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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
惨禍と参加の章
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序章 鉄鞭


無事作動した転移装置で転移した先は白い部屋が並んでいる階層だった。

薬の匂いがする。これは消毒液の匂いだ。つまりここは病院にあたる施設の階だと黄炬は理解した。

居住区として建設された階を病室として改装したのだろう。ずらりと白い部屋が並んでいる。

「医務室です。…梠宵(りょしょう)さん、入りますよー」

転移装置にほど近いところに診察室と書かれた札がかかっている扉があった。

忸王はそれを叩き、白い扉をそっと開けた。

診察室という名の通り、診察台と椅子。カルテを書くための机。薬瓶が並んだ棚。

カーテンで区切れるようにしてあるベッドがいくつか。広さの割にシンプルな空間であった。

「あら、いらっしゃい」

椅子をくるりと回転させて、部屋の主がこちらを振り返る。

赤のピンヒールに身体に張り付くような丈の短いドレス。その上に白衣を羽織っている。何故かその腰に鞭が丸めて吊り下がっている。

豪奢、豪華。そんな言葉を詰めたような、艶やかな肢体の女医師だった。

「新人さんのご挨拶です。ついでにちょっと治療をお願いしようかと」

すっかり血は止まって痛みはないものの、黄炬の手には甲を刺し貫かれた怪我が残っている。

このままにしておくのはまずいだろう。了解、と女医師は黄炬の手を取った。貫かれてはいるが傷自体は小さい。傷口で固まった血を拭って消毒をし、包帯を巻けば十分だろう。

ずいぶん刺すのが上手い傷だ。治療が面倒ではないように、縫合だの何だの必要ない程度の深さと大きさをしている。仕事を増やすなと言う言葉を迎えの彼らは忠実に実行できたようだ。

「これなら消毒だけでいいわね。さて坊や、お名前は?」

医者の性情からつい怪我を優先してしまったが本来の要件はこっちだ。

消毒液に浸した脱脂綿をピンセットで取りながら濡れた黒い瞳で黄炬を見る。

妖艶という言葉を具現化したような女医に黄炬は名乗る。消毒液を含んだ脱脂綿が傷口を撫でて痛みが走った。

「梠宵よ。…御主人様と呼んでくれて構わないわよ、坊や?」

固まった血を剥がすように傷口を擦りながら、しれっと彼女は言い放つ。極上の笑みを貼り付けて。

あまりの発言に黄炬が硬直していると、梠宵の背後の部屋から、がしゃん、と何かが崩れたような音がした。

「少し席を外すわね。…その傷は包帯でも巻いておきなさい」

包帯くらいは自分で巻くように。そう言って包帯を机の上に残した梠宵は奥の小部屋に足を向けた。

ヒールを高く鳴らし、女王様然として小部屋に入っていく。ややあって、打撃音がひとつ。同時に何かが呻く声がした。

細くて長いものが空を切る音。革製のものが叩きつけられる音。呻き声。それらが何度か繰り返される。

小部屋とこの部屋の間に仕切る扉はないが、その中を覗く勇気は黄炬にはなかった。

「梠宵さんったら…」

困ったように忸王が眉を寄せる。その口ぶりからして、あの小部屋で行われている行為は日常茶飯事のようだ。

どうせ痛めつけてもそれを治すのは医師である梠宵本人なので自分が口を挟むことではない。そう事態を受け入れている顔だった。

「あっちに行っちゃったから代わりに簡単に紹介しておくね。ヴァイス、一級の梠宵さん」

見ての通り医者で、ヴァイスの医療を一手に担う。性格は極めて過激で苛烈。

治療を拒否して逃げ回る患者を捕まえるため、半殺しにして診察台に縛りつけたこともある。

大男が昏睡するほどの大量の麻酔を使うなどもったいない、男なら耐えろと麻酔無しで手術をしたことだってある。

最終的にはきちんと治るが、その過程が非常に過激だ。腕は確かなのだがやり口に難があると医学界から疎まれ闇医者として暮らしていたところをヴァイスに勧誘された。

彼女もまた、やりたいように治療ができるということで勧誘を受け入れ、そして魔力持ちであることが判明してこの地位にいる。

「…魔法で治すと思った?」

黄炬の表情を読み、忸王が訊く。遺物である魔法が使える医師というなら、そうやって治すのではないのか。

童話や寓話のようなおとぎ話の世界ならそうなる。どんな怪我でも病気でも一瞬で治る。

「そういうのも世の中には存在してるみたいだけど…梠宵さんは使えないみたい」

遺物といっても万能ではない。おとぎ話に出てくるようなものではない。

だから梠宵も今の時代の医療しかできない。手口はともかく。

「それに梠宵さんの場合、そんな魔法使えたら危険だと思うんだけど」

どうせ一瞬で治ると言って、やり口がさらに過激になるだけだ。逃げる患者を捕まえるために死ぬ手前まで追い詰めるだろう。

そんな話をしていると、小部屋からの革の打撃音がまた響く。相当手こずっているなぁ、と忸王が呟いた。

梠宵は医師であると同時にサディスティックな女王様だ。助手を兼ねた"犬"が何人かいる。

言い換えれば、彼女のもとで助手として働く人間はすべて女王様の忠実な下僕なのだ。

ある意味恐ろしい世界だ。絶対に怪我はしないようにしよう。黄炬はそう決意した。

手の甲の怪我が消毒と包帯で済んだのはとんでもない幸運だったかもしれない。

「次に向かう人…リグさんもびっくりすると思うから、がんばってね」

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