襲章 帰撃
リーダーのお帰りだ。誰かが放った言葉にいっせいに注目が集まった。
「白槙さん!」
「おかえりなさい、リーダー!」
「守りきりましたよ!」
やはり頭首の顔見せは末端の者たちを安堵させる。報告ついでに次々と声をかけ、頭首の帰還を歓迎する。白槙はそれに頷いて返した。
白槙さえいれば大丈夫。もう怖いことはない。安堵と安心がヴァイスを包んだ。
「すまない。別行動をとっていてな。…土産だ。あまり見て楽しいものでもないがな」
それは征服者の頂点の男の首であった。それが示す意味を悟って、ますます一同に喜びの歓声があがった。ひとまずの脅威は去ったのだ。
その光景を遠目に見守る銀髪の女。皆、白槙の帰還に夢中で気がついていないようだが、白槙と一緒に転移してきたあの人物は一体誰なのだろう。なぁ、と黄炬は近くにいた忸王に訊ねた。
「あぁ、あれ? "灰色の賢者"さんだよ」
転移装置の不定期なメンテナンスだったり気まぐれだったりでこうして顔を見せるのだ。今回は拠点襲撃などという大事件があったから駆けつけたのだろう、と忸王が付け足した。
帰還の喜びも落ち着いた何人かが白槙に彼女の存在を問うている様子が見える。忸王が黄炬にしたように白槙が紹介している。紹介を受けて"灰色の賢者"が人懐っこい笑みで軽く手を振っていた。
「ああ見えて規格外の化物だから気ぃつけるさぁ」
遠目に見ながら、名無しの彼が黄炬にそう忠告した。なにせ"大崩壊"以前から存在しているという人物だ。見た目は普通の女性に見えても中身はそうではない。とんでもない人物なのだ。悪く言えば化物と呼んでもいいほどに。
規格外の化物といえばリグラヴェーダもだが、あれといい勝負だろう。ほんの少し方向性が違うだけだ。さすがにあの生命力と薬学知識はないだろうが、あれと同格のことをやってのけるのだろう。
「バケモノなんてヒドイなぁ?」
彼と黄炬の会話を耳ざとく聞いた"灰色の賢者"は頬を膨らませる。まるで見た目の年齢通り、いやそれよりも少し幼い娘と変わりない仕草で拗ねてみせる。
「減点。キミはボク権限で3ヶ月給料ナシネ」
びし、と"灰色の賢者"は彼を指してそう言う。ヴァイスでの一員でもない彼女にその権限はないだろう、と彼が抗議すると、賢者は白槙を振り返った。無言の圧力をかけられ、白槙は頭首権限で呟く。無名、減給だ、と。
「うわ、横暴がすぎるさぁ」
「そういうコト言うと半年に延長させるヨ」
「ごめんなさい」
漫才のようなやり取りをしながら、"灰色の賢者"は1階に据えられた転移装置を検分する。どうやら壊されてはいない。問題なく使えそうだ。この様子なら他の階の転移装置も無事だろう。
仕事がひとつ減った。やった、と小さく呟く。あとは拠点を覆う障壁の点検だが、それは玖天と合流してからだ。その玖天は被害報告をまとめたりと忙しそうなので後日にしておく。
すぐに障壁を動作させるような事態はないだろう。事後処理が落ち着いた頃にコンタクトを取ればいい。それまではのんびりと白槙が統率する組織の様子を観察しておこう。温めたい旧交もある。
しばらく滞在したい旨を改めて白槙に告げる。もちろん、と白槙は頷いた。これだけ世話になっている恩人を追い返すものか。
「宿と食事のぶんは働くヨ。そうだネェ…歴史のおハナシくらいはシテアゲテもイイヨ」
武具や魔力や歴史やといった、普通ではなかなか知り得ないことを教えてやってもいい。講座を開く気はないが、誰であれ質問に来るなら応じる。必要であれば実践も。
見せろと言われれば、"灰色の賢者"と呼ばれる所以である、神を召喚し使役する力も見せよう。気軽においで、と"灰色の賢者"は周囲の人間にそう言った。
あの噂の"灰色の賢者"だ、と興味津々であった者たちも、気軽に訪ねていいと知って探究心を疼かせる。なにせ知りたいことを知る好機だ。何故武具が生まれ魔力が育まれ、そして豊かだった世界は"大崩壊"により荒廃したのかという歴史。武具そのものの仕組みやその扱い方。その他様々なことをこの機会に知ることができる。もしかしたら自分が持つ武具の別の戦い方も教えてくれるかもしれないと期待が湧く。
どうやら受け入れには問題がないようだ。そっと安堵した"灰色の賢者"は明るい声音で頭を下げた。
「ソレじゃ、オジャマシマス!」