休章 葬者
死体が並んでいた。階級と名前が書いてあるシールを貼られたシートが被せられている。鍛錬場に並べられた遺体はこの後、手厚く葬られることになっている。
異臭が漂い始めている鍛錬場を黄炬は歩いていた。目的はひとつ。あの少女だ。仇と言って黄炬を刺した少女。あの刺突事件の後、そのまま身柄を拘束されて軟禁されていたと聞く。放逐するにはしでかしたことが大きく、しかし処罰するには無垢すぎると対処を考えあぐねて拘置されていると。そう瑶燐から聞いていた。
征服者の一員であった伯母から吹き込まれた嘘を暴いて真実を示し、洗脳から解けば軟禁も解除されるだろうと。黄炬を見ると仇を討たなければと興奮するだろうから面会謝絶。そう説明を受けていたのでひと目見たくても会えなかったのである。
この騒動であの少女は無事なのかと拠点内を探し回ったがそれらしい影はいない。情報を求めて玖天に訊ねたが答えを濁されてしまった。はっきりものを言うたちであるあの快活な玖天が言葉を濁すということはつまり、とても良くない結果になったのだろう。良くない結果といえばこういうことだ。そう推理した黄炬は遺体安置所と化した鍛錬場を歩いて探していた。
もし巻き込まれて死んでしまっているのなら、せめて黙祷だけは捧げたい。どうかここに並べられていないでくれと願いながら歩く。軟禁されているからこそ厳重な警備の中にいて、だからこそ襲撃にも巻き込まれずに済んだのだという結末を期待しながら。
「…あの子ならいないわよ」
「瑶燐」
いつの間にいたのだろう、瑶燐が黄炬に声をかけた。子供であるぶん身体が小さく、そしてそれ故に遺体の腐敗が早く、一足先に葬られてしまったのだと。もう土の中だ。
そう説明する瑶燐は心の中で自嘲する。何を嘘を並べているのか。身柄を拘束してすぐさま殺したのは誰だと。少女の死の言い訳を考えながら問題を先送りにしてごまかしているのは誰だと。今回の襲撃に巻き込まれて死んでしまったと虚偽の言い訳ができて安堵しているのは誰だと。歪んでいる。瑶燐は自嘲する。
「そっか…」
肩を落とす黄炬に頷く。あぁ、この真っ直ぐな青年は瑶燐の言い訳を信じてしまっている。
扱いやすくて助かると嘲笑する悪意の自分と、嘘を信じ込む黄炬に心を痛める善意の自分がせめぎ合う。どちらを出すわけにもいかず、そうね、と瑶燐は黄炬の肩を叩いた。
遺体は燃やした後、灰を土に埋めることになっている。合葬だ。共同墓地になるので墓碑に名前が刻まれることもない。だからこうして適当な嘘でも偽の証拠を出すのは容易だ。もう燃やして埋めたからここにはいない、もう埋めたと言えるし、その言い訳は簡単に通る。
花を手向けようと適当に言って共同墓地に連れていく。需要を見越してか、ヴァイスのメンバーが造花の売店を出していた。商魂たくましい。
「まいどー」
代金を支払って紙の造花の束を買う。その花束を持って墓石の前へ歩く。埋めるために掘り起こされたばかりの土の上に造花の花束を置いた。心臓の位置でゆるく握り拳を作って一礼する。
黙祷を捧げる黄炬の様子を遠くから伯珂が見ていた。何とまぁ信じやすい純真な青年だ。
少女を拘束し軟禁した翌日、その首をはねたのはその隣にいる女だぞ。その死体処理をした伯珂は心の中でごちた。
真実を告げてやろうか。伯珂は思考し、やめた。気配を察知していたのか、瑶燐が横目で睨んでいる。ここで不用意に口にしたら次に首が飛ぶのは自分だ。
「黄炬ぃー」
まだだ。沈黙して潜む時だ。
伯珂はいつもの気さくな笑みを浮かべて、今来たかのように装って黄炬に声をかけた。




