表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
襲撃の始劇の章
75/112

襲章 終撃

「霜弑!」

東西南北の街道の制圧を確認。各方面に散った実働部隊各位は拠点に合流するように。そう指示が入り、破壊の惨状残る拠点に戻った霜弑が最初に聞いた音はそれだった。

肩に腕を回して無邪気に抱きついてくる大柄の男は言わずもがな捌尽だ。離れていた時間を取り戻すかのように密着する恋人の様子に知れず安堵した。自身を食い破るほど苛烈な衝動はどうやら宥めて腹の底に閉じ込められたらしい、と。

普段以上に擦り寄ってくる捌尽と、それを受け入れる霜弑の様子を見て瑶燐が目を逸らす。相変わらずあの恋人どもは歪んでいる。歪みしかない、と。

そんな三者の様子をよそに、忸王が部下とともに建物の被害状況を調べている。運べる怪我人は医務室に運び、瓦礫から掘り出した死体にシートをかける。気が滅入る仕事だがそれが非常時における忸王の役割だ。

「とりあえず街道制圧での死亡者はいないようで…各地の任務での死亡と重軽傷は考えません。あとで各自報告があるかと」

実働部隊の状況をまとめ、玖天に通信端末で報告する。今、彼女の元には膨大な状況報告があがっているのだろう。それらをまとめて白槙に送付している。白槙からの応答はないらしいが、それは無視しているのではなく黙って聞いているということらしい。

「僕ら一級も無事…無名は知りません」

結局連絡がつかなかった。指示した地下水道の見回りもこなしてくれたのかどうか。仮にしていなかった場合、地下に残党が潜んでいるかもしれない。可能性を口にする水葉の肩を叩く骨ばった手。

「呼んださぁ?」

「うわ、生きてた」

思わず本音が出た。地下の見回りついでに征服者(ヴィクター)と相打ちして死んでくれたらよかったのに。そう顔に書いてある水葉の様子に名無しの彼は苦笑する。ずいぶん露骨に嫌われているものだ。

「とりあえず一級全員生きてますね。無事ですよ」

残念ながら、と、すぐ横の痩躯を一瞥する。今すぐにでも突然死してくれないだろうか。

剣呑な水葉の耳に玖天の明るい笑い声が響く。それを最後に通信を切った。これ以上特に報告することもない。動けるのなら忸王の手伝いをするべきだろう。瓦礫や破損物を撤去し死体を回収する。怪我人は医務室に送り込む。皆、と指示を口にすると、諒解した瑶燐が怪我人の搬送の手伝いをしに行った。くっついて離れる気配のない捌尽と霜弑はあのまま放置しておくことにする。下手に割り込んで馬に蹴られたくない。

「黄炬、力仕事ですよ」

「おう」

詳しい指示を受けに忸王のところに向かう黄炬の背を見送り、水葉はじっと背後を振り返る。

「無名、あなたちょっと臭います」

「地下水道の見回りとかやったらそりゃそうなるさぁ」


ひとまず事態はおさまった、といっていいだろう。良くも悪くも。

事態の収束を感じて梠宵は、ふぅ、と息を吐いた。搬送されてくる重軽傷は収容したし治療した。おかげでベッドが足らずにほとんどが雑魚寝状態だが我慢してもらおう。

「梠宵」

「あら」

リグラヴェーダからの通信だ。なに、と応じる。

「こちらに何人か治療拒否患者がいるから引き取りに来て」

匿うふりをして睡眠薬入りの茶を出し昏睡させたという。下手な麻酔よりよく効くので多少の無茶はやらかしても問題ない。ついでに言うなら肩を脱臼したのがひとり。

それを聞いて梠宵はとても楽しそうに応じた。"犬"の数人に指示を出して引き取らせに向かう。さて、数回は関節の嵌め外しを味わってもらおう。治療を拒否するほど元気があるなら構わないだろう。

「それと」

死亡者が出たらこちらに移送してくれとリグラヴェーダが言う。場所が足りないだろうから一時搬送先として部屋を開放する、と。ちなみに遺体は絖が召喚し続けている鍛錬場に並べて後でまとめて供養することになっている。

「あら? 死体のリサイクルの間違いじゃなくて?」

リグラヴェーダのことだ。そうしてもおかしくない。常々"人が足らない"と言っていた彼女だ。何千年と生きる彼女にとって人間の死など些細なことだ。躊躇なくやってのけるのでは。

揶揄する梠宵にリグラヴェーダは首を振る。拠点内で殺した異形は存分に利用させてもらうがヴァイスの死者には手を出さない、と告げる。

「だって、恨みが足りないんだもの」

死への恨みが。生への執着が。そんな人間を材料にしたところで何ができる。

単に死者への敬意でも身内への憐れみでもない。彼女にとってそんなものはひどく些細なものだ。利用できるのなら同階の縁でほぼ毎日茶を酌み交わしている梠宵の首ですら材料にしてみせる。

「それにね、人不足は解消できそうなの」

突然の奇襲で何もわからず死んだヴァイスの者たちよりも、よっぽど適しているものが。

いるではないか。復讐に身を焦がし、殺意と敵意をたぎらせたまま死した人間が。大量に。リグラヴェーダは足元で毒死した女を眺める。

「ひどい人」

「何とでもお言い。それが私よ」

からん、とベルが鳴った。


事態は収束。そう聞いて絖は倉庫階を飲み込んでいた異次元を閉じた。通常時と同じセキュリティに戻して警戒レベルを下げる。

終わった。これでやっと梠宵の忠実な飼い犬の役目に徹せられる。革の首輪に指を這わせ、絖はうっとりと目を細めた。

「…御主人様、俺はいい犬でしたか…?」

きっと褒めてもらえるだろう。あの炎の九条鞭で叩いてもらえるに違いない。恍惚と絖は呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ