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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
襲撃の始劇の章
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休章 賢者

あの伝説の人物がしばし滞在するからといって、ヴァイスは特別何かが変わったわけではない。

というよりも、拠点襲撃の衝撃が大きすぎてまだ実感を掴めないでいる。現実離れした衝撃の事態に実感が伴ってこればまた様子は変わるだろう。今はそれぞれ出来事を自分の中で噛み砕き消化しながら事後処理に動くだけである。


黄炬もまた事後処理に追われていた。破壊された内装を片し、新しい備品を設置する作業である。その力仕事の連続に休憩しようとそっと倉庫階に逃げてきた。

倉庫階は最低限の見回り以外警備らしい警備がない。有事の際には絖がすべて異次元に閉じ込めて収納して隠してしまえばいいからだ。先日の襲撃のように。

だから倉庫階は閑散としている。その静寂さと、無造作に積まれた木箱や並べられた棚が遮蔽物になって、この倉庫階はヴァイスの皆の絶好のさぼり場であった。

「キミもサボりカナ?」

適当なスペースを見つけて座り込んだ黄炬に、聞きなれない片言が声をかけてきた。

背中ほどまである灰色に近い銀髪。そこから覗く目は青と緑のオッドアイだ。年頃は黄炬より少し年上、瑶燐と同じくらいだろうか。だが人懐っこい笑顔がいくらか幼く見せ、足し引きすれば黄炬と同程度に見える。

「ボクもサボり。質問責めってタイヘンだヨネ」

どうやら伝説の人物に興味を持つ人間はそれなりにいるようで。それぞれ彼女の元を訪れては色々なことを訊ねているらしい。その質問責めに耐えかねて彼女もこの絶好の隠れ場所に逃げてきたようだ。

隣に座ってもいいかと聞かれ、頷く。お邪魔シマス、と会釈して座り込んだ彼女の姿は"大崩壊"以前から生きるだの何だの言われるような女性には見えない。片言なのが少し奇妙だが、それ以外は普通の女の子に見える。

「キミの名前は? ……あ」

問いかけた彼女は、あ、と小さな声を上げた。人に名前を訊ねる時はまず自分から、の礼儀だ。

「ボクはヴィト。アッシュヴィト・ビルスキールニル・リーズベルト」

長いからヴィトでいいよ、と付け足した。聞き慣れない響きだ。黄炬は目を瞬かせた。

以前、リグラヴェーダが言っていたことを思い出す。"大崩壊"以前はこのような響きの名前が用いられていた。ただの音を示すだけの文字でもって名をつけた。その後、"大崩壊"によって荒廃した世界で生きるため、祈りの意味を刻んで名前となした。それが今の時代の名付けの法則なのだと。

「…ボクが生まれた時代の言葉でね、ヴィトという単語は賢者を示すんだ」

だから灰色の賢者(アッシュヴィト)と呼ぶのだと彼女は説明した。成程、と黄炬は納得した。そのお返しに黄炬も名前を教えた。黄、炬、と床に指の動きで字を書いて。

「イイ名前だネ」

人や物事の中心を示す字に、明かりを意味する字。人々を率いる灯火になるようにと祈りを込めた名だ。きっと将来その通りの人物になるに違いない。

「武具は持ってるヨネ? 見せてもらってイイ?」

"灰色の賢者"ともなれば見ただけで魔力の有無どころか武具の所持までわかるらしい。請われ、素直に黄炬は左手首のバンクルと、左右それぞれの手首に装着した揃いの腕輪を外し、彼女に渡した。

アリガト、と礼を言った彼女は渡されたそれを検める。見ただけでわかるのだろうか。その頭にはこの世に現存する武具の情報が詰まっているのだろうか。まさか

「"アザッシン"と"ムスペルフレイム"…ダネ。イイモノだヨ」

どうやらそのようだ。断罪の巨爪の名と灼熱の火球の名を読み上げた。どうやらそれはそういう名前だったのか。他の者たちとは違って武具の名前を知らなかったので呼ぶに呼べなかったのだ。これで呼べる。呼んだからといって何か変わるわけではないが、会話の上で名称を出す時に困らない。

「名前を呼んであげると武具は喜ぶヨ」

「物に感情があるのか?」

「ナイと思うケド…愛着は出るデショ?」

付喪神という言葉をあとで調べてみろ。そう言った彼女は話を変えた。

「コレ、同時に使ってみたコトある?」

「いや……」

そう言えば今まで近接戦闘には断罪の巨爪"アザッシン"を、遠距離から攻撃する際には灼熱の火球"ムスペルフレイム"をと無意識に使い分けていた。同時に使うという発想は綺麗さっぱり抜け落ちていた。

「"ムスペルフレイム"で作った火を"アザッシン"にまとわせて、殴る。イタイと思うヨ?」

"アザッシン"はただの巨大な爪。衝撃波を発生させたり毒が仕込んであるわけでもない。特殊な能力など付与されていないただの鋭い鉄塊だ。それに別の武具を用いて擬似的に特殊能力を付加させる。そうすれば黄炬の戦闘能力は上がるだろう。

「参考になったカナ?」

あぁ、と頷く。そこで話が途切れ、沈黙が落ちた。

妙な間を開けてしまったことで、彼女の武具について訊ね返す機会を失ってしまった。さりとて話を転換するには話題が見つからない。黄炬から振れる話題といえば"大崩壊"についてだとか武具についてだとか、おそらく彼女が辟易して逃げ出してきた質問と同じようなものだ。

わざわざ逃げてきたのに、それを問うのもどうなのだろう。そう思うと何も聞けなくなってしまう。世界が何故こうなってしまったのか、武具が何故存在するのか、魔力持ちは何故生まれるのか。そしてその覚醒に何故犠牲がつくのか。聞きたいことはたくさんあるのに。

当たり障りのなさそうなところから聞いてみようか。少し迷った末に黄炬は口を開いた。

「その口調って、素?」

「ん?」

きょとん、と。数度瞬いた後に彼女は突如として笑い出した。気軽に会話を振るには少し重い沈黙をどう打破するのかと思っていたら、こんな質問が飛び出してくるなんて。

「…笑うなよ」

「あはは、ゴメンネ」

ふぅ、と息を吐いてアッシュヴィトは話し始める。曰く、妙な訛は昔の余韻なのだという。

「ボクの生まれ育った故郷はずっと東…この国の大陸の東の大陸のさらに東……ものすごーく東でネ」

文字通り東の果てというに近い島国だった。故に独自の文化が育まれ、独自の言語が構築された。共通語と少し異なる言葉は、共通語を離す人々にとって妙な訛に聞こえた。その当時を懐かしんで、その訛を残したままの喋りをしているのだという。つまり片言はわざとだ。

「普通に話そうと思えば話せるよ。こういう風にね」

綺麗な発音で補足がついてきた。

「でもクセなんだよネー、この喋り方」

直後、普段と同じ喋り方に戻る。わざと崩した喋りは、"灰色の賢者"という伝説の人物を前にして萎縮する者の緊張をほぐすための心遣いなのかもしれない。

ふぅん、と鼻を鳴らした黄炬は、ふと、目を瞬かせる。大陸。の、東の大陸。まだあるのか、この世界には。自分たちが住む国以外に。生きる人々が。

「セカイは広いんだヨ」

ボクはそれらを見て回っているのだ、と彼女は言った。

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