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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
襲撃の始劇の章
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襲章 蛇撃

駆除完了。そう"殺虫剤"を撒き終えたリグラヴェーダは呟いた。

もう拠点内に生存している異形はいない。ひとつ残らず絶命した。

あとは拠点内の怪我人を梠宵が治療し、動ける者は壊れた柱や壁の瓦礫を除去する。そして周囲にいるだろう征服者(ヴィクター)の幹部どもを掃討すればいい。掃討に関しては捌尽たち実働部隊がやってくれるだろう。

もうリグラヴェーダがやるべきことはない。怪我の治療にリグラヴェーダの薬が必要になることはないだろう。切断された四肢を生やしたいだとかそういうものがなければ。

やれることを強いて挙げるならば、梠宵の過激な治療から逃げ出した怪我人を匿うふりをして梠宵に差し出すことくらいか。

「つまらないわね」

たかがこの程度。人間の努力とはこの程度か。リグラヴェーダは嘆息する。砂を掻いてすらいない。

どうやら征服者(ヴィクター)の人間に、過去彼女の種族がなした災厄を真似しようとする人間がいたらしい。伝承として語り継がれるそれを読み解こうとしている者だ。

だが結果はこのとおりである。再現どころか紛い物にすらなりはしない。失敗作と呼ぶにもおごがましいまったくの別物。違う、そうではない、と正解を知っているリグラヴェーダは頭を振る。

"零域"を見た時、彼女は目眩に襲われた。伝承の再現を狙う意図にではない、それがまったくの別物であることにだ。まったくの別物をそう言い張る愚かさに目眩がした。

「でも、答えに辿り着かない方が身の為だけれど」

彼女の種族の薬学は秘法中の秘法である。人間如きに手渡していい技術ではない。製法も材料も人間の理解を逸する。だからこそ彼女の種族は闇に潜る。絶対にその存在を知らせない。

薬学知識も尋常ではない生命力も、人間が知れば欲しがるものだ。だから知る者が現れれば、全力を持って潰す。かつて存在していた大国も、それを求めようとして彼女の種族を狩ろうとし、そして滅ぼされた。闇から闇へ葬られて存在していないものとして。

認識できる者がひとりもいなければ、それは最初から無いのと同じだ。だから認識できる者を消して"無かった"ことにする。それが彼女の種族の鉄の掟。存在しないことになっているので、亜人といえど種族名などない。

存在しない。存在してはならない。だから征服者(ヴィクター)の誰かしらが伝承を読み解き、それ以上近付こうとするならば処断せねばならない。今はまったくの別物を作り上げているから看過されているというだけで。

少しでも真実に触れればあっという間にこちらまで踏み込まれてしまう。だから必死に隠れなければならない。

真実に踏み込むのならば滅ぼさなければ。そういえばはるか昔に、偶然か必然か、彼女の種族を捕らえて研究していた教師がいた。歴史の授業の合間に子供たちにもそれを教えていたので学校ごと、教えられていた子供たちの家ごとすべて消した。あれと同じにならなければいいが。

あのことはよく覚えている。からん、からん、と鐘を鳴らし、そして闇に葬った。彼女たちの鳴らす鐘の音は滅びの呼び声なのだ。

「鐘の音が聞こえないといいわね、"リグラヴェーダ"」

はるか昔にいた妹の存在を思い出しながら、リグラヴェーダは呟いた。この名は真名でない。彼女の種族が人間の世に出る時、名乗る名だ。真名は別にある。

かつて人間の世に出た妹は自身の薬学知識を大いに奮って人の願いを叶える薬屋をやっていた。といっても掟に反しないよう、依頼者はことごとく闇に葬られたが。ただ店主の名と、願いを叶える店というおとぎ話のような浮ついた噂程度で収まるように。

そんなはっきりしない噂にすら縋りたいような人間を相手にしていた。そんな人間などとっくにもうどん底にいて、彼女が手を下すまでもなく消えていく存在だった。だからこそ長い生の暇潰しに手を貸すことが出来たのだ。

その妹の真似事をして人間の世に出たリグラヴェーダは流れに流れてヴァイスに来た。おかげでいい暇潰しになっている。

「それとももう、鐘の音が聞こえているのかしら?」

からん、とベルが鳴った。

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