事でも摂って気分を晴らすとしよう。

そう提案する伯珂に頷く。伯珂が食事を言い出す時はたいていおごってくれるものだ。例に漏れず今回もご相伴にあずかれるだろう。

わかりやすく晴れやかな顔をした黄炬の頭を伯珂がぐしゃりと撫でた。もし伯珂に息子がいるならこれくらいの年齢になるのだろう。だからついつい目をかけてしまう。

あまり父親面して情を注ぐなと親友から言われているのだが、どうしても放っておけない。自分の性情に苦い笑いを浮かべる。


「おいーっす」

探したさぁ、と飄々とした声が響いた。振り返ると名無しの彼がいた。

「無名さん」

「おっと、今は(さい)さぁ」

そう呼んでくれと名無しの彼は笑う。山犬という意味だ。

「豺、さん? で、どうしたんですか」

「お前らこそこんな辛気臭ぇトコで何してるんさぁ?」

墓地などと。訊ねた彼は墓碑に供えられた花束を見て、あぁ、と諒解した。成程、墓参りか。

「そこの下に知り合いでもいるんさぁ?」

「えぇ、まぁ」

正確には自分の知り合いではなく黄炬の知り合いだ。あの拘束して軟禁した少女だと伯珂が続けようとしたその途端、あれぇ、とわざとらしく大きな声で彼は首を傾げた。

征服者(ヴィクター)の奴らは皆リグ姉サンが砕いちまったけどなぁ?」

は、と伯珂は目を瞬かせた。何の話だ。返り討ちにした征服者(ヴィクター)の人間の骸はリグラヴェーダが引き取ったというのは知っている。引き取ってどうしたかまでは知らないが、敵ながらそれなりに丁重に扱ったのだろうと伯珂は思っていた。

「んん? もしかして知らないさぁ?」

あの魔淫の女王が骸をいったいどうしたのか。にやにやと笑う彼は続ける。薬の材料にしたのだ、と笑う。

「恨みと無念をもって死んだ死体は呪いの道具になるんだってさぁ」

それをもって薬を作るのがリグラヴェーダだ。つまり、あの骸たちは葬られたのではなく。

顔色を変えた伯珂に、彼は笑みを深くする。

「それはともかくとして、さぁ」

彼は唐突に"スティンガー"を手にした。ゆらゆらと揺らして弄びながら、長い前髪と深くかぶった帽子の影から伯珂を見据える。

「ヴァイスの人間の死より征服者(ヴィクター)の死に顔色を変える伯珂サンに、ちょいと聞きたいことがあってさぁ」

「…なんでしょう」

硬い声で伯珂が応える。"スティンガー"を肩に担ぐようにした彼はポケットをあさり、小さな録音機を取り出す。無言で再生ボタンを押した。

「――のルートは開けておいた……あとは手筈…りに…」

「了解…さす…が…伯珂……良…スパイ……」

雑音にまみれた音声。だが要旨は聞き取れる。再生ボタンを止めた彼は帽子の隙間から金色の目を覗かせて伯珂をねめつけた。

「っそれは…!」

捏造だ、と伯珂が叫んだ。合成で作り上げた音声だ。虚偽の証拠だ。伯珂はそう主張する。

「違う、違う、違う!! お前はオレの味方だよなぁ、黄炬!」

どういうことか状況を飲み込めず固まる黄炬に詰め寄る。捏造だ、信じてくれと縋るように、あるいは脅すように迫る。

異常に取り乱す伯珂。その様子が答えを物語っていた。

「オレはっ…」

「言い訳なら聞かせてもらうさぁ」

ただし牢獄でだ。"スティンガー"を手にした彼はそれをまっすぐ伯珂の足に刺して地面に縫い止めた。逃走防止だ。もう一本分裂させた"スティンガー"を左足に。

「止めてくれよ黄炬! なぁ! 信じてくれよ!」

「俺は…」

どうすればいいのか。戸惑って硬直する黄炬に、そのまま大人しく立っていろ、と彼は言う。下手に庇えば疑惑は黄炬にも及ぶ。待っているのは瑶燐の尋問だ。えげつないと評判の。

「捏造に決まってる! 黄炬はこんな胡散臭い奴を信じるのか!?」

主義主張も瞬きひとつの間で逆転する。嘘で塗り固められた男だ。そんな男が提示するものなど捏造に決まっている。

そう、何もかも嘘だらけだ。歪んでいる。彼も、一級も、ヴァイスも。

「だって、あの子は襲撃で死んだんじゃなく――」

「それ以上はだめよ」

瑶燐の声がした。ひらめく足は伯珂の顎を蹴り抜いた。脳を揺らされ意識が混濁する伯珂の腹を殴って追い打ちをかける。気絶し、完全に沈黙したところで瑶燐は息を吐いた。

「外堀から埋めようと思ってちょっとカマをかけたらね」

伯珂がよくつるんでいる相手に伯珂のことを訊ねようとしたら簡単に正体をあらわしてくれた。そいつらを拘束し、伯珂の元へ取って返したのだ。

間に合ってよかった。色んな意味で。瑶燐はこっそり安堵の息を吐いた。余計なことを喋る前に沈黙させることができた。

「無名、運んで」

「あいさぁ」

彼が伯珂の身体を担ぐ。このまま尋問室でゆっくり取り調べといこう。顔なじみだったので心苦しいが、瑶燐にとってはヴァイスの存続が何よりも優先される。それに古株であるということは、それだけ長い間騙していたということ。よくも騙してくれたなと、愛着はそのまま怒りに反転する。

「待っ…瑶燐!」

黄炬が呼び止める。伯珂が裏切り者だという事実に頭はついてこないが、それよりも。

「あの子は襲撃で死んだんじゃなく、ってどういう意味だよ」

「……無名、行くわよ」

黄炬の詰問を瑶燐は黙殺する。彼はにやにやと笑って事態を見守っているだけだった。どうせばれるのだから最初から嘘なんかつかなければいいのに。意味のない嘘で良心が苦しめられることもなかったろうに。

瑶燐の行為は無駄に不信感を煽っただけだ。最初から正直に言っておけばよかったのに。

「…みーんな、歪んでるさぁ」

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