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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
襲撃の始劇の章
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襲章 神撃

建物ごと一刀両断を果たした闇馬は勝利のいななきを発して地を蹴った。まるで空中に見えない足場があるかのように軽やかに空に駆け上がり、柵を飛び越えるように跳躍して闇に融解した。

後に残ったのは神に連なる闇馬を召喚した白槙と、それを見守る"灰色の賢者"、そして右上から左下に斜めに断ち切られた4階建ての廃校舎であった。

「ヨクデキマシタ…とは言い難いカナ?」

まだ白槙の実力では建前ひとつ大雑把に両断する程度の力しか借りれないようだ。いくら自在に喚び出せるとはいっても、神がどの程度力を貸してくれるかは神の裁量による。あれではせいぜい、人間の分際で神を喚び出すなどという行為をなした強い魔力に敬意を、という程度だろう。指示を聞き、その意に沿うほどではないと判断されたのだろう。

「前の持ち主はちゃんと使えてたヨ?」

「…その"前"は何百年前ですか」

「んんー…1000年ちょっとカナ」

"大崩壊"の前になるではないか。そんな武具と魔力が当たり前だった時代と比べないでほしい。魔力が適合し、喚び出せただけでもこの時代では奇跡に近いというのに。

魔の力が大幅に劣化したこの時代にしてはやるではないか、と神から感銘を受けて慈悲を垂れられるのが精一杯である。

「まぁデモぶった切ってくれたナラ、妥協点ってカンジなのカナ」

だが両断した時の余波で建物は粉砕された。がらがらと崩れる校舎から何人かがまろび出て来る。警備の者が白槙と"灰色の賢者"を見つけ、何やら騒ぎ立てている。

「なんて?」

「…こちらの手が薄い時を狙って来るだなんて、卑怯者…ですかね」

読唇術で読み取った内容と風に乗って聞こえる声を合わせて伝える。ソレ、アッチが言ってイイコトじゃナイヨネ、と"灰色の賢者"が肩を竦めた。各地で騒動を起こしてヴァイスの実働部隊を派遣させ、手薄になった拠点を襲撃せしめた征服者(ヴィクター)が言っていい台詞ではない。

「俺自ら殴り込んできてやったんだ、逆に好機だと首を取りに来る気概はないのか」

それくらいの気概は見せて欲しい。もし逆の立場であったなら喜々として頭首同士の対決を挑んだだろう。ぼやく白槙に"灰色の賢者"は苦笑いを浮かべる。まったくそのとおりだ。

「サテ…がんばったキミにお手本を見せてアゲル」

まるで教師のように、彼女は指輪を取り出した。何の装飾もないシンプルな銀の指輪だ。

「"インフェルノ"出現」

"灰色の賢者"が読み上げると同時に、彼女の背後の中空に巨大な石門が浮かび上がった。古めかしく、荘厳で重厚なつくりの門だ。そこにある居住まいの雰囲気で圧倒されそうなほど。

「行方知らぬ風たちよ、我が声に集え…」

普段口にする妙な片言ではない口調で"灰色の賢者"は詠唱する。門扉に紋章が光る。ゆっくりと点滅していたそれはまるで鼓動のように早くなっていく。

「天を駆ける疾風の天姫、天空の手を掲げ薙ぎ払わん」

見よ、これが神を使役するということだ。喚び出すだけでなく、その意のままに従わせる真なる力。往古の時代にですら稀少だった上格の神を喚ぶ力。"灰色の賢者"と呼ばれる力。

「……疾風の天姫、"アンシャル"」

門が内側から勢い良く開け放たれる。まるで門の中にいたものが飛び出してきたかのように。

飛び出た勢いを殺し、音もなく、ふわりと降り立ったのは細い長布をまとった妙齢の女性だった。長くしなやかな白髪が風の流れに乗ってそよいだ。

これが"灰色の賢者"が操る風の神か。それを目の当たりにし、白槙は身が竦む思いがした。恐怖ではなく畏怖だ。自身が喚び出す闇馬などよりも恐ろしく、そして厳かだ。

思わず半歩退いた白槙をよそに、風神は白とも銀ともつかぬ瞳で"灰色の賢者"を見下ろした。

「愛おしく呪わしき我が主。望みは?」

「木っ端微塵」

「御意」

ともすれば枯れ枝と見間違えそうなほど華奢な手が翻る。手のひらの長さと同じくらいあるのではないかという長い爪をそなえた指を払う。

手首の動きだけで済むような、ほんの小さな短い動作。それだけだった。風の神が主の望みを達成するにはそれだけで十分だった。

その僅かな動きだけで、鉄板を貼り合わせて外装を補強した廃校舎を打ち崩した。先程、闇馬が断ち切った以上に細かく鋭く、そして文字通り木っ端微塵に。

異変に気付いてあたりを慌ただしく右往左往する者たちも、中にいるだろう人間も、何も。


本拠地が崩れた。どうやら精神不安定による幻覚だとか薬の副作用による目眩だとかではない。征服者(ヴィクター)の頭領である彼が事態を把握したのは崩れた瓦礫が目の前に降ってきた瞬間だった。

「そんな、まさか!」

「"応召"自ら!?」

錯綜する情報を拾い聞きした結果、どうやらヴァイスの頭首自ら乗り込んできた、ということだった。そして信じられないことに本拠地を文字通り叩き切った、と。

それだけではない。今まで見たことのない強大な何かがいる。感じられる魔力は凄まじく、規格外。

「リーダー、ここは撤退を」

「馬鹿野郎!」

避難を、と促す部下に彼は厳しく怒鳴りつけた。何故逃げる必要がある。ここで逃げては前代の臆病者と同じではないか。

乗り込んできたなら好機。復讐を。恨みを果たせ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。

体勢を整えてすぐさま首を取りに行けと叱咤する。復讐を果たすいい機会だ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。

「殺してしまえ…!」

唸る彼。次の瞬間、首が飛んだ。

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